十二音列入門と深化:技法・理論・実践の総合ガイド

はじめに — 十二音列とは何か

十二音列(じゅうにおんれつ、twelve-tone row)は、20世紀の作曲技法の中心的な概念の一つで、12の半音階音高級(pitch-class)を重複なく一度ずつ並べた配列を指します。これを素材として用いることにより、調性中心を否定しながらも統制された構造を作り出すことが可能になります。アルノルト・シェーンベルク(Arnold Schoenberg)が体系化した「十二音技法(十二音法)」は、単に音階の並びを規定するだけでなく、その変換と配置(転位・逆行・反行など)を作曲上の操作として明確に定めた点に特徴があります。

歴史的背景と発展

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、調性音楽の機能和声は徐々に拡張し、最終的には調性そのものの中心性が揺らぎました。第一次世界大戦前後の文化的・美学的変動の中で、シェーンベルクは伝統的な調性に代わる新たな統制原理を求め、1920年代から30年代にかけて十二音技法を完成させていきます。シェーンベルクの弟子たちであるアントン・ウェーベルン(Anton Webern)やアルバン・ベルク(Alban Berg)らは、それぞれの作曲語法に応じて十二音列を適用し、作品ごとに多様な表現を展開しました。

第二次世界大戦後、ピエール・ブーレーズやカールハインツ・シュトックハウゼンらによって十二音技法はさらに発展し、音高だけでなくリズムや音色などへも序列化を拡張する「総序列主義(total serialism)」へと結実します。一方で、十二音技法は単なる形式主義ではなく、作曲上の美的選択肢として今日の作曲・分析の重要な道具となっています。

基本原理:列の定義と操作

十二音列の基本条件は単純です。12の音高級(例えばCを0、C#を1、…、Bを11とする0–11表記)を重複なく並べたものが一列(row)です。この列を元に以下の四種の基本操作が定義されます。

  • P(Prime): 原形(基本の列)。
  • I(Inversion): 逆行(音程を上下逆にしたもの。数値表記では各要素をある基準に対して反転させる操作)。
  • R(Retrograde): 反行(原形の順序を逆にする)。
  • RI(Retrograde-Inversion): 逆行反行(逆行したものをさらに反転)。

これらにさらに並進(transposition)Tn(nは0–11)を組み合わせることで、最大48種(12×4)の変形を得ることができます。実際には作曲上必要な変形のみを採用し、同一列内での関係性を構築していきます。

十二音行列(トーン・ロー・マトリクス)の構築法

十二音行列は、ある原形P0を左列に、上段にP0の各要素を並べることで作られる12×12の表です。行はPの各転位(Tn)を示し、列はIの各転位を示すように配置されます。行と列の交点は、その位置に対応する変形音列の音高級を示します。数学的には、原形の最初の音を基準に、各音との距離(差)をモジュロ12で計算し、逆行は差を反転させることで求めます。

マトリクスを作る利点は、楽曲内で任意の位置に現れる音型が、どのP/I/R/RIに属するかを即座に判定できる点や、和声的な組み合わせ(特にヘクサコード=6音集合の関係)を視覚的に把握できる点にあります。

ヘクサコードと組合せ可能性(combinatoriality)

十二音技法における重要概念の一つがヘクサコード(六音集合)です。十二音列を前半6音と後半6音に分けたとき、ある列は自身の何らかの変形と組合せると十二音全体(アグリゲート)を生成できる場合があります。これを「組合せ可能(combinatorial)」と呼び、特にヘクサコード同士が補集合的に合わさって十二音を完成させる場合に作曲上好んで用いられます。

組合せ可能性にはいくつかの種類があり、例えばパーフェクト・コンビナトリティ(完全補集合)や、トランスポーズド・コンビナトリティ(ある転位と組み合わさる)などがあります。これらは和声進行や動機の重なりを制御する有力な手段となります。

派生列(derived rows)と生成原理

作曲家はしばしば列全体を単なる乱数的配列としてではなく、ある小さな動機やプロセスから“派生”させることを好みます。例えば短い2音、3音、4音のモチーフを反転・転位・反行して拡張し、最終的に12音を埋める方法です。こうした派生列は楽曲内での一貫性を強め、列そのものにも意味的・動機的な結びつきを与えます。

不変性(invariance)と対称性の利用

ある列が特定の変換に対して不変(ある程度同じ配列を保つ)である場合、作曲上有効な効果をもたらします。例えば列が逆行や転位に対して部分的な自己一致(invariance)を持つと、対位法的配置でも同一モチーフがより密に結びつきます。ウェーベルンの作品に見られるような高度に凝縮された対位的展開は、こうした不変性を巧みに利用しています。

実践:作曲と分析の観点からの応用

作曲では、まず列を設定し(しばしば派生法を用いる)、それを声部や楽器群にどのように分配するかを設計します。コントラプンクトゥス的な扱い、和音的な重ね、音色(Klangfarben)やダイナミクスとの結びつけ、リズムとの組合せなど、列は様々な次元と結びつけて使われます。

分析では、マトリクスやヘクサコードの関係、列の不変性、繰り返しモチーフの所在を追跡することが有効です。シェーンベルクの『ピアノ組曲 Op.25』やウェーベルンの作品群、ベルクの『ヴォツェック』や『リリック・スイート』などは、列の用法が各作曲家の語法とどう結びついているかを学ぶうえで好適な対象です。

批判と再評価

十二音技法は当初より賛否両論を呼びました。支持者は調性依存からの解放と厳密な構造化を評価しましたが、批判者は形式主義や感情表現の抑圧を問題視しました。戦後の総序列主義批判もあり、実践者の間でも技法の捉え方は多様です。今日では、十二音技法は歴史的事実としてだけでなく、現代作曲・音楽分析の柔軟なツールとして再評価されています。作曲家は伝統的な調性、十二音的構造、その他の語法を自由に組み合わせることで新しい表現を模索しています。

実例に基づく分析のヒント

  • 列をまず数値化(0–11)してマトリクスを作る。どの変形が頻出するかを調べる。
  • ヘクサコードを抜き出し、補集合関係を確認することで和声進行の構造が見える。
  • 動機的派生があるか、短い音型の反復が列の構成に寄与しているかを探る。
  • 対位法的配置や楽器配分が列のどの変形を用いているかを追跡する。

現代的展望と応用

現代では、十二音列の概念は電子音楽、アルゴリズミック作曲、即興音楽などへも応用されています。音色や空間配置、非音高的パラメータの序列化(例えば音量や音色の変化を列として扱う)により、十二音的発想は音楽の他の側面にも拡張されています。また、デジタルツールによりマトリクス計算や列の探索が容易になり、新たな列生成や視覚化が活用されています。

まとめ

十二音列は20世紀音楽の重要な構造的技法であり、単なる理論上の興味に留まらず、作曲と分析において多岐にわたる可能性を持ちます。列の選び方、変換、組合せ可能性、不変性といった諸概念を理解することで、作品の内部構造を深く読み解き、また新たな創作へ応用することができます。

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参考文献