トマス・ハンプソン入門:リート名演とおすすめ録音&鑑賞のポイント

はじめに — トマス・ハンプソンという歌手

トマス・ハンプソン(Thomas Hampson)は、アメリカ出身のバリトン歌手で、主にリート(Lieder)とオペラ双方で高い評価を得てきた巨匠です。豊かな声質と明晰な言葉遣い、テキストへの深い理解に基づく表現力で、ドイツ・オーストリア歌曲をはじめとするヨーロッパの伝統的な歌曲群を現代に伝える役割を果たしてきました。また「Song of America」などの企画を通してアメリカの歌曲文化を再評価・普及させる活動も行っています。本稿では、ハンプソンの代表的なレパートリー(名曲)をピックアップして、音楽的・詩的な観点から深掘りして解説します。

ハンプソンの表現上の特徴(総論)

  • テクスト重視:詩の意味を最優先にし、語感やアクセントを明確にすることで物語性を強める歌唱を行います。

  • 声の色彩とフレージング:暖かく豊かな中低域を基調に、フレーズごとに色調を変えることで小さなドラマを刻むのが特徴です。

  • ピアノとの対話:伴奏者と緊密に呼吸を合わせ、ピアノパートの細かな色彩を引き出すことで、歌曲の細部を際立たせます。

  • 語りと演技性:台詞的な語りを取り入れた表現や間の使い方で、単なる「歌唱」を超えた物語語りを実現します。

代表的な名曲・名演の深掘り

1. シューベルト:『冬の旅(Winterreise)』 — 「Gute Nacht」「Der Lindenbaum」など

冬の旅はシューベルトの歌曲集の中で最も劇的で内面の孤独を描く傑作です。ハンプソンはこのサイクルで、抑制された感情表現と瞬間的な高揚を巧みに対比させます。

  • 「Gute Nacht」:旅の開始を告げる曲。ハンプソンは語り口を大切にして、冒頭の別れの静かな決意を淡々と、しかし内に火を秘めたように歌います。ピアノの不安定な伴奏を受けて、歌が徐々に遠ざかっていく感覚を作ることが重要です。

  • 「Der Lindenbaum」:回想と慰めの歌。ここでのポイントは「木」のイメージを声でどう固定するか。柔らかなラインと自然なレガートで、懐かしさの色合いを出しつつ、最後に来る不安の影をちらつかせる表現がハンプソンらしさです。

2. シューベルト:『美しき水車屋の娘(Die schöne Müllerin)』 — 「Das Wandern」ほか

より物語的で外向きの情景描写が多いこのサイクルでは、旅と恋の喜び・破滅が交互に現れます。ハンプソンは語りのリアリズムを生かし、青年の希望と落胆を鮮やかに描きます。

  • 「Das Wandern」:行進的で軽快な伴奏に乗せて歌われる曲。声の軽さと明るさを保ちながら、次第に生じる陰影を感じさせることが演奏上の肝です。

3. シューマン:『詩人の恋(Dichterliebe)』 — 「Im wunderschönen Monat Mai」など

シューマンのこのサイクルはロマンティックな心の揺れを繊細に描きます。ハンプソンは内面の微細な感情変化を言葉の抑揚で表現し、ピアノの微小な動きをよく聴き取って応答します。

  • 「Im wunderschönen Monat Mai」:和声の曖昧さが初恋の不確かさを示す曲。ここでは語尾の処理、呼吸の置き方で「まだ到達していない期待感」を表現することが鍵となります。

4. マーラー:『若き日の歌(Lieder eines fahrenden Gesellen)』『Rückert-Lieder』『Des Knaben Wunderhorn』

マーラーの歌曲群はオーケストラ伴奏で演奏されることが多いですが、室内編成やピアノでの演奏でも深い表現を引き出せます。ハンプソンはマーラー特有の大きな感情のうねりを、言葉に基づいて精緻にコントロールします。

  • 感情のダイナミクス:マーラーでは異なる感情が短い時間で転換するため、声色と発語の速度、呼吸の位置を巧みに操作することが求められます。ハンプソンの強みはそこにあります。

  • 詩の存在感:マーラー歌曲では詩のイメージを大きく扱うため、ハンプソンは語尾・母音の響きに注意を払い、オーケストラ/ピアノと密接に連携して情景を描きます。

5. フーゴー・ヴォルフ(Hugo Wolf)やブラームスのリート

ヴォルフの歌曲はテキストの微細な心理描写と鋭い音楽的色彩が特徴です。ハンプソンは詩の語気の微妙な転換を声で表し、ピアノと一体になってテクストの「意味のシフト」を聴かせます。ブラームスの歌曲では、より古典的な均整と深い内省を示し、低域の豊かさを活かした歌唱が魅力です。

6. アメリカ歌曲・“Song of America”プロジェクト

ハンプソンはアメリカ歌曲の掘り起こしにも熱心で、「Song of America」という大規模プロジェクト(複数枚組の企画やコンサート)を通して、フォーク系、ミニアチュール、移民の歌など多様なアメリカン・レパートリーを紹介しました。ここでの特徴は、民族的な要素や英語の発音・語感を尊重しつつ、クラシック的な表現技法を用いて普遍性を与えている点です。

聴きどころ・聴き分けのポイント(鑑賞ガイド)

  • 語彙(テクスト)を追う:まずは歌詞を並行して読み、詩の全体像を把握してください。ハンプソンの歌唱は詩を土台にしているので、歌詞理解が深い鑑賞につながります。

  • ピアノに耳を傾ける:伴奏は単なる背景ではありません。和声の変化やリズムの仕掛けが歌の感情を牽引します。

  • 声の色の変化を追う:同じフレーズでも音色やダイナミクスが変化する箇所に注目すると、物語の転換点が見えてきます。

  • 比較鑑賞:他の名バリトン(例:Fischer-Dieskau等)との比較で表現の違いを味わうと、ハンプソン特有の解釈がより鮮明になります。

おすすめ録音(入門/名盤)

  • Schubert:Winterreise(トマス・ハンプソンによる録音) — シューベルトの代表作をハンプソンの視点で味わえる一枚。

  • Schubert:Die schöne Müllerin(トマス・ハンプソン録音) — 若者の旅と恋の物語を生き生きと描出。

  • Mahler:Lieder(各種マーラー歌曲の録音集) — マーラー独特の大きな感情表現を堪能できる。

  • Song of America(プロジェクト/ボックスや選集) — アメリカ歌曲の広がりを知るための企画盤。

まとめ

トマス・ハンプソンは、テクストへの忠実さと豊かな声の表情、伴奏者との深い共感で、歌曲の世界を現代に伝えてくれる稀有な歌手です。シューベルトやシューマン、マーラー、ヴォルフといった作曲家の核心的作品から、アメリカ歌曲の再評価まで、彼のディスコグラフィーには聴きどころが多く詰まっています。歌詞を手元に置き、ピアノの響きにも耳を澄ませて聴くことで、ハンプソンの解釈の深さを存分に味わえるでしょう。

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