和声(ハーモニー)の基礎と応用:機能和声・和音進行・声部進行・分析法・作曲実践まで

はじめに — ハーモニーとは何か

ハーモニー(和声、和音進行)は、複数の音が同時に鳴ることで生じる音の「縦方向」の関係性を指します。メロディ(旋律)が横方向に時間を経て展開するのに対し、ハーモニーは同時に響く音の組み合わせやそれらの進行によって音楽の色彩、緊張と解放、空間的広がりを作り出します。西洋音楽における機能和声(tonal harmony)は特に発達してきましたが、ハーモニーの概念はあらゆる音楽文化に存在し、その技法や美意識は多様です。

ハーモニーの基本要素

ハーモニーを理解するための基本的な構成要素は次の通りです。

  • 音程:二つの音の高さの差。完全音程(8度・5度・4度)と長・短音程(3度・6度)などがある。
  • 和音(コード):3つ以上の音が同時に鳴る場合が多く、ルート(根音)を基準に三和音(トライアド)や七の和音、拡張和音へと発展する。
  • 和声進行(コード進行):和音同士の連なり。機能(主和音・属和音・下属和音)や転回形、代理和音などを含む。
  • 声部(ボイス):複数の声線(ソプラノ、アルト、テナー、バス)間の関係。滑らかなボイシング(voice leading)が重要。
  • 和声リズム(ハーモニック・リズム):和音の変化する速度。楽曲の動力感に直接影響する。

機能和声とその構造

西洋の伝統的な和声感は「機能」によって説明できます。三つの基本機能は以下です。

  • 主和音(Tonic, I) — 安定と帰結の中心。
  • 下属和音(Subdominant, IV) — 動きの起点、離陸感を生む。
  • 属和音(Dominant, V) — 緊張を作り、主和音への解決を要求する。

代表的な終止形としては、完全終止(V→I)、不完全終止(IやVが上昇して終わる形)、半終止(任意の和音で終わる)、欺瞞終止(V→VI、期待を裏切る)などがあります。これらはバロック〜ロマン派を通して確立された機能進行の典型です。

和音の種類と拡張

和音はトライアド(長三和音・短三和音・減三和音・増三和音)を基礎とし、七の和音(ドミナントセブンス、メジャーセブンス、マイナーセブンスなど)、さらに9th/11th/13thといった拡張和音へと発展します。ジャズや近現代音楽では、テンション(9, 11, 13)や♭9, ♯11などの変化音が和音色を豊かにします。

また、調性に基づかない和声としては、四度積み(quartal harmony)、二和音のポリコード(同時に異なる調の和音を重ねるポリトーナリティ)、無調(atonality)における無機的和音(集合体理論など)があります。20世紀以降はこれらの技法が作曲語法に大きな影響を与えました。

声部進行(ボイスリーディング)の原則

複数の声部を扱う際、滑らかな声部進行が和声の自然な流れを作ります。一般的な原則は次の通りです:

  • 最小移動の原則:各声部は可能な限り最短の距離で動く。
  • 平行完全五度・八度を避ける:二つの声部が平行して完全五度や八度を保つことは古典和声法では禁忌。
  • 対向進行を活用する:特に低音と主旋律が互いに独立して動くと明瞭さが保てる。
  • 分散和音(アルペジオ)や和声的オープン・ボイシングで音色を調整する。

調律・音律とハーモニーの関係

ハーモニーの響きは調律法(音律)に大きく依存します。純正律(整数量比に基づく)、ピタゴラス音律、平均律(12平均律)などで同じ和音でも倍音の重なり方が変わり、長三度の「甘さ」や属七の不協和感に識別差が出ます。西洋音楽で広く用いられる12平均律は、転調の自由度を確保するために各度の誤差を分散させた妥協の産物です。

ハーモニーの知覚と心理音響学

和声的に「調和している」と感じるかどうかは物理的な倍音構造と聴覚の処理に基づきます。古典的にはヘルムホルツ(Helmholtz)が音の合成と干渉を論じ、後の研究(Plomp & Levelt, 1965)は「臨界帯域(critical bandwidth)」と不協和感の関係を示しました。近年の研究(McDermott et al., 2016)は、和音の好みや不協和感には文化的差異があり、普遍的な価値判断ではないことも指摘しています。

文化とジャンルによるハーモニーの多様性

欧米の大衆音楽(ポピュラー、ロック、ジャズ)とクラシックは特有の和声慣習を持ちます。例えばジャズはテンションや代理和音、循環進行(ii–V–I)を多用し、モーダル・ジャズ(Miles Davis「So What」など)はコード機能を最小化してモードの音色を重視します。非西洋音楽では、単純な和音積重よりも同時鳴りの倍音的効果や旋法(ラガ、マカームなど)が中心となる場合が多く、ハーモニー概念自体の捉え方が異なります。

分析手法:和声分析のツール

和声を理解・記述するための方法は複数あります。

  • ローマ数字分析(Roman numeral analysis) — 調性内の機能を示す標準的手法。
  • 通奏低音(Figured bass) — バロック音楽での和音構成記載法。
  • 集合体理論(セット理論) — 無調音楽の和声関係を数学的に扱う現代的手法。

作曲・編曲の実践的アドバイス

ハーモニーを創作に活かすためのポイント:

  • 和声リズムを操作して変化を生む:和音を早く変えると緊張、長く保てば安定。
  • ボイシングで色彩を作る:同じコードでも配置(転回やテンションの位置)で印象が変わる。
  • 代替和音・借用和音を使う:モード借用(例:平行調からの和音)や二全音差の代理で新しい色を得る。
  • テクスチャーとの統合:対位法的処理やオスティナートとハーモニーを組み合わせる。
  • 実演で検証する:ピアノやDAWで和音を鳴らして耳で確認、録音して客観的に聴く。

聴きどころと入門的な曲例

学習やコラムの補助として、以下の曲や作曲家はハーモニー理解に役立ちます:

  • ヨハン・セバスチャン・バッハ:コラール(和声進行と声部進行の典範)
  • ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:古典的機能和声の発展
  • クロード・ドビュッシー:モードと色彩和声、平行和音の活用
  • マイルス・デイヴィス「Kind of Blue」/モーダル・ジャズ:モード中心のハーモニー
  • ジョン・コルトレーン「Giant Steps」:高度なコード進行(コルトレーン・チェンジ)

まとめ — ハーモニーの魅力と学び方

ハーモニーは音楽の情感や構造を決定づける重要な要素であり、理論と耳の双方を鍛えることで理解が深まります。教則書や分析、実際の演奏・打ち込みを組み合わせ、異なる音律や文化背景の音楽にも耳を傾けることが、豊かな和声感覚を育てます。

参考文献