初心者のためのフリージャズ入門 第2弾 名盤5選 ドルフィー、アイラー、シェップ、チェリー、ブラクストンの革新性とその代表作を徹底解説
フリージャズは1950年代末から1960年代にかけて、既存のジャズの枠組みを根底から揺さぶり、「即興」「構造」「精神性」の概念を大胆に拡張した音楽運動である。なかでも エリック・ドルフィー、アルバート・アイラー、アーチー・シェップ、ドン・チェリー、アンソニー・ブラクストン の五人は、表現方法・楽曲構造・演奏哲学のあらゆる面で、後世のミュージシャンに決定的な影響を与えた改革者として語り継がれている。
本稿では彼らの代表作を丁寧に読み解きながら、録音背景や音楽的特徴、批評的評価、そして歴史的意義を詳述する。五つのアルバムは、それぞれまったく異なる方法で「自由」というテーマに向き合い、フリージャズの複雑で奥深い姿を鮮明に映し出している。
1. Eric Dolphy – Out to Lunch!(1964)
ブルーノート・レーベルの中でも突出した革新性を誇る本作は、1964年2月25日に名エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオで録音され、同年8月にリリースされた。エリック・ドルフィーが夭折するわずか4か月前の録音でもあり、「ドルフィー芸術の到達点」と称されることが多い。
参加メンバーには、若干18歳にして驚異的な実力を示す トニー・ウィリアムス、音響的な色彩を操る ボビー・ハッチャーソン、重力感あるベースを紡ぐ リチャード・デイヴィス、そして華やかさと鋭さを兼ね備える フレディ・ハバード という精鋭が集結した。
音楽的構造
本作は、単なる自由即興ではなく、緻密にデザインされた構成と「不安定さの芸術」が高密度に交錯するのが特徴である。ドルフィーは明確な拍子感を意図的に曖昧にし、リズムとメロディの境界を曖昧化させることで、新しいアンサンブルの在り方を提示した。
各曲レビュー
Hat and Beard
セロニアス・モンクへのオマージュで、バスクラリネットが不規則に跳ねる。メロディとノイズ的成分が混ざり、モンクの“間”の哲学を拡張したような世界が広がる。
Something Sweet, Something Tender
ドルフィーとデイヴィスの弓弾きベースのデュオは、室内楽のような精妙さを持ち、フリージャズの中でも特に抒情的な名演として知られる。
Gazzelloni
イタリアの名フルート奏者セヴェリーノ・ガッツェローニに捧げられた一曲で、ドルフィーの革新的なフルート技術が炸裂する。
Out to Lunch
リーダー曲であり、拍子感の消失と内部パルスの対比が際立つ。聴き手は「揺れ続ける床」に立っているような不安定さを味わう。
Straight Up and Down
酩酊した動きを模した曲で、ホーンのフレージングが奇妙にずれ続ける。ウィリアムスの多層的なドラミングが特に強烈だ。
ブルーノート作品としては異例の“前衛度”でありながら、現在では“歴代ジャズアルバムランキング”の常連。ドルフィーの最高傑作に挙げる評論家は非常に多い。
2. Albert Ayler – Love Cry(1968)
1967年と1968年にニューヨークのスタジオで録音された本作は、アルバート・アイラーの表現が最も進化した時期の作品であり、兄ドナルド・アイラーとの最後の共演盤としても重要である。
アイラーは巨大な音量と祈りのようなメロディの反復で知られるが、本作ではさらに 電気チェンバロ(ハープシコード) の導入という独創的なアレンジが加わり、サウンドの神秘性が倍増している。
音楽的特徴
・ドナルドのトランペットは、テナーの咆哮と絡み合いながら「祝祭」と「鎮魂」の両面を持つ対話を繰り広げる。
・Call Cobbs の電気チェンバロは、フリージャズでほとんど例のない音響的彩色をもたらし、「Ghosts」では亡霊のような響きを創出する。
・Alan Silva と Milford Graves のリズム隊は時に行進曲、時に完全な自由即興を提示し、音楽を儀式のような空間へと導く。
歴史的評価
『Love Cry』はアイラー後期のなかで最も構成と実験が融合した作品とされる。スピリチュアル・ジャズの源流としても語られ、多くのアヴァンギャルド奏者がこのアルバムの影響を明言している。
3. Archie Shepp – Fire Music(1965)
アーチー・シェップは、政治的意識を前面に押し出すことでフリージャズの社会的役割を強調した数少ないアーティストである。『Fire Music』は1965年に録音され、ジャズが社会運動と接続していた時代の空気を強烈に伝える名盤だ。
参加メンバーにはテッド・カーソン、ジョー・オレンジ、マリオン・ブラウンらが名を連ね、重厚なホーンセクションと緊張感あふれるアンサンブルが展開される。
音楽的アプローチ
シェップは完全自由即興ではなく、“構築性を残した前衛” を目指しており、テーマ・ブロー・集団即興のバランスが絶妙だ。
各曲レビュー
Hambone
リズミカルで躍動的なテーマから突入する大作。シェップとカーソンの掛け合いは、戦いのような、対話のような緊張に満ちている。
Los Olvidados
ブニュエル映画へのオマージュで、哀しみのメロディと強烈な叫びが交差する。シェップの表現主義的な側面が出た名曲。
Malcolm, Malcolm — Semper Malcolm
マルコムXへの追悼詩をシェップ本人が朗読し、演奏と詩が渾然一体となる。ジャズが社会的声明となり得ることを示す象徴的作品。
Prelude to a Kiss
エリントンの名曲をシェップ独自の陰影で再解釈。美しさと不穏さが同居する。
The Girl from Ipanema
有名曲を大胆に解体し、揺らぎと暴力性を共存させる。シェップの“反逆的ユーモア”が光る。
歴史的意義
『Fire Music』はフリージャズと政治性が最も高次で結びついた作品の一つであり、多くの批評家が1960年代を象徴するアルバムに挙げている。
4. Don Cherry – Complete Communion(1966)
ドン・チェリーはオーネット・コールマンのグループで頭角を現した後、独自の方法で「構造化フリージャズ」を追求した。本作は1965年のクリスマス・イブに録音されたもので、フリージャズ史でも特に構造美の高さが評価される作品である。
スイート形式の革新
LP両面にまたがる2曲は、それぞれ4つのテーマが連続し、自然にモジュレーションしながら一つの物語を形成する。テーマ間の移行は即興と作曲が入り混じる形で行われ、アルバム全体に“流れ続ける川”のような感覚がある。
インタープレイ
ガト・バルビエリのテナーは情熱的で、チェリーのポケットトランペットと強烈に共鳴する。
ヘンリー・グリムスとエド・ブラックウェルは、伴奏でありながらソロのように積極的に動き、音楽の推進力を担う。
セクションの構成
Complete Communion
〈Complete Communion〉〈And Now〉〈Golden Heart〉〈Remembrance〉の4部構成。明暗や速度感の対比が鮮烈。
Elephantasy
より抽象度の高いフレーズが続く。〈Elephantasy〉〈Our Feelings〉〈Bishmallah〉〈Wind, Sand and Stars〉の4部構造で、幻想的かつダイナミック。
歴史的立ち位置
本作は「テーマをつなぎ合わせたスイート形式のフリージャズ」という新境地を開き、多くの評論家が1960年代ジャズの最重要作に挙げる。
5. Anthony Braxton – For Alto(1971)
『For Alto』はジャズ史上初の“完全アルトサックス・ソロアルバム”として知られる。1969年録音、1971年リリース。これは単なる技術の誇示ではなく、サックスという楽器の構造そのものを解体し、再構築しようとする試みだ。
コンセプト
ブラクストンはシェーンベルク、ストックハウゼン、セシル・テイラーなど前衛音楽から強い影響を受け、ジャズの即興を「作曲的思考」と融合しようとした。各曲は特定のアーティストに捧げられており、開始時点の“イメージ”が明確に設定されている。
演奏技法
・マルチフォニクス
・循環呼吸
・過激なアーティキュレーション
・長音や微分音的アプローチ
・音色変化の連続操作
これらの技法を用い、ブラクストンはサックス一本で宇宙的スケールの音世界を描き出すことに成功している。
曲の例
・「Dedicated to Multi-Instrumentalist Jack Gell」
・「To Composer John Cage」
・「To Artist Murray DePillars」
・「To Pianist Cecil Taylor」
曲ごとに明確な音響思想があり、まるで美術作品集のような多様性を持っている。
影響
後世のサックス奏者で『For Alto』の影響を受けていない者はほとんどいないとさえ言われるほど、歴史的意義は大きい。ソロ即興の新しい形を決定的に提示した作品として位置付けられる。
まとめ — 五作が示したフリージャズの核心
これら五人のアーティストは、それぞれ全く異なる方向から「自由」を追求した。
・ドルフィーは構造の揺らぎをデザインし、
・アイラーは祈りと儀式性を表現し、
・シェップは社会的メッセージを音楽に刻み、
・チェリーはテーマの連鎖による構造的革新を行い、
・ブラクストンは楽器そのものの言語を再定義した。
フリージャズは混沌ではなく、深い“意図”と“理念”のもとに築かれた音楽である。現代の即興演奏家たちにとって、これらの作品は依然として創作の礎であり続け、未来のジャズを切り拓くための示唆を与え続けている。
参考文献
- https://www.bluenote.com/
- https://www.allmusic.com/
- https://www.discogs.com/
- https://www.jazzdisco.org/
- https://www.rollingstone.com/
- https://www.allaboutjazz.com/
エバープレイの中古レコード通販ショップ
エバープレイでは中古レコードのオンライン販売を行っております。
ジャズのレコードも取り揃えておりますので是非一度ご覧ください。

また、レコードの宅配買取も行っております。
ダンボールにレコードを詰めて宅配業者を待つだけで簡単にレコードが売れちゃいます。
是非ご利用ください。
https://everplay.jp/delivery


