R1234zeとは何か?特性・安全性・施工上の注意点を建築・土木視点で徹底解説

はじめに — なぜR1234zeが注目されるのか

近年、冷媒の低炭素化とフロン規制の強化により、従来のHFC(フルオロカーボン)からHFO(ハイドロフルオロオレフィン)などの低GWP(地球温暖化係数)冷媒への置き換えが進んでいます。その中でR1234ze(一般名: trans‑1,3,3,3‑tetrafluoropropene)は、GWPが非常に低く(数桁低い値)、オゾン破壊係数がゼロである点から、産業用冷凍・空調システムや断熱材の発泡剤など多様な用途で注目されています。本稿では、建築・土木分野での適用を念頭に、物性・安全性・法規制・施工上の留意点まで詳しく解説します。

R1234zeの基本特性

R1234zeは化学名trans‑1,3,3,3‑tetrafluoropropene(分子式:C3H2F4)に分類されるHFO系冷媒です。主な特徴は以下の通りです。

  • 低GWP:100年スパンのGWPは極めて低く、主要なデータソースではおおむね1桁台(数値は評価手法によるが約6程度とする報告が一般的)で、従来のHFCに比べて大幅に低い。
  • オゾン破壊係数(ODP):ゼロ。
  • 引火性:ASRHAE/ISO分類ではA2L(低引火性:mildly flammable)に該当するため、非可燃とは言えない取り扱い注意の必要な冷媒。
  • 大気寿命:従来のHFCより短く、地球温暖化への長期的寄与が小さい。

熱力学的挙動と機器性能への影響

R1234zeは、同等の用途に使われている従来冷媒(例えばR134aやR404Aなど)と比べて、飽和蒸気圧・比容積・潜熱などが異なります。結果として以下の特徴が生じます。

  • 冷凍能力(単位体積あたりの冷却力):一般にR134a等に対しやや低めとなることがあり、同等性能を得るためには流量増やコンプレッサ容量の検討が必要になる場合がある。
  • 圧縮比や圧力レベル:システム設計上の運転圧力が変わるため、圧力容器・配管・安全弁の設定を見直す必要がある。
  • 効率(COP):システム構成や熱交換設計によってはCOPが良好な場合もあるが、冷媒交換(レトロフィット)では膨張バルブ調整、熱交換器の再評価が不可欠。

機器適合性と潤滑油について

R1234zeを用いる際、材料と潤滑油の適合性チェックが重要です。HFO系は潤滑油の溶解性や油戻り性が従来冷媒と異なることが多く、以下の点に注意してください。

  • 潤滑油(コンプレッサオイル):一般的にはPOE(ポリエステル)系オイルや一部の特殊油が推奨される。鉱物油との相溶性は限定的な場合があるため、既存機器での鉱物油使用機をそのまま代替冷媒に入れると油分離や潤滑不良を招く可能性がある。
  • シール材・ゴム・樹脂の適合性:長期耐久や膨潤、硬化などの影響が起こり得るため、メーカーの適合リストを確認することが必要。
  • 冷媒の混合物使用:R1234zeは単成分でも用いられるが、設計上は他冷媒との混合(ブレンド)によって特性を補完するケースがある。混合冷媒では成分比の管理と分離リスクを考慮する。

施工・レトロフィット時の具体的注意点

既存機器をR1234zeへ切替える(レトロフィット)場合、単純な置換は危険を伴います。施工・保守担当者が留意すべきポイントは以下です。

  • 設計評価:圧力・温度の運転域、最大充填量、配管径、熱交換器性能を再評価してから導入する。
  • 潤滑油の交換:既存の鉱物油やPOE以外の油が入っている場合は、適切な油の選定と完全なフラッシングを行う。
  • 漏えい対策と検知設備:A2L冷媒であるため、漏えい時の可燃限界や濃度基準に応じたガス検知器、換気設計、充填量の制限を実施する。
  • 電気安全と火花源管理:可燃性雰囲気が発生し得る箇所では、防爆仕様や電気機器の適合を検討する(設置環境・充填量基準に基づく)。
  • 改修記録と表示:冷媒を変更したことを機器ラベルや配管表示に明記し、将来の保守時に混乱を防ぐ。

安全性と法規制・基準

R1234zeはA2L分類であり、各国・地域の安全基準や建築物における冷媒管理基準が適用されます。主なポイントは以下です。

  • EN 378(欧州)、ISO 817/5149、ASHRAE 15などの規格に従った設計・安全対策が必要。
  • 充填量制限:屋内機器や機械室の容積、換気条件に応じて最大充填量が規定される場合があるため、設計段階で確認する。
  • Fガス規制(EU)や各国のHFC削減政策により、低GWP冷媒への移行が進められている。R1234zeは多くの用途で代替候補として承認・推薦されているが、用途ごとの適合性確認が必要。
  • 消防法・建築基準法との整合:機械室の換気、可燃性ガスの検知、排気ルートの確保など、建築関連法規との整合も重要。

環境影響とライフサイクル評価(LCA)の考え方

単純にGWPが低いことだけで冷媒を評価するのは不十分です。建築・土木分野では、以下のようなライフサイクル全体での評価が重要です。

  • 運用段階でのリーク率:冷媒の影響は使用中の漏えい量に依存するため、適切な密封や検知・保守体制が必要。
  • エネルギー効率:冷媒性能がシステムCOPに与える影響は、設備の運転中の温室効果ガス排出量に直結する。冷媒自体のGWP低減とともに効率を保つ設計が求められる。
  • 廃棄・処理:回収・破壊・再利用の方法やインフラも考慮し、適切な冷媒管理計画を立てる。

実際の適用例と市場動向

R1234zeは以下の用途で採用実績が増えています。

  • 産業用および大型チラー:低GWPの利点を生かしてビル用空調のチラー冷媒としての採用。
  • ヒートポンプ・温水機:高温側の設計見直しを行うことで効率的な運用が可能。
  • 断熱材・発泡剤:発泡プロセスでの使用により、断熱材の温室効果低減に寄与。

市場面では、R1234zeは供給量・コスト面でHFCに比べ初期導入時に制約がある場合がありますが、法規制の強化とともに製造・供給体制の拡充が進んでいます。建築プロジェクトではライフサイクルコスト評価を含めた採用検討が主流です。

導入時の実務チェックリスト(現場向け)

  • メーカーの適合性資料(コンプレッサ、熱交換器、バルブ、潤滑油)を入手・確認する。
  • 換気・ガス検知計画の設計(機械室、地下、屋内ユニット)を行う。
  • 充填量算定と充填制限の適用可否を確認する(建物容積や換気条件で変わる)。
  • 緊急時対応(漏えい時の換気手順、避難基準、消防との連携)を明確化する。
  • 保守・点検計画:リーク検査、潤滑油確認、システム性能監視を定期実施する。

まとめ — 建築・土木でR1234zeを使う際の要点

R1234zeは、低GWPで環境負荷を抑えられる有望な冷媒ですが、A2Lの低引火性である点や機器適合性、潤滑油の選定、充填量制限など施工側・設計側が配慮すべき事項が多数あります。建築物への導入に当たっては、冷媒そのものの特性評価に加え、建築基準や消防法・機械基準との整合、運用中のエネルギー効率・漏えい対策を含めたライフサイクル視点での設計が不可欠です。事前のメーカー確認と設計レビュー、施工後の性能確認・保守計画を整えることで、安全かつ環境負荷の小さいシステム導入が可能になります。

参考文献

ASHRAE(American Society of Heating, Refrigerating and Air-Conditioning Engineers)

UNECE / Refrigerant and standards documentation

US EPA — Information on low-GWP refrigerants

Honeywell — HFO product information

Solvay/Chemours 等のメーカー技術資料(製品データシート・安全データシート)