建築・土木で使う故障モード影響分析(FMEA)の実践ガイド:手順・事例・注意点まで徹底解説

はじめに

故障モード影響分析(FMEA: Failure Mode and Effects Analysis)は、製造業をはじめ自動車や航空、医療機器分野で長く活用されてきたリスク低減手法です。建築・土木の現場でも、設計段階から施工、維持管理に至るまで潜在的な故障や不具合を体系的に洗い出し、影響を評価して優先的に対策するために有効です。本コラムでは、建築・土木に適用する際の実施手順、具体的な事例、実務上のポイントや落とし穴、関連する代替手法まで深掘りします。

FMEAとは何か(基本概念)

FMEAは「どのような故障(故障モード)があり得るか」「その故障がどのような影響を生むか」「原因は何か」「現行の管理や検出手段で見つけられるか」を整理し、リスクの優先順位を決めて対策を講じるための定性的・半定量的な分析手法です。FMEAを拡張して重要度評価を加えたものをFMECA(Failure Mode, Effects and Criticality Analysis)と呼ぶことがあります。

建築・土木分野でFMEAを使う意義

  • 設計や仕様書作成段階で潜在的な故障を特定し、仕様変更や冗長設計で重大事故を未然に防げる。
  • 施工時の品質管理計画(検査項目、頻度)を合理的に決められる。
  • 維持管理(点検、補修、予防保全)の優先度決定に使える。
  • 関係者間でリスクの共通理解を得やすく、コンプライアンスや説明責任にも資する。

FMEAの実施手順(詳細)

以下は建築・土木のプロジェクトに即した実施手順です。

1)準備(スコープ設定とチーム編成)

  • 分析対象の明確化:構造体の部位、工種(コンクリート打設、止水、排水系など)、ライフサイクルフェーズ(設計、施工、維持管理)を定義する。
  • 多職種チーム:設計者、施工管理者、品質管理、維持管理担当、材料試験担当、外部専門家(必要時)を含める。
  • 資料準備:図面、仕様書、既往トラブル記録、法令・指針類、過去の点検結果など。

2)故障モードの特定

構成要素ごとに「どのように壊れるか(劣化するか)」を洗い出します。具体的には、部材破断、腐食、疲労、施工不良(打設不良、養生不足、継手不良)、防水不良、目地の劣化など、現場特有のモードを列挙します。

3)影響の評価(Severity:重大度)

各故障モードが生じた場合に発生する影響を評価します。影響は安全性、機能停滞、環境・経済的影響、法令違反などの観点で評価します。一般的に1~10の尺度を用いますが、尺度の定義はチームで合意してドキュメント化します。

4)原因と発生確率(Occurrence:発生度)の評価

故障モードを引き起こす可能性のある原因を列挙し、それぞれの発生頻度を評価します。過去データがある場合はそれを根拠に数値化し、ない場合は専門家判断や類似事例で推定します。

5)検出性(Detectability)の評価

現行の管理・点検手段で故障をどれだけ早期に発見可能かを評価します。現場検査、センサー、非破壊検査、施工管理記録など、検出手段の有無と有効性を評価します。

6)優先度の決定(RPNとその限界)

従来はRPN(Risk Priority Number)= Severity × Occurrence × Detectability の積で優先順位を付けます。RPNが高い項目は対策の優先度が高くなります。ただしRPNには以下のような限界があるため注意が必要です。

  • 同じRPNでもSeverityとDetection、Occurrenceの組合せが異なれば実際のリスク対策は異なる(例:高Severity×低Occurrence と 低Severity×高Occurrence が同じRPNになる)。
  • 尺度が主観的であり、評価の一貫性が保たれないと意味が薄くなる。

そのため、近年はSeverityを最重要視して閾値を設定したり、AIAG & VDAのようにAction Priority(行動優先度)を用いる等の代替手法が推奨されることがあります。

7)対策立案とコスト・効果検討

対策案を洗い出し、実行可能性、効果、コスト、スケジュール影響、施工性を評価して優先順位を決定します。対策の例としては、仕様変更、冗長化、検査強化、センサー導入、施工手順の見直し、施工者の技能向上などがあります。

8)実施・効果検証・文書化

決定した対策を実施し、効果をモニタリングします。FMEAテーブルや記録は設計図書・品質記録として保存し、次のプロジェクトにフィードバックします。維持管理段階でもFMEA結果を点検計画に組み込み、定期的に見直します。

建築・土木における具体的事例(サンプル)

以下は代表的な事例とFMEAでの考え方の例です(簡略化したサンプル)。

  • 事例:コンクリート打設後の初期クラック発生

    • 故障モード:表面クラック(初期収縮・乾燥割れ)
    • 影響:耐久性低下、外観不良、耐荷性能への影響(場合による)
    • 原因:過度な水セメント比、養生不十分、高温環境での急速乾燥、締固め不足
    • 現行検出手段:目視検査、養生記録
    • 対策:養生計画の強化、混合設計の見直し、気象条件管理、早期養生材の使用
  • 事例:仮設足場の崩壊(施工中)

    • 故障モード:足場の倒壊・破損
    • 影響:作業員の死亡・負傷、近隣施設への被害、工期遅延
    • 原因:組立不良、基礎不安定、過負荷、台風等の外力
    • 検出手段:組立チェックリスト、定期点検、荷重管理
    • 対策:組立資格の確認、定期的な締め付け確認、風荷重対応の設計、緊急時の監視体制
  • 事例:建屋の漏水(防水層の不具合)

    • 故障モード:防水層のピンホール、シーム不良、経年劣化
    • 影響:内部仕上げの破損、鉄筋腐食、カビ発生
    • 原因:施工不良、材料選定ミス、排水不良による滞水
    • 検出手段:散水試験、赤外線検査、定期排水点検
    • 対策:製品仕様の明確化、施工者の技能確保、排水計画の徹底、モニタリング導入

実務上のポイントと落とし穴

  • 尺度定義の明確化:Severity、Occurrence、Detectabilityの評価尺度はチームで統一し、事例ごとの目安をドキュメント化する。
  • データに基づく評価:主観でばらつく評価は精度を下げるため、過去のトラブルデータや性能試験結果を可能な限り利用する。
  • 過度な網羅志向の回避:すべてを書き出そうとして膨大化すると実行可能性が低下する。重要箇所に絞り段階的に展開する。
  • RPNの誤用に注意:RPNだけで判断せず、Severityの高い項目はOccurrenceやDetectabilityに関係なく優先的に対策する等のルールを設ける。
  • 関係者合意の重視:設計変更や追加コストを伴う対策は関係者の合意形成プロセスを事前に整備する。

RPNの代替・補完手法

  • Action Priority(AP):AIAG & VDAが提案する手法では、Severityを基に発生度と検出可能性を組み合わせて優先度を判定する方法を用いる。
  • リスクマトリクス:重大度と発生確率を二軸に置いたマトリクスで視覚的に優先度付けする。
  • FTA(Fault Tree Analysis)やボウタイ分析:原因の論理的な解析や重大事故シナリオの特定に有効。
  • 確率論的劣化モデル/寿命予測:橋梁の腐食や疲労など、長期性能評価には確率モデルを併用することが望ましい。

ツールと他プロセスとの連携

  • 表計算ソフト、専用FMEAツール、BIM(Building Information Modeling)との連携により、部位情報や履歴をFMEAに反映しやすくする。
  • 施工管理システム(CMMS)や点検履歴DBとつなげて、発生頻度や検出性の評価精度を高める。
  • 品質マネジメント(ISO 9001)やリスクマネジメント(ISO 31000)と連動させることで組織としてのリスク低減サイクルを回す。

法令・規範との関係

FMEA自体は法令で義務付けられる手法ではないことが多いですが、設計の合理性確認や安全性確保、維持管理計画の根拠付けとして有用です。国土交通省や各専門学会が出す点検・維持管理に関するガイドラインと整合させ、必要に応じてFMEA結果を申請資料や報告書に添付します。

まとめ:実践で使えるチェックリスト

  • スコープを明確にし、最小実行単位でFMEAを開始する。
  • 多職種チームで主観を補完し、評価尺度を事前に合意する。
  • Severityの高い項目は優先的に対策を決定する運用ルールを設ける。
  • 過去データや検査結果を活用して発生確率・検出性の評価を裏付ける。
  • 対策実施後は効果を定量的にモニタリングし、FMEAを継続的に更新する。

参考文献