トランスフォーマー入門:自己注意の仕組みからBERT・GPT・ViTまで実務で使える全知識

はじめに — トランスフォーマーとは何か

「トランスフォーマー(Transformer)」は、自然言語処理(NLP)を中心に機械学習分野で大きな革命を起こしたニューラルネットワークのアーキテクチャです。2017年にVaswaniらが発表した論文「Attention Is All You Need」で提案されて以来、従来の再帰型(RNN/LSTM)や畳み込み型(CNN)ネットワークに代わり、言語モデルの標準アーキテクチャとなりました。トランスフォーマーの中核は「自己注意(self-attention)」機構であり、並列処理に優れ長い文脈を扱いやすい点が特徴です。

歴史的背景と意義

従来のRNN系モデルは系列データの逐次処理に適していましたが、長期依存の学習困難・並列処理の難しさ・学習時間の長さといった課題がありました。トランスフォーマーはそれらの課題に対し、注意機構のみを用いることで並列化を可能にし、学習効率と性能の飛躍的向上をもたらしました。以降、BERT、GPT、T5、Vision Transformer(ViT)など多数の派生モデルが生まれ、NLPのみならず画像処理や音声、コード生成など多領域に応用が広がっています。

基本構造(全体像)

標準的なトランスフォーマーはエンコーダーとデコーダーの二部構成(Seq2Seq)で表現されますが、用途に応じて以下の三種類に分類されます。

  • エンコーダーのみ(例:BERT) — 文の表現を獲得し、分類や文書理解に使用。
  • デコーダーのみ(例:GPT) — 自己回帰的に次のトークンを生成する言語生成モデル。
  • エンコーダー–デコーダー(例:T5, original Transformer) — 翻訳や要約などの変換タスクに使用。

自己注意(Self-Attention)とは

自己注意は入力系列内の各要素が他の要素にどれだけ注意(重要性)を払うかを計算する仕組みです。簡潔に言えば、各入力トークンはクエリ(Q)、キー(K)、バリュー(V)という3つのベクトルに線形変換され、スコア = softmax(QK^T / sqrt(d_k)) を利用してバリューの重み付き和を取ります。これにより、文中の遠く離れた単語同士の依存関係も効率的に捉えられます。

さらに「マルチヘッド注意(Multi-head Attention)」により複数の注意パターンを同時に学習でき、表現力が高まります。

位置情報(Positional Encoding)

自己注意は順序不変性(並び順をそのまま扱わない)ため、トークンの位置情報を補う必要があります。代表的な方法は以下の通りです。

  • 正弦・余弦による固定位置埋め込み(sinusoidal positional encoding) — 元論文で採用。
  • 学習可能な位置埋め込み(learned positional embedding) — モデルが位置を学習。
  • 相対位置表現(relative positional encoding) — 長文や長距離依存に強く、Transformer-XLやT5の一部で採用。

内部ブロック(Layer 構成)

典型的なトランスフォーマーブロックは以下の順序で構成されます(エンコーダー側の例)。

  • Multi-head Self-Attention
  • 残差接続(Residual Connection)+Layer Normalization
  • 位置ごとのフィードフォワードネットワーク(FFN) — 通常は2層の全結合と活性化関数
  • 再び残差接続+Layer Normalization

これをN層積み重ねることで深い表現を獲得します。

主要な派生モデルと学習目標

トランスフォーマーを基点に、複数の代表的モデルや学習方式が提案されました。

  • BERT(Bidirectional Encoder Representations from Transformers) — マスク化言語モデル(Masked Language Modeling)と次文予測を用いた事前学習で双方向文脈を学習。分類や問答に強い。
  • GPT(Generative Pretrained Transformer)シリーズ — デコーダーのみの自己回帰モデルで生成タスクに強い。GPT-3以降は大規模モデルの先駆け。
  • T5(Text-to-Text Transfer Transformer) — すべてのタスクをテキスト→テキストに統一し、事前学習に多様な変換タスクを導入。
  • Transformer-XL / XLNet — 長期依存の扱いを改善するための相対位置や再帰的メモリを導入。
  • Vision Transformer(ViT) — 画像をパッチに分割し、トランスフォーマーで処理。CNNに代わるアプローチとして注目。

性能スケーリングと計算資源

トランスフォーマーはパラメータ数・学習データ量を大きくすると性能が向上する傾向が強く、これを示す「スケーリング則」が提案されています(Kaplanら)。ただし、計算量とメモリ消費は注意機構が系列長に対して二乗的(O(n^2))になるため、長文や高解像度画像ではコストが急増します。これに対処するため、Sparse Attention、Linformer、Performer、Longformerなど効率化手法が研究されています。

応用分野

トランスフォーマーは以下の多様なタスクで成功しています。

  • 自然言語処理:翻訳、要約、質問応答、感情分析、情報抽出
  • 生成系:長文生成、対話システム、コード生成
  • コンピュータビジョン:画像分類、検出、セマンティックセグメンテーション(ViTやSwin Transformer等)
  • 音声処理:音声認識や音声合成への応用
  • マルチモーダル:テキスト+画像(CLIP、DALL·E、ALIGNなど)

課題とリスク

トランスフォーマーが万能ではないことにも留意が必要です。主な課題は以下の通りです。

  • 計算・メモリコストが高い:大規模モデルは学習と推論に多大な資源を要します。
  • データバイアスと倫理問題:学習データに含まれる偏りがモデル出力に反映される可能性。
  • 幻覚(hallucination):生成モデルが事実と異なる情報を自信を持って生成する問題。
  • 解釈性の低さ:内部メカニズムの理解は進んでいるが完全ではない。
  • 長文での効率性:標準注意機構は長い系列に対し非効率であるため改善が必要。

実装とツールチェーン

実践で使う際の主なライブラリとフレームワーク:

  • Hugging Face Transformers — 多数の事前学習モデルとユーティリティを提供。PyTorch/TensorFlowに対応。
  • PyTorch / TensorFlow — 主要な深層学習フレームワーク。
  • Fairseq(Meta)、Tensor2Tensor(Google)、OpenNMT — 研究から応用までの実装群。

学習時の一般的な実務的注意点:

  • 混合精度(FP16)や分散学習でメモリと速度を最適化する。
  • 適切な学習率スケジューラとウォームアップを用いる(AdamWが一般的)。
  • トークナイザー(BPE, WordPiece, SentencePiece)選択は下流タスクに影響する。

実務向けの設計上のポイント

  • タスク特性に合わせてモデルタイプ(エンコーダー/デコーダー/デコーダーのみ)を選ぶ。
  • データが少ない場合は事前学習済みモデルをファインチューニングするのが効率的。
  • 推論コストを抑えたい場合は蒸留(Knowledge Distillation)や量子化を検討する。
  • 長文処理が必要な場合は長文向け改良版(Longformer、Transformer-XLなど)や効率化手法を活用。

今後の方向性

研究は以下の方向で進んでいます:注意機構の効率化(線形時間アルゴリズム)、より頑健で説明可能なモデル、少データでの学習(少数ショット学習・自己監視学習)の改善、マルチモーダル大規模モデルの統合、そしてフェアネスや安全性の向上です。これらは工業利用や社会実装の鍵となります。

まとめ

トランスフォーマーは、自己注意というアイデアを基盤に、多様な言語・視覚・音声タスクでパフォーマンスを大幅に向上させた汎用性の高いアーキテクチャです。一方で大規模化による計算資源の問題、バイアスや幻覚といった倫理的課題も抱えています。実運用では、モデル設計・学習手法・データ管理・評価基準を総合的に考慮することが重要です。

参考文献