設備稼働率の改善と活用法:計測・分析・向上の実践ガイド
はじめに — 設備稼働率が経営にもたらす価値
設備稼働率は製造業や物流、インフラ運用などで用いられる重要な指標です。単に"動いているかどうか"を示すだけでなく、生産能力の有効活用、在庫・リードタイム削減、設備投資の妥当性判断など経営判断に直結します。本稿では稼働率の定義と計測方法、分析手法、具体的な改善施策、運用上の注意点までを実務視点で詳述します。
設備稼働率とは — 定義と計算方法
一般的な設備稼働率(UtilizationあるいはAvailability)は以下のように定義されます。
- 稼働率(基本式)= 実稼働時間 ÷ 計画稼働時間(または総稼働可能時間)× 100%
ここで「実稼働時間」は設備が実際に稼働して製品を生産していた時間。「計画稼働時間」はシフトや稼働日程に基づく予定時間か、設備が理論的に稼働可能な総時間(24時間×日数)を用いるかで定義が変わります。従って、同じ"稼働率"でも分母の定義次第で数値が大きく変わる点に注意が必要です。
例:1日8時間勤務・稼働予定8時間のラインで、実稼働が6時間であれば稼働率 = 6 ÷ 8 = 75%となります。
稼働率とOEE(総合設備効率)の違い
稼働率だけでは設備の真の効率を捉えきれないため、OEE(Overall Equipment Effectiveness)がよく併用されます。OEEは3つの要素で構成されます。
- 可用性(Availability)= 稼働可能時間に対する稼働時間
- 性能(Performance)= 理論最大速度に対する実際生産速度
- 品質(Quality)= 良品数 ÷ 総生産数
OEE = 可用性 × 性能 × 品質。稼働率は可用性に近い概念ですが、停止理由の分析やスループット低下を捉えるためにはOEEの分解が有効です。世界標準的にはOEEの"世界クラス"目標は約85%と言われますが、業種や工程により目標値は異なります。
稼働率の測定とデータ収集の実務
正確な稼働率算出には信頼できるデータが不可欠です。主なデータ収集手段は以下の通りです。
- PLC/センサー:稼働信号、回転数、運転/停止状態を自動取得
- MES/SCADA:工程単位での稼働ログ、良品/不良数の集約
- 現場入力(停止理由コード):停止原因を分類することで改善対象が明確に
- OT/IT統合:時系列データをBIツールで分析できる形に整備
ポイントはタイムスタンプの精度、停止理由の標準化(カテゴリ設計)、データ欠損・ノイズ対策です。人手入力は詳細理由を得やすい一方で精度が落ちるため、可能な範囲で自動取得と組み合わせます。
分析手法 — 問題の特定と優先順位付け
稼働率低下の原因特定には定量・定性の両面が必要です。代表的な分析手法を挙げます。
- パレート分析:停止回数・時間を原因別に集計し、重点課題を可視化
- 時系列解析:時間帯、シフト、工程間での差異を把握
- ボトルネック分析(ラインバランシング):工程間での能力差を抽出
- MTTR(平均修理時間)・MTBF(平均故障間隔):保全の指標化
重要なのは"何が多く稼働を阻害しているか"を数値で示すこと。例えば頻度は低いが復旧に長時間かかる故障はMTTR改善が効果的です。一方、短時間停止が頻発する場合は作業標準やSOPの見直し、段取り替え時間の削減(SMED)が有効です。
改善施策 — 保全・オペレーション・改善活動
稼働率向上の施策は大きく5つの領域に分かれます。
- 予防保全(PM)・予知保全(PdM):点検・部品交換計画、振動・温度・波形解析による故障予測
- 迅速復旧体制の構築:故障診断手順、代替部品の配置、当直エンジニアの育成
- 作業標準化と現場改善(Kaizen):段取り替え短縮、作業手順の見える化
- 設備改良・レイアウト改善:ボトルネック設備の更新、工程間の流れ改善
- デジタルトランスフォーメーション:リアルタイム監視、アラーム最適化、BIでの可視化
特に近年はIoTセンサーと機械学習を用いた予知保全の導入により、突発故障の抑制と保全コストの最適化が可能になってきていますが、導入には評価設計と運用体制整備が不可欠です。
KPI設計とダッシュボード運用
実効性のあるKPI設計と運用が改善を持続させます。推奨される指標例:
- 稼働率(可用性)/OEE(可用性・性能・品質の分解)
- MTTR、MTBF、故障頻度
- 段取り替え時間、立ち上げ不良率
- 稼働率の季節性・シフト別比較
ダッシュボードはリアルタイム性と操作性が重要。現場で即時対応できるアラートや、原因分析に遷移できるドリルダウン機能を持たせると効果的です。経営層向けにはTrend(週/月/年)を示し、投資判断に資する情報を提供します。
注意点・よくある落とし穴
稼働率向上を目的化すると現場に悪影響を及ぼす場合があります。代表的な落とし穴:
- 数値の"ゲーム化":停止を短く報告して稼働率を偽装するリスク
- 稼働率偏重で生産品質や在庫コストが悪化すること
- 分母定義の不一致で部門間の比較が意味をなさないこと
- 短期的な改善ばかりで根本原因が残る(焼き畑的改善)
対策としては、稼働率だけでなく品質やコスト指標をバランスよく見ること、停止理由の記録を厳格にすること、そして継続的な改善(PDCA)を文化として根付かせることが重要です。
導入ロードマップ(実務的ステップ)
設備稼働率改善プロジェクトの実行例を段階的に示します。
- 現状把握:現場訪問・データ収集、定義の統一
- 基礎整備:信号取得基盤(PLC/MES)、停止理由コード設計
- 可視化:ダッシュボード作成、KPI設定
- 原因分析:パレート・ボトルネック分析・保全指標算出
- 改善実行:保全計画、SMED、作業標準の改訂、設備改良
- 評価と定着:改善効果の定量評価、標準化、教育訓練
- 高度化:PdM導入、機械学習による予測、連携システムの最適化
各フェーズで"小さく始めて早く回す"スプリント的アプローチが有効です。短期的に効果が見える施策(例:段取り短縮)と長期的投資(PdMや設備更新)を組み合わせることで、現場のモメンタムを維持できます。
まとめ
設備稼働率は単なる稼働時間の比率以上に、経営課題を解く鍵となる指標です。正確なデータ取得、適切な指標設計、原因分析に基づく改善、そして現場で持続可能な運用体制の構築が不可欠です。OEEなどの補助指標と組み合わせ、品質やコストとバランスを取りながら改善を進めることで、設備の真の価値を引き出せます。
参考文献
- Overall equipment effectiveness — Wikipedia
- 一般社団法人 日本プラントメンテナンス協会(JIPM) — TPM・保全の資料
- OEE.com — OEEと可用性に関する解説
- McKinsey — Predictive maintenance(予知保全)関連解説
- ISO 22400 — Key performance indicators (KPIs) for manufacturing(概要)
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