IFCとは何か — 建築・土木での実践ガイドと導入のポイント

IFC(Industry Foundation Classes)とは

IFC(Industry Foundation Classes)は、建築・土木分野における建物情報モデル(BIM: Building Information Modeling)のデータ交換・共通化を目的としたオープンなデータスキーマです。設計、施工、維持管理などライフサイクル全体で使える構造化されたオブジェクト表現を提供し、異なるソフトウェア間で意味のある情報交換を可能にします。IFCは業界団体のbuildingSMARTが主導しており、国際標準(ISO 16739)としても位置付けられています。

歴史と標準化の経緯

IFCは1990年代に産業界のニーズから始まり、後に国際的な標準化の取り組みへと発展しました。buildingSMART(旧IAI: International Alliance for Interoperability)が仕様の開発・管理を行い、標準仕様はISO 16739として標準化されています。IFCは複数のバージョンを経て進化しており、IFC2x3、IFC4などの主要なリリースがあり、最近は建築に加えて土木インフラ向けの拡張(例:IFC4x3など)も進んでいます。

IFCの構造と主要概念

  • エンティティ(クラス): IfcWall、IfcSlab、IfcDoorなど、実世界の要素を表すクラスが定義されています。
  • 階層構造: IfcProject → IfcSite → IfcBuilding → IfcBuildingStorey といったプロジェクト階層で位置づけられます。
  • プロパティセット(Pset): 属性情報はプロパティセットで管理され、機器の型番や性能値などをPsetで付与します(例:Pset_DoorCommon)。
  • 関係(Relationships): IfcRelDefinesByProperties、IfcRelAggregatesなどで要素間の関係を表現します。
  • ジオメトリ表現: ボリューム(IfcAdvancedBrep、IfcFacetedBrep)、スイープ形状、プロファイルを使ったソリッドなど複数の表現形式をサポートします。
  • 識別子と履歴: globalId や ownerHistory により、要素の一意識別や変更履歴の管理が可能です。

ファイル形式とシリアライゼーション

IFCデータは複数のシリアライゼーション形式で保存・交換できます。代表的なものは以下です。

  • IFC-SPF(.ifc): テキストベースの標準形式で、広く利用されています。
  • ifcXML: XML ベースの記述で、XMLツールチェーンと親和性があります。
  • ifcZIP(.ifczip): 圧縮とメタ情報を含めたパッケージ形式。
  • ifcJSON(新しいシリアライゼーション): JSON ベースで軽量化・Web連携に有利な形式。IFCの進化に合わせて採用が進んでいます。

モデルビュー定義(MVD)と実務運用

IFCは非常に包括的なスキーマであるため、全てを交換するのは実務上非効率です。そこでMVD(Model View Definition)が使われます。MVDは、特定のワークフローや目的(例:意匠モデルの幾何と基本属性、施工用の数量、運用用の資産情報など)に必要なIFCのサブセットや要件を定義するものです。MVDを用いることで、ソフト間のやり取りで期待するデータ項目を明確にし、実務での互換性を高めることができます。

実務での活用事例

  • 設計・意匠: 要素の形状や空間情報を共通化して協調設計を行う。
  • 施工計画・干渉チェック(クラッシュ検出): モデルの統合による干渉検出や工程シミュレーション。
  • 数量算出・原価計算: IFCのジオメトリ・属性から材料や数量を自動算出。
  • 施設管理(FM)・ライフサイクル管理: 維持管理情報、メーカー情報、保守履歴をIFCで受け渡し、デジタルツインに活用。
  • インフラ連携: 道路・橋梁・トンネルなど土木資産の情報をIFCで扱う試み(IFCのインフラ拡張)も進行中。

主なソフトウェア、ツール、ライブラリ

  • 商用ソフト: Autodesk Revit、Graphisoft ArchiCAD、Trimble Tekla Structures、Solibri など、多くがIFC入出力機能を持ちます。
  • オープンソース/ライブラリ: IfcOpenShell(解析・変換)、xBIM(.NET向け)、IfcPlusPlus など。
  • 補助ツール: IfcDoc(仕様閲覧・検証)、BCF(BIM Collaboration Format)による問題管理連携、BlenderBIM アドオンなど。

導入時の課題とその対策

IFC導入には利点が多い反面、実務ではいくつかの課題があります。

  • 実装差(ベンダ差): ソフトウェアごとにIFCの実装状況が異なり、想定外のデータ欠落や表現の違いが生じます。対策としてはMVDの事前合意、テスト用モデルでの検証、IFC変換ルールの明文化が有効です。
  • ジオメトリの冗長性と精度: 複雑なBRepや不正ジオメトリが互換性の障害となることがあります。シンプルな表現(プロファイルやスイープ)を優先したり、変換時にジオメトリ簡略化を行う運用を検討します。
  • 属性の一貫性: プロパティ名や単位の違いが問題になります。Psetの活用、共通定義の策定、ユニットと座標系の明示が重要です。
  • 教育とルール整備: BIM運用ルール(共通命名規則、属性付与ルール、品質管理手順)を整備し、関係者の教育を行うことが成功の鍵です。

ベストプラクティス

  • MVDを用いてプロジェクト毎に必要なデータセットを定義する。
  • IFCの出力・受入テストを早期に実施し、問題を洗い出す。
  • 座標系と単位を明示する(建築ではメートルやミリなどの単位混在に注意)。
  • プロパティセット(Pset)や分類コード(UniClass、OmniClass 等)の活用でデータの意味を統一する。
  • 変換ツール(IfcOpenShell等)で自動化スクリプトを用意し、手作業によるエラーを減らす。

最新動向と将来展望

IFCは単なる図形交換を超え、資産管理やデジタルツインとの連携が重要になっています。JSONベースのシリアライゼーションやインフラ(道路、鉄道)向けの仕様拡張、施工ロボティクスやIoTデータとの統合、クラウド/ウェブベースのワークフローとの親和性向上が注目されています。また、ISOやbuildingSMARTの活動により国際的な互換性向上やプロジェクト間での標準化が進められています。

まとめ

IFCは建築・土木分野におけるオープンで汎用的な情報交換基盤です。正しく導入すれば設計・施工・維持管理にわたるワークフローの効率化とデータの持続利用が可能になります。一方で、実装差や運用ルールの欠如が障害となるため、MVDの活用、検証フローの整備、適切なツール選定と教育が不可欠です。今後はインフラ対応やifcJSONなどの技術進化により、さらに広い用途での活用が期待されます。

参考文献