和音推定(Chord Estimation)の理論と実践 — 音楽解析のための完全ガイド

はじめに

和音推定(Chord Estimation/Chord Recognition)は、オーディオ録音から時間軸に沿った和音ラベル(例:Cメジャー、Am、G7 など)を自動的に推定する技術です。自動伴奏、楽曲検索、音楽教育、分析ツールといった幅広い応用があり、音楽情報処理(MIR)の主要な課題の一つです。本コラムでは、基礎理論から実装のポイント、評価法、現状の限界と今後の展望まで、実践的に深掘りします。

和音推定の基本概念

和音推定の目的は、入力音声に対して時間ごとの和音ラベルを出力することです。ラベル体系は用途により様々で、代表的には「12音クラス(C, C#, …, B)+ メジャー/マイナー(24種)」や、セブンスや拡張和音を含む細分化した語彙が使われます。評価指標としてはフレーム単位の正確度や区間単位の一致率、ルート(根音)推定の正しさなどが一般的です。

信号処理と特徴量

多くの和音推定システムは、音声信号から時間-周波数表現を作り、そこから和音に有用な特徴量を抽出します。代表的な特徴量は以下の通りです。

  • クロマグラム(Chroma):12のピッチクラス(半音階)ごとの強度を示す特徴。楽器やオクターブの違いに比較的頑健。
  • Constant-Q Transform(CQT):等比周波数分解で、低域の解像度を高めつつ高域も扱える。クロマの入力としてよく用いられる。
  • HPCP(Harmonic Pitch Class Profile):複数の倍音成分を考慮したクロマ類似指標で、ノイズや音色変化に強い。
  • ビート同期特徴量:ビートや小節に同期して特徴を集約することで、リズムと和音変化の関係を利用できる。

これらは librosa や Essentia といったライブラリで簡単に計算できます。クロマは多くのハンドクラフトな手法(テンプレートマッチング等)でも主要な入力となっています。

アルゴリズムの分類

和音推定手法は大きく分けて以下のカテゴリに整理できます。

  • テンプレートマッチング:あらかじめ定義した和音テンプレート(各ピッチクラスの有無や重み)とクロマを比較し、類似度の高い和音を選ぶ手法。実装が簡便で解釈しやすい。
  • 確率的モデル(HMM 等):フレームごとの出力確率と和音遷移確率を組み合わせて、最尤経路(Viterbi)を求める。短時間の誤認識を平滑化できる。
  • 機械学習(従来型):特徴量を入力に SVM、GMM、Random Forest 等の分類器を学習させるアプローチ。
  • 深層学習(CNN / RNN / CRNN):畳み込みで局所的な時間-周波数パターンを抽出し、RNNや時系列バックエンドで時間依存性を扱うモデル。近年のトップパフォーマンスの多くはこのクラスに属する。

特に深層学習はデータ駆動で複雑な音色や重奏に強く、End-to-end で生波形やスペクトログラムを直接扱う試みも増えています。

時間的平滑化とセグメンテーション

和音は通常、ある程度の持続を持つため、単フレームごとの推定だけでなく時間的な平滑化(post-processing)が重要です。HMM のような確率モデルや条件付き確率場(CRF)、あるいは深層モデル内での時系列処理(Bi-LSTM 等)により、不自然な短いスパイク的変化を抑制します。また、楽曲構造(イントロ/Aメロ/サビ)に基づくセグメンテーションと組み合わせることで、意味のある和音境界を得やすくなります。

扱いにくい現象と対処法

  • 複雑な拡張和音やテンション:7th、9th、11th などをすべてラベルに含めると分類語彙が爆発的に増え、学習が難しくなる。用途に応じて語彙を設計(例:24種+セブンスオプション)するのが実務的です。
  • 転回形(ベース音が根音でない):ルート推定とベース推定を分けるか、ベース検出用のサブモデルを用意することで対応可能です。
  • 楽器ごとのマスキング(ドラム、打楽器):高エネルギー成分がクロマを汚すため、ビート除去やフィルタリング、楽器分離(Source Separation)で前処理する手法が有効です。
  • 相対長調・短調の混同:キー推定情報を併用することで、相関の高い誤認(相対調のメジャー/マイナー混同)を減らせます。

データと評価

和音推定の研究/開発においては豊富な注釈付きデータが重要です。よく使われるデータセットには Isophonics(Beatles などの和音注釈)、McGill Billboard(ポピュラー楽曲の和音注釈)などがあり、MIREX(Music Information Retrieval Evaluation eXchange)では毎年オーディオ和音推定タスクが実施され、比較基準が提供されています。評価には mir_eval ライブラリが便利で、フレーム単位・区間単位・根音だけの精度など複数の指標が用意されています。

実装の実務的ポイント

  • 前処理:サンプリング周波数の統一、ステレオ→モノラル、ローパス/ハイパスの簡易フィルタリング。
  • 特徴量:CQT からクロマを算出し、ビート同期で平均化すると実用的な安定性が得られる。
  • データ拡張:ピッチシフトやタイムストレッチで学習データを増やす。特に深層学習で効果が高い。
  • 後処理:和音遷移のスムージング、最小持続時間制約、不自然な短区間の削除。
  • 既存ツールの活用:librosa(特徴量)、Essentia(HPCP 等)、Vamp プラグインの Chordino(既成の推定器)、mir_eval(評価)などを活用することで開発が加速します。

代表的なライブラリ・ツール

  • librosa(Python)— クロマ、CQT 等の特徴量算出が容易。
  • Essentia(C++/Python)— 音楽分析アルゴリズムの豊富な実装。
  • Vamp プラグイン:Chordino — オーディオ和音推定の既成プラグイン。
  • mir_eval — 和音推定など MIR タスクの評価実装。

応用例

和音推定は、楽曲検索(コード進行での検索)、自動伴奏生成、コード譜自動生成、楽曲解析(アナリシス)、学習支援ツール(コード認識訓練)などに応用されます。プロの編曲支援では、粗い推定結果を人が補正するワークフローが実用的です。

限界と今後の展望

現在の和音推定は、シンプルで明瞭な楽曲(ピアノ伴奏、シンプルなポップス)では高精度を達成していますが、ジャズや複雑なオーケストレーション、密なポリフォニー、ノイズの多い録音では依然として課題が残ります。将来的には、楽器分離と和音推定を統合したマルチタスク学習、自己教師あり学習によるラベル効率の改善、そして音楽理論的知識を取り込むハイブリッドモデルが有望です。

まとめ

和音推定は、音声信号処理、機械学習、音楽理論が交差する領域です。実務ではクロマベースの前処理、適切な語彙設計、時間的平滑化、既存ツールの活用が重要で、研究的には深層学習やマルチタスク化が進展を牽引しています。用途に応じて語彙や後処理を設計することが、実用的な精度を得る鍵となります。

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参考文献