Doom (1993)の全史:技術革新とモッディング文化を切り開いたゲーム史の名作

はじめに:Doomとは何か

「Doom」は1993年にid Softwareからリリースされた一人称視点シューティングゲーム(FPS)です。開発を主導したのはジョン・カーマック(プログラマー)、デザインにジョン・ロメロやトム・ホール、アートにエイドリアン・カーマック、音楽・効果音にボビー・プリンスなどで、1993年12月10日に最初の「シェアウェア」版(第1エピソードを無料配布)として登場しました。短期間で世界的なヒットとなり、ゲーム文化やネットワーク対戦、モッディング(改造)コミュニティに大きな影響を与えました。

開発の背景と狙い

id Softwareは1990年代初頭に「Wolfenstein 3D」などでFPSの基礎を築いたスタジオです。Doomでは、より複雑で高密度なレベルデザイン、匿名の敵配置、武器バランス、そして恐怖感・没入感の強化を狙いました。技術面ではジョン・カーマックによる高速レンダリング手法(BSPやポータル的な描画処理の実装など)が中核を成し、当時の家庭用PCでも滑らかなプレイを実現しました。

技術的特徴(エンジンの概要)

  • 2.5Dアプローチ:見た目は三次元だが、内部的には「セクター」と呼ばれる平面単位で床・天井高さを管理する擬似3D(いわゆる2.5D)構造です。真の三次元空間(ルーム・オーバー・ルーム)はサポートされていません。
  • BSP(Binary Space Partitioning):カーマックが採用したBSPにより、視界に基づく高速な描画順序決定を実現しました。これが大規模マップでもスムーズな描画を可能にしました。
  • WADフォーマット:ゲームデータはWADファイル("Where's All the Data?" の略)にまとめられ、マップやテクスチャ、スプライトが格納されます。WADの存在が後述するモッディング文化の基盤となりました。
  • 音楽と効果音:ボビー・プリンスによるBGMはヘヴィメタルやインダストリアルの影響を受けており、MIDIベースながらゲームの緊張感を高める重要な要素でした。

ゲームデザインとプレイ体験

Doomはシンプルで直感的な操作(移動・射撃・武器切替)を持ちつつ、武器や弾薬の管理、キーで開ける扉、トリガーや隠し通路などによるチャンレジングなマップ構成が特徴です。代表的な武器はピストル、ショットガン、チェーンガン、ロケットランチャー、プラズマライフル、そして伝説的な「BFG9000」。敵にはインプ、カコデーモン、レヴナント、バーン(Baron of Hell)、サイバーデーモン、スパイダーマスターマインドなどの個性的なモンスターが登場します。

ネットワーク対戦と「デスマッチ」

Doomはローカルネットワークを用いたマルチプレイヤーをサポートし、友人同士での協力・対戦プレイが普及しました。特にジョン・ロメロらの遊びの中から生まれた「デスマッチ(deathmatch)」という概念は、後のオンライン対戦文化に大きな影響を与え、LANパーティー文化の形成にも寄与しました。

モッディングとコミュニティの発展

WAD形式や容易なデータ分離により、プレイヤーコミュニティは自作マップ(PWAD)、テクスチャ、サウンド、ゲーム挙動変更を行えるようになりました。1990年代を通じて数多くのファン制作コンテンツが出回り、やがてソースコードの公開(後述)と合わせて多様なソースポート(Chocolate Doom、PrBoom、ZDoom、GZDoomなど)が登場、現代のOSやレンダリング機能に合わせた高機能化が進みました。この「改造→共有→改善」のサイクルこそDoom文化の強さです。

ソースコードの公開とその影響

id Softwareは1997年にDoomエンジンのソースコードを公開し、その後1999年にGPL(GNU General Public License)で再配布されました。この公開により多くの非公式ポートや改良版が生まれ、学術的・教育的な解析やモダン環境への移植が進みました。結果としてDoomは単なるゲームを越え、ゲームエンジンプログラミングの教材・実験場ともなりました。

論争と社会的影響

Doomは過激な暴力表現や悪魔的モチーフを含むとして、一部で批判や規制の対象となりました。1990年代にはゲーム暴力に関する社会的議論の一端を担い、年齢レーティング(ESRB等)の整備議論にも影響を与えました。一方で表現の自由やゲームの文化的価値を巡る議論を喚起した功績も無視できません。

続編・リブートと現在の立ち位置

オリジナルの成功後、Doom II(1994)や公式追加パック、さらに2000年代以降には映画化(2005, 評価は賛否両論)、2016年のリブート「DOOM」(id Software/Bethesda)と2020年の「DOOM Eternal」といった再解釈が行われています。現代版はクラシックのスピード感とループ性を残しつつ、モダンなグラフィックスと演出で新たなファン層を開拓しました。

まとめ:なぜDoomは重要なのか

Doomは技術革新(高速レンダリング、BSPなど)、ゲームデザイン(武器・敵・レベル設計)、コミュニティ主導のモッディング文化、そしてマルチプレイヤー文化の萌芽を同時に生み出した点で、ゲーム史上極めて重要なタイトルです。単なるヒット作に留まらず、ゲーム開発・配布・改造・保存の多くの側面に持続的な影響を与え続けています。

参考文献