安定ソートの定義と重要性|代表アルゴリズム・言語別挙動と実務での使い分け
安定ソートとは — 定義と直感
安定ソート(stable sort)とは、同じキー(同値)を持つ要素の相対順序を保持するソート手法を指します。つまり、ソート対象の配列において「AとBが比較キーで等しい場合、ソート後も元の並び順(AがBより前ならAがBより前のまま)を保つ」ことが安定性の条件です。
直感的には、キーのみによって並べ替えを行うが、同じキー同士は入力時の順序情報を“壊さない”ソートです。これは複数キーで段階的にソートする場面(複数条件でのソート:例えば「部署でソートした上で年齢順」など)で非常に役立ちます。
なぜ安定性が重要か — 実務上の利点と典型的なユースケース
複数キーの段階的ソート(多段ソート)での単純化:まず第二キーで安定ソートを行い、その後第一キーで安定ソートすると、第一キーのグループ内で第二キーの順序が保たれるため、容易に複合ソートが実現できます。
可読性・データ追跡の保持:同値のレコード間で元の位置情報を保持できるため、操作前後での追跡やログ解析で便利です。
効率的なアルゴリズム設計:基礎に安定な線形時間ソート(例:安定な計数ソート)を使って、桁ごとのソート(基数ソート)を実装すると高速かつ安定に処理できます。
代表的な安定ソートと不安定ソート
よく使われるソートアルゴリズムを安定性の観点で分類すると以下のようになります。
- 安定なソート
- 挿入ソート(Insertion Sort) — 同値の要素を前に挿入しない限り安定
- バブルソート(Bubble Sort) — 標準実装は安定
- マージソート(Merge Sort) — 通常のマージ実装は安定(マージ時に左の要素を先に取るなどの実装で保障)
- 計数ソート(Counting Sort) — 適切に実装すれば安定(出力配列を逆順に走査して配置するなど)
- 基数ソート(Radix Sort) — 桁ごとの安定ソートを組み合わせるため全体として安定
- Timsort — Python の sorted()/list.sort() や Java のオブジェクト配列ソートで用いられる、安定な実用ソート
- 不安定なソート(標準実装)
- 選択ソート(Selection Sort) — 標準実装は安定でない(最小値を交換するため)
- クイックソート(Quick Sort) — 標準的な実装は不安定(ピボットとの交換が相対順序を変える)
- ヒープソート(Heap Sort) — 不安定(ヒープ構造と交換操作で順序が崩れる)
安定性を保つ/失う主な要因
アルゴリズムの設計や実装の細かい振る舞いが安定性に影響します。例えば:
- マージ操作:同値のときに左側を先に採ると相対順序を維持できる。
- 交換操作:選択ソートやヒープソートのように、要素を直接交換する実装は順序を壊しやすい。
- 補助配列の利用:安定ソートはしばしば追加のメモリ(出力用配列)を使って順序を保つ。
安定ソートの実装例(概念)
たとえばマージソートのマージ処理では、左と右の列を比較して等しい場合は「左側の要素を先に出力」するだけで安定性が確保されます。計数ソートでは出力配列を後ろから埋める実装が、同値要素の入力順を保持するためのテクニックです。
性能面とのトレードオフ
安定性を保つために追加メモリを必要とするアルゴリズムが多く、特に外部ソートやメモリ制約の厳しい場面では不利になることがあります。代表的な例:
- マージソート(安定) — 時間計算量は O(n log n)、しかし追加メモリ O(n) を要求する(インプレース版もあるが実装が複雑で必ずしも安定とは限らない)。
- クイックソート(不安定、インプレース) — 平均 O(n log n)、追加メモリ少なめだが最悪 O(n^2) の可能性。
- ヒープソート(不安定、インプレース) — 安定ではないが追加メモリほぼ不要で最悪 O(n log n) の保証あり。
したがって、安定性の有無は「アルゴリズム選択」の基準の一つですが、メモリ制約や平均/最悪性能要件と天秤にかける必要があります。
実世界の言語・ライブラリでの扱い
- Python:組み込みの sorted() や list.sort() は Timsort を採用しており安定です(複合ソートで段階的に使える)。
- C++:std::sort は不安定(イントロソート系、高速だが順序は保証されない)。std::stable_sort は安定なソートを提供(多くの実装でマージソート系)。
- Java:プリミティブ配列(int[] 等)のソートは不安定なアルゴリズムを使うことがあるが、オブジェクト配列は Java 7 以降 Timsort が使われており安定(Java の実装に依存)。
- JavaScript:ECMAScript の仕様やエンジン実装により異なるため、安定性は環境依存だったが、近年の主要エンジンでは安定な実装が主流になっている。
実務での使い分けと注意点
- 複合キーのソートを段階的に行う場合は安定ソートを選ぶと実装が単純になる(例:先に下位キーで安定ソート、次に上位キーで安定ソート)。
- 不変性が重要なデータ(ログやトランザクション列など)では、同値の相対順序を壊すと解析に支障が出ることがあるため安定ソートを使う。
- パフォーマンス最優先かつ追加メモリを避けたい場合は、不安定なインプレースソート(std::sort やクイックソート)を選ぶ判断もあり得る。
- ライブラリを使う場合は「その言語のソートが安定か」をドキュメントで確認すること。挙動は言語バージョンや実装(エンジン)で変わることがある。
よくある誤解
- 「安定ソートは常に遅い」:必ずしもそうではありません。Timsort のように実用に最適化された安定ソートは非常に高速です。
- 「安定=優れている」:用途次第。安定性が不要なら、メモリ効率や単純な速度で不安定ソートを選ぶのが合理的なこともあります。
まとめ
安定ソートは同値要素の入力順を保持する特性を持ち、複合キーでの段階的ソートやデータ追跡性の保持に非常に有用です。一方で安定性を保つために追加メモリや特定の実装上の配慮が必要になる場合があります。どのソートを選ぶかは「安定性が必要か」「メモリと速度のトレードオフ」「使用する言語/ライブラリの挙動」を総合的に判断することが重要です。
参考文献
- Stable sorting — Wikipedia
- std::stable_sort - cppreference.com
- Merge sort — Wikipedia
- Quicksort — Wikipedia
- Sorting HOW TO — Python documentation (Timsortについて記載)
- Timsort — Wikipedia
- Counting sort — Wikipedia
- Arrays.sort(Object[]) — Oracle Java 8 ドキュメント


