ARMとは — AArch64/ARMv9の技術・用途・x86比較を徹底解説
ARMとは — 概要と背景
ARM(正式には Arm Ltd.)は、低消費電力で高効率なプロセッサ設計を中心とした企業と、その設計に基づく命令セット(ARMアーキテクチャ)を指します。スマートフォン、組込み機器、IoT機器から近年はサーバやPC(AppleのMacなど)まで幅広く採用され、特にモバイル分野では事実上の標準となっています。元は1990年に英国で設立され、長年にわたりプロセッサIP(設計のライセンス)を企業に提供してきました。2016年に日本のソフトバンクが買収、2020年代初頭にNVIDIAによる買収提案がありましたが実現せず、その後2023年には株式公開(IPO)が行われました。
ARMアーキテクチャの基本
ARMはRISC(Reduced Instruction Set Computer)思想に基づく命令セットアーキテクチャ(ISA)を採用しています。設計思想としては単純で効率の良い命令を多く用い、ハードウェアの実装を最適化することで高い電力効率(performance-per-watt)を実現します。主要な技術的特徴には次が含まれます:
- Thumb / Thumb-2:16ビット/32ビットを混在させることでコード密度を高め、メモリ効率を改善する命令セット拡張。
- AArch64(ARMv8以降):64ビット実行モード。レジスタ数の拡張や64ビットデータ操作をサポートし、サーバやPC用途での性能向上を実現。
- SIMD/ベクトル拡張(NEON, SVE, SVE2など):マルチメディアや並列演算、機械学習処理を高速化。
- セキュリティ拡張(TrustZoneなど):安全な実行環境を提供し、暗号や鍵管理、セキュアブートに利用。
アーキテクチャの系譜(主要バージョン)
ARMアーキテクチャはバージョンを重ねてきました。代表的な区分は以下の通りです:
- ARMv7(32ビット世代)— スマートフォン初期から広く使われた世代。Cortex-Aシリーズの初期コアが該当。
- ARMv8(AArch64の導入)— 64ビットモード(AArch64)を追加し、サーバや高性能モバイルでの利用が拡大。
- ARMv9(2021年発表)— セキュリティ強化(Confidential Computeの概念等)や機械学習向けの拡張(SVE2など)を打ち出した次世代プラットフォーム。
CPUコアと製品ラインナップ
Armは自社でCPU設計(Cortexシリーズ)を提供する一方、他社にISAをライセンスして独自コアを設計させるモデルの両方を採用しています。主なラインは:
- Cortex-Aシリーズ:スマートフォンや高性能組込み、軽量サーバ向けのアプリケーションコア。
- Cortex-Rシリーズ:自動車やストレージなどリアルタイム性が重要な用途向け。
- Cortex-Mシリーズ:低消費電力・低コストのマイクロコントローラ向け(IoTや組込み機器に広く採用)。
- Neoverse(旧称サーバ向けブランド):データセンター・インフラ向けアーキテクチャとIP。
- GPUやその他IP:Mali GPU、各種アクセラレータやインターコネクト(CoreLink)など。
ライセンスモデル
Armのビジネスモデルはライセンス中心です。大きく分けて2種類あります:
- コアライセンス(Implementation / Cortexなど):Armが設計したコアをそのまま製品に組み込むライセンス。
- アーキテクチャライセンス(Architecture license):ArmのISAを使って企業が独自のマイクロアーキテクチャを設計できるライセンス(例:Apple、Qualcommの一部カスタムコア)。
このモデルにより、幅広い企業がArmの命令セット互換性を保ちながら独自実装で差別化できます。
技術的特徴と最近の拡張
ARMは常に新しいハードウェア拡張で時代のニーズに応えています。主要なものを整理します:
- ベクトル/並列処理:NEONはモバイル向けSIMD、SVE(Scalable Vector Extension)/SVE2はスケーラブルで高性能なベクトル演算を提供し、機械学習や HPC に効果的です。ARMv9ではSVE2の採用が強調されています。
- セキュリティ:TrustZoneにより「ノーマルワールド」と「セキュアワールド」を分離して安全領域を確保。加えてPointer Authentication(PAC)などの機構で制御フロー改ざんを抑制します。ARMv9では「Confidential Compute Architecture(CCA)」などの概念も導入され、ハードウェアレベルでのデータ保護に注力しています。
- メモリ安全性強化:Memory Tagging(MTE)などの技術でバッファオーバーフロー等の検出を支援し、ソフトウェアの安全性を高めます。
- 省電力設計:多数の省電力モードと高効率コア設計により、モバイル機器での長時間駆動を実現。big.LITTLE(異種コア併用)やDynamIQといった技術で、高性能コアと低消費電力コアを組み合わせた効率的なスケジューリングを行います。
エコシステムとソフトウェア互換性
ARMは広範なソフトウェアエコシステムを持ちます。LinuxやAndroidはARMを主要ターゲットとしており、GCCやLLVM/Clangなど主要なコンパイラはAArch32/AArch64のコード生成をサポートしています。近年はWindows on ARMも進化し、エミュレーションやバイナリ翻訳(例:AppleのRosetta 2)を使った互換性確保の取り組みも進みました。
用途別の採用例
- スマートフォン・タブレット:Qualcomm、MediaTek、Samsung、AppleなどのSoCが主流で、ほとんどがARMベース。
- PC・ラップトップ:AppleのM1/M2/M3シリーズのように高性能かつ低消費電力のARMベースCPUが登場し、ノートPC市場にも影響を与えています。
- サーバ・データセンター:AWSのGravitonシリーズやAmpere等、ArmベースのサーバCPUがコスト・電力面で競争力を持ち始めています。HPC分野でも富士通のA64FXのようにARMベースの高性能プロセッサが採用されています。
- 組込み・マイコン:Cortex-M系列がIoTセンサーや家電、自動車のセンサ制御などで広く使われています。
性能とx86との比較
伝統的にx86(Intel/AMD)は高いシングルスレッド性能を誇ってきましたが、近年はARM設計の高度化により性能差は縮小しています。ARMアーキテクチャの強みは「性能あたりの消費電力」が高い点であり、モバイルや電力制約のあるサーバで特に有利です。一方で、x86は既存ソフトウェア資産の豊富さや互換性で優位な点があります。用途に応じた選択が重要です。
将来動向と競合
ARMはAI/ML向け機能の強化、セキュリティ機能の拡充、そしてデータセンター向けの性能向上を進めています。競合としてはx86勢に加え、オープンISAのRISC-Vが注目されています。RISC-Vはオープン性が高い点で新興プレイヤーに魅力的ですが、ソフトウェアの成熟度やエコシステムの広がりではARMが依然優位です。今後はARM、x86、RISC-Vが用途や市場セグメントごとに役割を分けながら共存していくと考えられます。
まとめ(なぜ「ARM」が重要か)
ARMは「省電力」「柔軟なライセンス」「幅広いエコシステム」により、モバイルから組込み、さらにはサーバ/PCへとその適用範囲を広げてきました。アーキテクチャの進化(AArch64やARMv9)や豊富なIP提供により、多様な企業がARMベースで独自製品を生み出せる点が大きな強みです。今後もAIやセキュリティ、サーバ用途での競争力強化が期待され、ITインフラやエンドデバイスの設計において重要な位置を占め続けるでしょう。
参考文献
- Arm — 公式サイト
- Arm Developer — Architectures
- Arm: Armv9 発表(公式ニュース)
- BBC: SoftBank buys Arm (2016)
- Reuters: NVIDIA calls off acquisition of Arm (2022)
- AWS Graviton — Amazon EC2 (Armベースサーバ事例)
- Apple: Introducing M1 (Apple Silicon, Armベース)
- Wikipedia: ARM architecture(参考)
- GCC — ARM/AArch64 options(コンパイラサポート)


