十二音技法を深掘りする:構造・歴史・作曲の実践ガイド
十二音技法とは
十二音技法は、20世紀初頭に西洋音楽の調性(トーナリティ)を離れた作曲法として確立された手法で、すべての半音階の12音を一つの順序(基本列/トーン・ロー)に配列し、その順序を基に音楽素材を組織する方式を指します。調性が与える機能和声を排し、音の順序や集合関係によって楽曲全体の統一性を保とうとする点が特徴です。しばしば「十二音技法=無調の体系的処理」と簡潔に紹介されますが、実際には各作曲家による多様な展開と技術上の工夫があります。
歴史的背景と発展
十二音技法はアルノルト・シェーンベルク(Arnold Schoenberg)によって第一次世界大戦後の1920年代に体系化されました。シェーンベルク以前にもトーナリティの崩壊を目指す前衛的な音楽は存在し、例えば『ピエロ・ルナール(Pierrot Lunaire)』のような表現主義的作品における無調的要素はその前段階と見なせます。シェーンベルクは当初、調性感の崩壊を個々の旋律や和声の自由な扱いで追求していましたが、より長期的な統一を得る方法として十二音列による構成を確立しました。
シェーンベルクの弟子であるアルバン・ベルク(Alban Berg)やアントン・ヴェーベルン(Anton Webern)らとともに「第二ウィーン楽派」を形成し、各々が十二音技法を独自に発展させました。ヴェーベルンは特に短い楽曲や点描的な配列を通じて高度に凝縮した十二音作品を多く残し、ベルクは伝統的な形式感や感情表現と十二音法を結びつけることで異なる方向に展開しました。
1920年代以降、十二音技法はさらに発展し、戦後にはポール・メシュアンやピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼン、ミルトン・バビットらが「総列(トータル・シリアリズム)」や高度な統計的配列へと技法を拡張しましたが、これらは十二音技法の直接的延長線上にあることが多いです。
基本的概念と用語
- 基本列(基本ロー、tone row): 12音を重複なく一列に配したもの。これが素材の基礎となる。
- 形態変換: 同一の基本列に対して行う操作。
- 原形(Prime, P): 基本列そのもの。
- 転置(Transposition, Tn): 全音を同じ量だけ上げ下げして音高を移す操作。
- 反行(Inversion, I): 基本列の各音程を上下逆にする操作(上行が下行に、下行が上行に)。
- 逆行(Retrograde, R): 基本列を逆順に並べる操作。
- 逆行反行(Retrograde-Inversion, RI): 反行したものを逆順にする、あるいは逆順にしたものを反行する操作。
- 行列(12×12マトリクス): 基本列とそのすべての転置・反行などを一覧化するための表。作曲上、利用可能なすべての形式(通常48通り: 12転置×4形態)を視覚化するのに用いる。
- 六音集合(ヘキサコード)や三音集合(トリコード): 基本列を部分に分けて素材化する際によく用いられる単位。六音同士が補集合的に関係する「補集合性(combinatoriality)」は重要な概念の一つ。
行列の作り方(手順の概略)
簡潔に行列の作り方を示します。具体的な音高名や数値例は多様ですが、手順自体は次の通りです。
- 1. 基本列を定める。例: 12個の音を一列に並べる。
- 2. 基本列を左から横一行に置き、同じ基本列の原形を最上段に置く(原形を行と列に配置する)。
- 3. 各セルは行頂点と列頂点の相対的な差(=転置量)により決まるため、マトリクス上で全ての転置形が埋められる。
- 4. 反行や逆行の行・列も同様に配置して、利用可能な全パターンを視覚化する。
この行列を使うことで、作曲者は任意の位置から別の形に即座に移行したり、行列内の対角線やブロックを素材化するなど、楽曲内部の組織化を行います。
作曲上の応用と技術的工夫
十二音技法は単に音の並びを制約するだけでなく、以下のような多様な作曲的戦略を可能にします。
- 部分分割による動機発展: 基本列を短いユニット(例えば三音や六音)に分けて、反復・転位・組み合わせを行うことで和声的・対位的な進行を作る。
- 補集合関係の活用: 六音集合同士がちょうど12音を補完するような組み合わせ(コンビナトリアリティ)を利用して、和声的な均衡や対称を取る。
- 動的な形態選択: 楽曲の異なる部分で原形、反行、反行反行などを切り替え、動機間の関連を保ちながら対比を生む。
- 和声的意味づけの工夫: 完全無調という誤解もありますが、特定の集合や間隔の頻度を操作することで『擬似和声』や『中心音』に相当する効果を演出することが可能です。
- 配列外の素材の併用: 十二音列をそのまま用いる以外に、リズム、音色、オクターブ配置、ダイナミクスなどを独立に制御して音響設計を行う例が多いです。
聴取上の特徴と批評的観点
聴き手にとって十二音作品はしばしば「調性感の欠如」による不安定さを感じさせます。しかし作曲者が行列や集合の規則を巧妙に扱えば、対比や再帰性、延長を通じたまとまりを生み出すことができます。批評の中には「制度化された技術が創作の自由を損なう」といった指摘もありますが、実際にはシェーンベルク自身やその弟子たちは十二音のルールを柔軟に扱い、音楽的効果を優先して変形や例外を用いることがしばしばありました。
代表的な作曲家と作品例
- アルノルト・シェーンベルク: 十二音技法の創始者として知られ、『ピアノ組曲 op.25』などで体系的な応用が見られる。
- アルバン・ベルク: 伝統的表現と十二音法を融合させた作風が特徴で、『リリク・ソナタ』やオペラ『ルル』などで十二音技法を用いた。
- アントン・ヴェーベルン: 短く凝縮された作品群に十二音技法を適用し、各音の精密な配置や音色の扱いで高い洗練を示した。
- 戦後派の作曲家: ピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼン、ミルトン・バビットらは十二音の原理をさらに発展させ、リズムや音色、連続量の総合的統制へと拡張した。
実際に十二音を作曲に使う際の実践的ヒント
- 基本列は目的に応じて設計する: 旋律性を重視するか、和声的なテクスチャを重視するかで列の性質を変える。
- 行列を使って全体像を把握する: 楽章や大きなセクションごとにどの形態を多用するかを決めると統一感が出る。
- 部分素材(トリコードやヘキサコード)を反復的に扱い、聞き手の指標となる要素を設ける。
- 転調的効果や繰り返しをリズムや音色で補強することで、より多層的な統一を狙う。
まとめ
十二音技法は単なる技術的制約ではなく、20世紀音楽に固有の表現と構造を生み出した重要な方法論です。シェーンベルクの原理に始まり、ベルクやヴェーベルンによる個別化、さらに戦後の総列化へといたる流れは、現代音楽の多様性と実験性を支える基盤の一つとなっています。実践的には基本列の設計とその組織的利用、部分素材の反復と対比、行列の効果的な活用が鍵になります。
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参考文献
- Twelve-tone technique - Britannica
- Arnold Schoenberg - Britannica
- Alban Berg - Britannica
- Anton Webern - Britannica
- Serialism - Britannica
- Twelve-tone technique - Wikipedia (概説と行列の例)
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