ラックタムの音を極める完全ガイド|マウント選択・チューニング・録音テクニック

ラックタムとは

ラックタム(英: rack tom)は、ドラムセットに取り付けられるタムタム(tom-tom)のうち、床に置かずドラムキットの他のパーツ(バスドラムやドラムラック、専用スタンド)にマウントされる小〜中口径のタムを指します。一般にフロアタム(floor tom)よりも口径が小さく、高めの音程を担当することが多く、ドラムフィルやビートのアクセントに用いられます。日本では「ラックトム」「ラックタム」という表記が混在しますが、意味は同じです。

歴史的背景と発展

タムタム自体は民族打楽器に由来し、20世紀初頭にジャズやダンスバンドのドラムセットに取り入れられたのが始まりです。初期のドラムキットでは床に置く単独のタムや複数の小型タムが使われていましたが、演奏表現の拡張とともにキット上に複数のタムを固定してすばやい順次奏法ができる「ラックタム」の需要が高まり、専用のマウント機構や薄胴・小口径のタムが開発されてきました。1950年代以降、メーカー各社が多様なマウントシステムや木材・シェル構造を採用して現代的なラックタムが成立しました。

構造と素材が音に与える影響

ラックタムの音色は、主に以下の要素で決まります。

  • シェル材質:メイプル、バーチ(白樺)、マホガニー、ポプラ、オークなど。メイプルはバランスの取れた暖かい倍音とサステイン、バーチはアタックが強く高域が明るめ、マホガニーは低中域が豊かで温かい、といった特性が一般的に知られています。
  • シェル厚・プライ構成:薄胴は共鳴が良くサステインが長く、厚胴はアタックが強く音が瞬発的になります。プライ数や接着方法も音色に影響します。
  • ベアリングエッジ(打面端の加工):45°や30°などの角度やラウンド加工により、ヘッドの振動の立ち上がりや倍音の性質が変わります。鋭角(45°)は明るく輪郭が出やすく、ラウンドエッジは柔らかい鳴りになります。
  • ハードウェアの取り付け方式:マウント金具がシェルに直接接触すると共鳴が抑えられ、音が短くなる傾向があります。逆に共鳴を妨げないフローティングマウントやシェルに負担をかけない方法はサステインを保ちます。

代表的なサイズとチューニングの考え方

一般的なラックタムの口径は8インチ、10インチ、12インチが最もポピュラーで、深さは6〜9インチ程度が多いです(例:10"x7"、12"x8"などの表記)。近年は6インチや13インチなどバリエーションも見られます。

チューニングにあたっては、音楽的に心地よい音程の関係を作ることが重視されます。代表的な考え方は次の通りです:

  • 各タムを音階的な間隔(4度、5度、3度など)で揃える。ドラムフィルをメロディックに聴かせたい場合に有効です。
  • フロアタムは低め、ラックタムは高めに設定して音の上下を明確にする。ポップ/ロック系ははっきりとしたピッチ差を好むことが多いです。
  • ヘッドの種類(シングル/ダブルプライ、コーテッド/クリア)やテンションでサスティンと倍音のバランスを調整する。

マウント方式と音響への影響

ラックタムのマウント方式は多様で、音に与える影響も大きいです。代表的な方式と特徴を挙げます:

  • Lロッド/スタンドマウント:バスドラムやスタンドから伸びるロッドで支持する古典的な方法。取り付け位置によって角度が自由に変えられますが、シェルに穴を開ける場合は共鳴に影響します。
  • ボールジョイント式トムホルダー:自由な角度調整が可能で頑丈。金具でシェルに直接接触するため共鳴を抑えがちです。
  • フローティング/サスペンションマウント:シェルに直接取り付けず、フープやラグのみで支える、もしくは外部フレームで支える方式。共鳴を妨げにくくサステインを向上させます。メーカー各社が独自のフローティングシステムを展開しています。
  • ラック(ドラムラック)への取り付け:複数のタムやシンバル、ハードウェアを一体化する近年の定番方式。セッティングの正確性や荷重分散に優れますが、取り付け方次第で共鳴を変化させます。

ヘッドとチューニングの具体手順

ヘッド選びとチューニングはラックタムの音作りの肝です。基本的な手順は以下の通りです:

  • ヘッドの選択:シングルプライ(例:Remo Ambassador)は倍音豊かで鳴りが良い。ダブルプライ(例:Remo Emperor)は耐久性が高くアタックが落ち着く。コーテッドは温かみ、クリアは明瞭なアタック。
  • テンションの均一化:ラグを対角線上に少しずつ締めていき、均等なテンションにする。最終的に好みのピッチに合わせる。
  • バッターヘッドとレゾナントヘッドの関係:レゾナント(底)ヘッドのピッチをバッターヘッド(打面)より少し低めにすることでタムの胴鳴りが豊かになる場合がある。逆にレゾナントを高めにすると明るく短い音に。
  • ピッチ微調整:スネアやキックとのバランス、曲中での定位を考えながら微調整する。

ミュート(ダンプ)と音作りのテクニック

レコーディングやライブで不要な倍音やサステインを抑えるために、各種のミュート手段が使われます。代表的な方法と効果は:

  • ムーングル(ジェル系パッド):局所的な高域を抑えるのに簡便。
  • テープやリング型のダンパー:サステインを短くし、ピッチ感を明確にする。
  • 内蔵ミュート(メーカー装備):一部のタムには取り外し可能なダンパーが内部についていることがある。
  • ヘッドの種類変更:ダブルプライやインパクトコーティングで自然にサスティンを抑える。

レコーディングとマイクの選び方・配置

ラックタムを録る際は、ドラム全体のアンサンブルとロックやポップ、ジャズなどのジャンル特性を考慮します。一般的なポイント:

  • マイクの種類:ダイナミックマイク(例:Sennheiser MD 421、Shure SM57、Sennheiser e604)は高音圧に強く定番です。コンデンサやリボンはアンビエンスや倍音の繊細さを拾うためにオーバーヘッドやルームに使用します。
  • 配置:バッターヘッドから約5〜10cm、ヘッドに対してやや斜めに向けるのが基本。マイクの指向性や位相に注意し、複数マイク使用時は位相合わせ(フェーズチェック)を行う。
  • EQとコンプレッション:低域のブーミーさをカットし(100Hz前後の調整)、アタックや倍音を持ち上げるために中高域をブーストすることが多い。過剰なコンプレッションはタムのダイナミクスを失わせるので注意。

演奏テクニックとジャンル別の使われ方

ラックタムはリズム・フィルやフレーズの色付けに不可欠です。使われ方の傾向:

  • ロック/ポップ:短いフィルや連打でリズムを盛り上げる。アタック感とまとまりを重視したセッティングが好まれる。
  • ジャズ:タムはしばしば控えめに使われ、ブラシやスティックでの色合いを出す。ピッチは柔らかめにチューニングされることが多い。
  • フュージョン/メタル:高速フィルやリフ置き場として多用。エッジの効いたアタックや明瞭なピッチ分離が求められる。
  • パーカッシブな表現:スネアと組み合わせた対比、ロールやオフビートでのアクセント作りなど演奏上の表現は幅広い。

メンテナンスと長持ちさせるコツ

適切なメンテナンスは音質維持に直結します。主な注意点:

  • ヘッドの定期交換:使用頻度や打撃強度に応じて割れや伸びが出るので交換する。特にライブや激しい演奏では消耗が早い。
  • テンションの管理:ラグの緩みや不均一なテンションは音を劣化させるため定期的にチェック。
  • ハードウェアのネジやクランプの点検:緩みは振動伝達や演奏時の不安定さにつながる。
  • シェルの保護:極端な温湿度は接着剤や木材に影響するので保管環境に注意。

まとめ

ラックタムはドラムセットにおける重要な表現ツールであり、シェル材、サイズ、ヘッド、マウント方式、チューニングのいずれもが音色と演奏性に影響します。セッティングやチューニングは演奏する音楽やプレイヤーの好みによって最適解が変わるため、基本を理解したうえで試行錯誤を重ねることが良い結果を生みます。プロのレコーディングやライブでは、マウントやミュート、マイキングの細部まで工夫してタムのキャラクターを引き出しています。

参考文献