水平走査線とは何か?定義から歴史・技術要素・現代ディスプレイへの影響まで徹底解説
水平走査線とは — 基本的な定義
水平走査線(すいへいそうさせん、英: horizontal scan line、単に「走査線」とも)は、映像を表示する際に一行分の画素(ピクセル)や電子ビームの通路を指す概念です。元来はブラウン管(CRT)テレビやモニタで、電子銃が画面の左端から右端へ水平にビームを走らせて蛍光体を点灯させる一段分を意味していました。ラスタスキャン(raster scan)方式における基本単位であり、映像の行単位の時間・空間的な区切りを表します。
なぜ水平走査線が重要か(歴史的背景)
アナログ映像の黎明期、映像は電子ビームが画面を横方向に走査することで描かれました。ビームは1行分を描画した後、短時間で戻る(フライバック)必要があり、その戻り時間や同期パルス(水平同期、H-sync)は映像の安定表示に必須でした。この運用から「一行ごとの時間(ラインタイム)」「水平走査周波数(水平周波数)」という量が生まれ、テレビ規格(NTSC、PAL など)やコンピュータディスプレイ規格(VGA など)の基本仕様になりました。
技術的な要素:ラインタイム、水平同期、ブランキング
ラインタイム(1行の時間):水平走査1回に要する時間。水平周波数 f_H の逆数で表される(ラインタイム = 1 / f_H)。
水平同期(H-sync):各ラインの終端で発生する同期信号。受像側はこのパルスで次の行の先頭に戻るタイミングを合わせる。アナログでは同期パルスの幅や極性が問題になる。
水平ブランキング(水平消去間隔、horizontal blanking):ビームの戻りや同期信号送出のために実際の表示が行われない時間帯。アナログでは観測上の「黒帯」として、デジタルでは表示されない非表示ピクセル領域(前ポーチ、後ポーチ、同期)として扱われる。
映像規格と水平走査線の関係(例)
代表的な例を挙げると:
NTSC(およそ):総ライン数は525本(うち可視は約480本)。フィールド周波数は約59.94 Hz(インターレースではフィールド単位)、それに対応する水平周波数は約15.734 kHz(≒15734 Hz)。
PAL(およそ):総ライン数は625本(可視は約576本)。フィールド周波数は50 Hz、水平周波数は約15.625 kHz。
VGA 640×480@60Hz:標準タイミングではピクセルクロックが約25.175 MHz、水平周波数は約31.468 kHz、ラインタイムは約31.77 μs。この中で可視時間は約25.4 μs、残りがブランキング。
フルHD(1920×1080@60Hz):標準的なITU/VESAタイミング(総ピクセル/ライン=2200、ピクセルクロック=148.5 MHz)の場合、水平周波数は約67.5 kHz、ラインタイムは約14.815 μs、可視時間は約12.93 μs。
水平周波数は「垂直リフレッシュ(フレーム/フィールド)×一フレーム(全ライン)あたりの総ライン数」によりも計算できます。デジタルではピクセルクロックと総ピクセル数(横の総タイミング)からも求められます。
インターレースとプログレッシブ:走査線が生むアーティファクト
インターレース方式(例:480i、576i)は1フレームを2つのフィールドに分け、奇数ラインと偶数ラインを交互に描画します。これにより帯域幅を節約できましたが、動きのある被写体で「ライン毎の時間差」に起因するジッターや縞、縦方向のブレが生じます。一方、プログレッシブ(例:480p、1080p)は各フレームを上から下へ連続的に描くためシャープで動きに強い。
デジタル化後も旧来のインターレース映像を現代ディスプレイで表示する際は「デインターレース(deinterlacing)」処理が必要で、単純な「weave」「bob」、モーション補償を使った手法などがある。誤った処理はモーションブラーやモスキートノイズ、テアリングを生む。
CRT と LCD の違い:現在のディスプレイで「走査線」はどう扱われるか
CRTでは走査線は物理的事象(電子ビーム)そのものでしたが、LCDやOLEDなどフラットパネルディスプレイではピクセルは固有に発光または液晶を切り替えるため、必ずしも電子ビームの走査が存在しません。とはいえ、ディスプレイの内部駆動やタイミング(例:パネル駆動のラインごとの更新順序)により「走査の順序」が生じます(上から下へ更新など)。
また、デジタル出力(HDMI、DisplayPort)では従来のブランキングを縮小した「低ブランキング(reduced blanking)」タイミング(VESAのCVT-RBなど)が採用され、省帯域かつ高解像度を実現しています。つまり概念としての走査線は残るが、CRT時代のような蛍光体の残像や物理的線は存在しません。
コンピュータグラフィックスと走査線
スキャンラインレンダリング:古典的な2D/3D描画アルゴリズムは、画面を水平ラインごとに処理してポリゴンの交差やピクセル塗りを行います。メモリ局所性(キャッシュフレンドリー)という利点があり、リアルタイムレンダラでも一部採用される手法です。
エミュレーション・表現効果:レトロゲームの見た目を再現するため、LCD上で水平走査線を人工的に描画してCRTの風合いを再現する「スキャンライン効果」がよく用いられます。これは視覚的なシャープさや疑似的なコントラストを作り出します。
計測・トラブルシューティングにおける水平走査線
実際のディスプレイ調整やモニタ設計では、水平周波数やラインタイミングの微調整が重要です。同期がずれるとズレ、ジャッター、映像欠落が起きます。アナログ信号では同軸のインピーダンス不整合やノイズが走査線ノイズとして現れることがあります。適正なケーブル、シールド、終端抵抗、またデジタルでは正しいEDIDとタイミングの組合せ確認が重要です。
覚えておくべき重要ポイント(まとめ)
- 水平走査線は「一行分の描画単位」。CRT時代は電子ビームによる物理現象だった。
- ラインタイム、水平周波数、水平同期、水平ブランキングが主要な技術要素。
- NTSC/PALなどのテレビ規格やVGA/HD規格は水平走査の仕様に基づく。
- 現代のディスプレイでは物理的な走査線は存在しないが、タイミングや駆動順序としての概念は残る。
- 映像処理・レンダリング・エミュレーションなど、走査線概念は多方面で応用される。
補足:計算例(簡易)
水平周波数の計算例:
f_H = 垂直周波数 × 総ライン数(1フレームあたり全ライン)
またはデジタルタイミングからは、f_H = ピクセルクロック / 総ピクセル数(横方向)
例:1080p60(ピクセルクロック148.5 MHz、総ピクセル/ライン=2200)→ f_H = 148.5e6 / 2200 ≒ 67500 Hz(= 67.5 kHz)
結語
水平走査線の概念は、映像技術の歴史と現在を結ぶ重要なキーワードです。単に「線」や「ノイズ」を意味するだけでなく、映像のタイミング設計、同期、表示品質、さらにはグラフィックスアルゴリズムやレトロ表現にまで深く関わります。現代のディスプレイ技術を理解するうえで、走査線の成り立ち・仕様・影響を押さえておくことは有益です。
参考文献
- 走査線 - Wikipedia(日本語)
- ラスタスキャン - Wikipedia(日本語)
- Horizontal scan rate - Wikipedia(英語)
- NTSC - Wikipedia(英語)
- PAL - Wikipedia(英語)
- Interlaced video - Wikipedia(英語)
- VESA — Coordinated Video Timings (CVT)
- VGA Timing 640×480 @ 60Hz — TinyVGA(実例解説)


