A36鋼(ASTM A36)とは?建築・土木での特性・使い方・設計上の注意点を徹底解説
はじめに:A36鋼とは何か
A36鋼(ASTM A36/A36M)は、米国ASTM規格で定められた汎用の炭素鋼で、主に構造用の形鋼・プレート・バーに広く用いられてきた材料です。経済性と加工性に優れ、橋梁・建築骨組み・土木構造物の多くの部材で採用されてきたため、日本を含む世界中で馴染みのある鋼材です。ここでは化学組成や機械的性質、製造法、施工上の留意点、類似鋼種との比較、設計や耐久性に関する実務的知見を詳しく解説します。
化学成分と機械的性質(代表値)
- 化学成分(代表的な上限・範囲)
- 炭素(C):最大約0.26%
- マンガン(Mn):おおむね0.60〜1.20%
- シリコン(Si):最大約0.40%
- リン(P):最大約0.04〜0.05%
- 硫黄(S):最大約0.05%
- 銅(Cu):最大約0.20%(規格により変動)
- 機械的性質(代表値)
- 降伏強さ(Yield strength):36 ksi(約250 MPa、規格名の由来)
- 引張強さ(Tensile strength):約58〜80 ksi(約400〜550 MPa)
- 伸び(Elongation):一般に良好(代表的には約20%程度、試験長による)
- 硬化処理:熱処理による硬化は目的としない(主に熱間圧延品)
注:上記の数値は代表的な範囲であり、製造バッチや板厚、供給元の条件により変動します。実設計では供給先のミル証明書(MTR)に基づく確認が必須です。
製造方法と供給形態
A36鋼は主に熱間圧延(hot-rolled)で供給されます。形鋼(I形鋼、チャンネル、アングル)、鋼板(プレート)、丸棒やフラットバーなど多様な形状が流通しています。熱間圧延により加工性と一貫した機械的性質が得られやすい反面、表面は酸化スケールが付きやすく仕上げが必要な場合があります。
溶接性・成形性・加工性
- 溶接性:A36は一般に良好な溶接性を示し、炭素含有量が低めであるため普通のアーク溶接法(SMAW、GMAW、FCAWなど)で問題なく施工できます。ただし厚板や冷間割れリスクがある場合は低水素溶接継手や適切な前熱を検討します。
- 曲げ・成形:熱間圧延材としての延性があり、冷間曲げや加工も比較的容易です。過度の冷間加工や集中した塑性加工は局所的な硬化や亀裂につながることがあるため注意が必要です。
- 切削・穴あけ:切削性は中程度で、一般的な工具での加工が可能です。ボルト孔加工や切断には適切な工具と切削条件を選定してください。
耐候性・腐食対策
A36はいわゆる一般構造用炭素鋼であり、耐候性は低く、塗装・防食処理が前提です。屋外構造や腐食性環境では下記の対策が必要になります。
- 表面処理:ショットブラストや脱脂後に防錆塗装を行う。
- 亜鉛メッキ:ホットディップガルバナイズは高耐久を確保する一般的手法。
- 耐候鋼の検討:大気環境で塗装維持が難しい場合はA588(Corten)等の耐候性鋼への切替を検討。
設計上の留意点(構造)
A36は建築・土木の基本的な構造用鋼ですが、近年は高強度鋼(例:ASTM A572 Gr50、A992など)を用いることが多く、材料選定は設計要求に応じて判断する必要があります。設計上の主なポイントは以下の通りです。
- 許容応力度・安全率:設計基準(例:AISCや各国の設計規準)に従い、降伏強さや許容応力度を用いる。古典的には降伏値36 ksiが基準となる。
- 塑性設計・延性:A36は延性があり塑性設計に向くが、局部座屈や疲労設計では限界があるため詳細検討が必要。
- 材料厚と靭性:低温環境では脆性遷移温度に注意。極低温での使用や衝撃荷重下では靭性試験の確認が推奨される。
- 疲労耐久性:疲労荷重を受ける部材では、表面状態(溝や切欠き)や応力集中を抑える設計が重要。A36は高強度鋼に比べ疲労特性が劣る場合がある。
A36と他鋼種の比較(実務観点)
- A36 vs A572 Gr50:A572 Gr50は高強度(約345 MPa級)であり、同強度を得るために断面を小さくできる。軽量化や高荷重設計ではA572を選定することが多い。
- A36 vs S235(EN規格):ヨーロッパのS235に近い性質を持つが、規格や公称強度に差があり、互換性は設計での確認を要する。
- A36 vs 耐候鋼(A588など):耐食性が必要ならA588等が有利。ただし耐候鋼は溶接時や接合部の挙動、表面の錆色外観を考慮する必要がある。
品質管理と試験・検査
現場でA36を使用する際は以下の点を確認してください。
- ミルテストレポート(MTR):化学組成・機械的性質の実測値を必ず確認。
- 非破壊検査:特に溶接部や疲労に影響する部位はUT、RT、磁粉探傷(MPI)等を適用。
- 外観検査:スケールや表面欠陥の有無、コーティング前の表面状態確認。
実務的な選定のポイント(ケース別)
- 一般的な建築の骨組み:コスト重視であればA36は依然有効。ただし現代の高層建築や大スパンでは高強度鋼を検討。
- 橋梁・大型土木:疲労や耐候性を重視する部位は専用鋼や防食設計を併用。
- 補修・増改築:既存のA36部材に合わせる場合、溶接性や熱履歴を考慮して同等材を選ぶのが無難。
施工上の実例・注意点
溶接時の割れ防止のため、厚板では前熱を検討し、溶接後の応力集中に注意します。ボルト接合では摩擦接合(高力ボルト)と突合せ溶接では挙動が異なるため、設計で明確に区別することが重要です。現場での取り扱い時は曲げや落下による塑性変形を避けるため適切な吊り方や支持を行ってください。
まとめ
A36鋼は経済性・加工性・溶接性に優れ、幅広い建築・土木用途で使われてきた標準的な炭素鋼です。しかし近年は軽量化や高性能化の要求から高強度鋼が多用されており、材料選定は設計条件(荷重・疲労・耐候性・コスト)に応じて検討する必要があります。現場ではミル証明書の確認、適切な防食処理、溶接・検査管理を徹底することが長寿命化・安全確保の鍵となります。
参考文献
- ASTM A36/A36M 標準規格(ASTM公式)
- A36 steel — Wikipedia
- MatWeb: A36 steel material data
- AZoM: A36 Steel Properties and Uses
- SteelConstruction.info(鋼構造に関する知見)


