メルツバウ完全ガイド:ノイズ音楽の巨匠の代表作と聴き方・コレクター必携レコード解説

はじめに — メルツバウという音の宇宙

メルツバウ(Merzbow/本名:秋田昌美)は、ノイズ音楽の最重要人物の一人であり、1979年以降膨大な量の作品を発表し続けるプロジェクトです。ノイズを単なる「騒音」ではなく、構造・テクスチャ・身体への作用を探る音楽言語として磨き上げたことにより、ノイズ/実験音楽の地図そのものを書き換えました。本コラムでは、レコード(おもにアルバム単位)という視点から「取っつきやすさ」「歴史的重要性」「コレクター視点での価値」などを踏まえておすすめ盤とその聴きどころを深堀します。

メルツバウの主要な時代区分とサウンドの変化

  • 初期(1979〜1980年代):カセット文化と即興を背景に、粗いノイズや機材トリートメント、ヒスやフィードバックを前面に出した実験が中心。
  • 90年代の拡大期:デジタル機材やサンプリング、ギターやドラム音源の加工を取り入れ、よりヘヴィで“音の塊”を追求した作品が増加。代表作の多くがこの時期にある。
  • 2000年代以降の多様性:フィールドレコーディング、コラボレーション、長尺のテーマシリーズ(鳥を主題にしたシリーズなど)、音響的な微細化や質感の多様化が進む。

おすすめレコード(厳選)と深掘り解説

  • Merzbox(ボックスセット)

    なぜ聴く価値があるか:初期〜多様な断片をまとめて体験できる、研究者・コレクター必携の資料的価値。メルツバウの変遷をまとめて俯瞰したい人に最適。

    聴きどころ:初期のローファイ実験から、徐々に硬質で重層化していくプロセスを追える。単曲での断片的な衝撃だけでなく、断続する実験精神の持続性を実感することができる。

    コレクション視点:ボックスはプレスや内容が複数あることが多く、封入のブックレット・音源のマスタリング差がバージョン価値を左右します。入手可能なら内容の目録(トラックリスト)を確認してから狙うと良いでしょう。

  • Venereology

    なぜ聴く価値があるか:90年代中盤、メルツバウが現場的な“破壊”の表現を極めた代表作の一つ。金属的で切迫した攻撃性、複雑なノイズの層が特徴です。

    聴きどころ:密度の高い中域〜高域のテクスチャと、断続的に現れる衝撃音のまとまり。〈暴力〉的なノイズの美学を理解するうえで教科書的存在。

    コレクション視点:オリジナル盤や初期プレスは人気があり、リイシューでマスターやトラック順が変わることがあります。ジャケットやインサートの違いもチェックポイント。

  • Pulse Demon

    なぜ聴く価値があるか:国外での評価も高く、メルツバウの“究極の雑音ライブ録”の名で語られることが多いアルバム。極端な音量感、密度、反復を用いてノイズの身体反応を直接的に誘発します。

    聴きどころ:短いパーツが連続する編集や、スペクトルの“攻撃的”な部分が強調された構成。音楽的なメロディはほぼ皆無ですが、ノイズが担うドラマ性を強く感じられます。

    コレクション視点:CD/LPで音質感やダイナミクスの印象が変わることがあるため、複数フォーマットを比較できると面白いです。

  • 13 Japanese Birds(シリーズ)

    なぜ聴く価値があるか:メルツバウによる長期プロジェクト。各作品が「日本の鳥」をモチーフにし、フィールド録音や電子処理を織り交ぜつつ、種ごとに異なるアプローチで音の世界を作る実験的な試みです。

    聴きどころ:自然-人工の境界を問い直す構成。単純な轟音ではない、モチーフに基づく寓話性や音像の変換が面白い。シリーズ全体で巡るとメルツバウの表現の幅を再認識できます。

    コレクション視点:シリーズ盤は個別発売や箱でのセット化など形態が分かれていることがあるので、全体を揃えるかピンポイントで気になる鳥を選ぶか考えると良いでしょう。

  • Gensho(Boris + Merzbow)

    なぜ聴く価値があるか:日本の重鎮バンドBorisとのコラボレーション作品。バンドの演奏(アナログテープを含む長尺)に対してメルツバウがノイズを加えていく独特の対話型構造が魅力です。

    聴きどころ:ギター・ドローンやリズムが存在する領域と、メルツバウのノイズが干渉する瞬間。ノイズとバンド音楽の「合奏」としての可能性を示す好例で、ノイズが他の音をどう変えるかを体験できます。

    コレクション視点:コラボ作品は限定盤やアナログ特典が付属することがあり、そうしたヴァリアントがコレクターズアイテムになります。

選び方と楽しみ方(レコードそのものの取り扱い以外の観点)

  • 「何を求めるか」を先に決める:純粋に破壊的な轟音体験を求めるならPulse DemonやVenereologyの系統、音響的な微細化やテーマ性を追いたいなら13 Japanese Birdsや近年作を。
  • コラボ作は入門にも最適:Borisのような他アーティストとの交差点は、ノイズが苦手な人にも接点を作ることが多い。
  • 同じタイトルでも版によって印象が変わる:マスタリング差や編集差が大きい作家です。可能なら複数版を比較して“音の違い”を楽しむのもメルツバウの醍醐味。
  • 作品の連続性を味わう:単発で衝撃を受けるより、同一時期の複数作を連続で聴くと文脈(技術・機材・表現の志向)が見えてきます。

コレクター向けの注意点(購入前のチェックポイント)

  • プレス情報・リリース形態:限定盤や特典付属、ボックスセットなどで内容が異なることが多い。販売元のリリースノートやトラックリストを確認。
  • アートワーク/インサート:ノイズ作品はアートワークやブックレットに制作者の思想が込められることがあるため、付属物の有無で価格差が生じる。
  • コラボ表記:コラボ作品やライヴ盤は表記(アーティスト名の順、共同クレジットの形式)に差があり、同一タイトルでも複数の異版が流通する。

聴きどころの分析 — 音響技術と表現

メルツバウ作品の鍵は「密度の制御」と「質感の差異化」です。単純なラウドネスだけでなく、高域のサチュレーション、中低域の「ぶつかり合い」、そして時間経過によるテクスチャの生成が聴きどころ。これらは楽曲というよりも音響彫刻に近く、繰り返し聴くことで各層が分離して聞こえるようになります。作品によってはテーマが明示的で、聞き手の想像力を喚起する構成になっている点も特徴です。

入門者向けの順序例(初めてメルツバウを深く聴くなら)

  • 1)コンパイル系やボックスで多様な表情を概観(Merzbox等)
  • 2)代表的なヘヴィ路線作品(Venereology/Pulse Demon)でメルツバウの核を体験
  • 3)シリーズ物やコラボ(13 Japanese Birds、Gensho)で幅と応用力を確認
  • 4)気に入った時代の他作を順に掘る——制作技術や主題の変化を追う

エバープレイの中古レコード通販ショップ

エバープレイでは中古レコードのオンライン販売を行っております。
是非一度ご覧ください。

エバープレイオンラインショップのバナー

また、レコードの宅配買取も行っております。
ダンボールにレコードを詰めて宅配業者を待つだけで簡単にレコードが売れちゃいます。
是非ご利用ください。
https://everplay.jp/delivery

(ここでは「エバープレイ」を、「何度でも繰り返し聴きたくなる永続的に楽しめる作品群」という意味合いで紹介します。)メルツバウの作品群の中でも、世代や好みを超えて何度も聴かれる作品──すなわち「エバープレイ」候補には、表現の強度・独自性・歴史的意義を兼ね備えた盤が多く含まれます。上で挙げたVenereologyやPulse Demon、シリーズ物や主要コラボ作は、まさにその代表例といえます。

終わりに

メルツバウのディスコグラフィは膨大で、多くは一度聴いただけでは理解しきれない層を持ちます。本稿で挙げた作品群は、その入口かつ重要地点です。コレクションの仕方も人それぞれですが、「時代ごとの位置づけ」「リイシューの有無」「コラボ/シリーズか否か」を判断軸にすると、自分なりのガイドラインが作りやすくなります。ぜひ複数作品を比較し、メルツバウの多面的な世界を体験してください。

参考文献