「トロピカルハウス」完全ガイド:起源・音楽的特徴・制作テクニック・主要アーティストまで徹底解説
イントロダクション:トロピカルハウスとは何か
トロピカルハウス(Tropical House)は、2010年代前半に登場したエレクトロニック・ダンス・ミュージック(EDM)のサブジャンルで、穏やかで明るい“南国的”なサウンドが特徴です。フェスやクラブで盛り上がる典型的なEDMとは異なり、トロピカルハウスはゆったりとしたテンポ、アコースティック寄りの音色、メロディックで親しみやすいハーモニーを重視します。商業的には2013〜2016年頃にブレイクし、その後ポップ・プロダクションやストリーミング・プレイリストを通じて広く浸透しました。
起源と歴史的背景
トロピカルハウスは単一の人物や瞬間から突然生まれたわけではなく、複数の影響が混ざり合って形成されました。深めのハウス(deep house)やチルウェイヴ、バレアリック・ミュージック、ダンスホール/レゲエのリズム感、そしてサーフやラウンジ音楽のムードなどが源流です。2013年前後、ノルウェーのプロデューサーKygo(カイゴ)のエド・シーラン『I See Fire』のリミックスが注目を集めたことや、オーストラリアのThomas Jackらが“Tropical House”という名称を用いてコンピレーションやイベントを行ったことが、ジャンル名の定着と普及に大きく寄与しました。
音楽的特徴:サウンドの要素
トロピカルハウスの音色やアレンジにはいくつか共通するポイントがあります。
- テンポ:おおむね100〜115 BPM程度。4/4拍子のまま、ゆったりしたグルーヴを作る。
- 楽器/音色:マリンバ、マレット・プラック、スティールドラム、フルートやサックス、アコースティックギター、ローズ・ピアノ、カリンバのような有機的で“木質”の音色が好まれる。
- シンセ/テクスチャ:柔らかくウォームなパッド、短めのプラック系(ハイカットしたピッキングサウンド)、滑らかなサイドチェインで躍動感を出す。
- リズム:シェイカやコンガ、ボンゴなどトロピカル・パーカッションがアクセント。4つ打ちを基盤にしつつ、ハイハットやスネアは控えめに配置される。
- ハーモニー:メジャー寄りの明るい進行が多く、メジャー7thや9thといったテンションで“まったり感”と暖かさを演出する。
- ボーカル:生歌もしくはチョップされたボーカル・サンプル。リバーブ/ディレイで奥行きを出し、親しみやすいフックが重視される。
典型的なコード進行とメロディの作法
トロピカルハウスはシンプルでキャッチーなコード進行を好みます。例えばI–V–vi–IVやI–vi–IV–Vの派生形がよく使われ、メジャー7(例:Cmaj7)やadd9といった和音で“海辺の開放感”を表現します。ベースラインはルートを強調しつつも滑らかに動き、メロディはスカッター的な細かい装飾よりも長めのフレーズで余韻を残す傾向があります。
プロダクションの実践的テクニック
制作面では以下のポイントが効果的です。
- 音色選び:スティールドラムやマリンバ風のサンプルを用意する。生楽器のサンプルを用いると自然な風合いが出る。
- サイドチェイン:キックに対するサイドチェインで、パッドやベースを呼吸させる。過度に強くするとEDM寄りになるので控えめに設定するのがコツ。
- 空間処理:リバーブとディレイで遠近感と広がりを作る。プリディレイを調整して音の輪郭を保つ。
- パーカッションのレイヤリング:シェイカーやクラップ、コンガを細かく配置してグルーヴを作るが、音数は抑えて“曲の居心地”を優先する。
- ボーカルプロダクション:クリーンなボーカルに軽いオートチューンやピッチ補正、必要ならばボーカルチョップをフックとして配置する。
代表的なアーティストと楽曲
トロピカルハウスを代名詞的に知らしめたのがKygoで、彼の2013年のリミックスや2014年以降のオリジナル楽曲がジャンルの認知を高めました。また、Thomas Jackは“トロピカルハウス”という言葉を用いてシーンを可視化し、MatomaやKlingande、Sam Feldtなどもジャンルを代表する存在として知られています。代表曲の例としてはKlingandeの「Jubel」やKygoの「Firestone(featuring Conrad)」などが挙げられます。
商業的な広がりとピーク
トロピカルハウスは2013〜2016年に商業的なピークを迎え、ラジオやプレイリスト、広告音楽、テレビCMなどにも頻繁に採用されました。ストリーミング時代の到来と相まって、簡潔で耳に残るメロディと心地よいBPMがデイリープレイリストと相性良く、大衆化が進みました。一方でその商業化により、ジャンル特有の雰囲気だけを切り取った“テンプレ化”や過剰生産の批判も生じました。
批評と批判的視点
肯定的には“聴く者をリラックスさせる”という評価があり、夏のシーンやカフェ向けの音楽として高評価を得てきました。他方では「表層的で深みがない」「商業的すぎる」といった批判もあり、特に2015年以降は多くのプロデューサーが要素を取り入れたためジャンルの境界が曖昧になりました。音楽的多様性が失われる懸念や、フェス中心の激しいEDM文化との差異化の必要性が問われるようになっています。
現代への影響と現在の位置づけ
トロピカルハウスは純粋なひとつのスタイルとしてはピークを越えたものの、その要素はポップやR&B、さらには商業的なダンス・プロダクションに広く吸収され続けています。現在では“トロピカル風味”のアレンジがポップ楽曲の一要素として使われることが多く、ジャンルの語彙はむしろプロダクションのテクニック群として存続しています。
トロピカルハウスを作るための短期チェックリスト
- テンポを100〜115 BPMに設定する。
- マリンバやスティールドラム、アコースティック・ギターなどの有機的音色を入れる。
- コードにメジャー7やadd9を使い、明るい響きを作る。
- パーカッションは繊細にレイヤーし、過剰なキック主導にならないようにする。
- リバーブ・ディレイで深みを作りつつ、ボーカルは前に出すためのEQ処理を行う。
- サイドチェインは“呼吸”感を与える程度に弱めに使う。
まとめ(結論)
トロピカルハウスは「南国的なムード」「ゆったりしたテンポ」「有機的な音色」という明確な美学を持ち、2010年代中盤に世界的なムーブメントを作り出しました。商業的に洗練された反面、テンプレ化や浅さへの批判もありましたが、その音楽的要素は今もポップやダンス音楽の中で生き続けています。制作する際は音色と空間処理、ハーモニーの選択が重要で、過度に派手にせず“リラックスさ”を保つことが鍵です。
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参考文献
- Tropical house — Wikipedia
- Kygo — Wikipedia
- Thomas Jack — Wikipedia
- Matoma — Wikipedia
- Klingande — Wikipedia
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