MRAMとは|STT・SOT・eMRAMの仕組みとメリット・課題をわかりやすく解説
MRAMとは:概要
MRAM(Magnetoresistive Random Access Memory、磁気抵抗ランダムアクセスメモリ)は、磁気トンネル接合(MTJ: Magnetic Tunnel Junction)を記憶素子として用いる不揮発性メモリです。電源が切れても情報が保持される点はフラッシュメモリと同様ですが、読み書き速度が高速で、書き換え耐性(エンドランス)や書き込み回数の限界がフラッシュより遥かに優れることから、SRAM/DRAMやフラッシュの用途を補完あるいは置き換える「ユニバーサルメモリ」として注目されています。
基本的な動作原理
MRAMの基本素子はMTJで、主に「固定磁化層(ピン層)」と「自由磁化層(フリー層)」、その間に薄い絶縁バリア(通常は酸化マグネシウム MgO)を挟んだ構造です。自由層と固定層の磁化の相対方向(平行または反平行)によってトンネル磁気抵抗(TMR: Tunnel Magnetoresistance)が変化し、これを抵抗値の差として0/1を識別します。
読み出しは低電圧で抵抗を測定することで行い、高速かつ非破壊に行えます。書き込みは磁化の向きを反転させることで行います。書き換え方式には主に以下の種類があります:
- トグル型(早期の商用MRAMに見られる)— 外部磁界で磁化反転を行う方式。
- STT(Spin-Transfer Torque)- MRAM(STT-MRAM)— 電流のスピン角運動量を利用して直接自由層の磁化を反転。
- SOT(Spin-Orbit Torque)- MRAM(SOT-MRAM)— スピンホール効果等で生じるスピントルクを用い、読み出し経路と書き込み経路を分離する方式。
- VCMA(Voltage-Controlled Magnetic Anisotropy)補助型— 電圧で磁気異方性を変更して低電力での書き込みを実現する研究的手法。
主要技術とその特徴
STT-MRAMは現在の主流で、シンプルな2端子構造(読み出し/書き込みは同じ経路)を持ち、CMOSとの互換性が高く、低消費電力化と高密度化の面で進展が著しいです。一方、STTの書き込みでは書き込み電流(臨界電流)が課題となり、書き込み電力や書き込み遅延に影響します。
SOT-MRAMは3端子または特殊なセル構成を用いることが多く、書き込みと読み出しの経路が分離されるため高速で読み取りの破壊(read disturb)を避けやすい利点があります。書き込み電流を低減できる可能性があり、特にキャッシュ用途向けに期待されていますが、セル面積が増える点や材料工程の複雑化という課題があります。
材料・構造面のポイント
高性能なMRAM実現の鍵はMTJの材料と構造にあります。代表的な構成はCoFeB/MgO/CoFeBのような組成で、MgOバリアを用いることで高いTMR比(100%〜200%以上が報告されています)を得られます。また、垂直磁気異方性(PMA: Perpendicular Magnetic Anisotropy)を持つp-MTJは微細化時の熱安定性(Δ: thermal stability factor)を確保しやすく、スケーリングに重要です。
さらに、スピンホール効果や界面トルクを強めるための重元素層(タングステン、プラチナ等)、スピン散乱や磁性層の最適化、バリア層の結晶性制御など、ナノスケールでのプロセス技術が性能を左右します。
MRAMのメリット(強み)
- 不揮発性:電源遮断後もデータを保持。
- 高速な読み書き:SRAMに近いリードレイテンシ、DRAMよりも短いアクセス時間が目標。
- 高耐久性:書き換え回数が非常に多く、フラッシュの数倍〜桁違いに優れる(用途により異なるが1e10〜1e15サイクルが目標領域)。
- 高い耐放射線性:宇宙・航空・自動車分野での耐環境性が高い。
- CMOSプロセスとの統合が比較的容易で、BEOL(バックエンド)に組み込むeMRAM(embedded MRAM)技術が実用化されている。
課題(弱み)と現在の研究課題
ただしMRAMは万能ではなく、いくつかの課題が残っています。
- 書き込み電流・エネルギー:STT書き込みでは高電流が必要な場合があり、特に小領域化で臨界電流がボトルネックになる。
- 書き込み遅延とデータ保持のトレードオフ:高い熱安定性を維持すると書き換えに必要なトルクが増える傾向がある。
- セル面積:SOTなどは高速だが追加層が必要でセル面積増大の懸念がある。
- 製造のばらつき:MTJの微細加工、バリアの均一性、界面品質が製品歩留まりに影響。
- コスト:既存のDRAM/フラッシュと比較した製造コストやエコシステムの成熟度。
用途(実用化と市場動向)
現状ではMRAMは「組み込みメモリ(eMRAM)」やNOR/NANDフラッシュ置き換えの一部、ならびに不揮発キャッシュや高信頼性が求められる組み込み制御器(自動車、産業機器、IoT)での利用が進んでいます。企業レベルではEverspin、Samsung、GlobalFoundriesなどが技術・製品を推進しており、製造プロセスの提供や製品化が進展しています。
将来的にはSRAMのキャッシュやDRAMの代替、さらには「ユニバーサルメモリ」として単一メモリ階層での運用を目指す研究も盛んですが、これには更なる低消費電力化、高密度化、低コスト化が必要です。
実装形式:組み込み(eMRAM)とスタンドアロン
eMRAMは既存のロジックプロセスに後工程で組み込めるため、マイコンやSoC内の不揮発メモリとして導入しやすい利点があります。一方、DRAMやNANDのような大容量スタンドアロンMRAMは、現時点では密度面での競争力やコスト面での課題が残り、段階的に市場拡大が期待されています。
将来展望
研究面ではSOT-MRAMやVCMA、ヘテロ構造を用いた低電力化、垂直スケーリングのための新規材料探索が活発です。工業面では、プロセスの量産成熟化により歩留まり改善とコスト低減が進めば、より広範な置き換えが現実味を帯びます。また、AIアクセラレータやリアルタイム制御系など、低遅延かつ不揮発の性質を生かした用途での採用が進むと予想されます。
まとめ
MRAMは不揮発性、高速性、高耐久性を兼ね備えた次世代メモリ技術で、特にSTT-MRAMが商用化と普及の中心にあります。SOTやVCMAなどの新技術が実用化されれば、さらに書き込みエネルギーや速度の改善が期待され、将来的にはSRAM/DRAM/フラッシュの一部機能を統合する「ユニバーサルメモリ」への道が開かれる可能性があります。ただし、スケーリング、書き込みエネルギー、製造コストなど現実的な課題も残っており、用途や市場の進展は技術成熟度とコスト次第で変わります。
参考文献
- MRAM - Wikipedia
- A. D. Kent & D. C. Worledge, "A new spin on magnetic memories", Nature Nanotechnology (2015)
- Everspin Technologies — MRAM Technology Overview
- GlobalFoundries — embedded MRAM (eMRAM)
- Samsung Newsroom — STT-MRAM 関連情報


