ジャック・フェヴリエのプロフィールと魅力を徹底解説 ─ ラヴェルとプーランクを知るうえで欠かせないピアニスト

ジャック・フェヴリエとは何者か

ジャック・フェヴリエ(Jacques Février, 1900年7月26日 – 1979年9月2日)は、20世紀フランスを代表するピアニストの一人であり、特にラヴェル、プーランク、ドビュッシーなどのフランス近代音楽を得意とした名手です。フランス・サン=ジェルマン=アン=レーに芸術一家のもと生まれ、父は作曲家アンリ・フェヴリエという恵まれた環境で育ちました。

パリ音楽院では、マルグリット・ロンやエドゥアール・リスラーといったフランスを代表するピアノの名教師に師事し、1921年に同院ピアノ科で首席を獲得。以後、フランス国内外でソリストとして活躍するだけでなく、パリ音楽院で後進の指導にも当たり、数多くのピアニストを育てました。

キャリアのハイライト

プーランクとの深い結びつき

フェヴリエを語るうえで欠かせないのが、作曲家フランシス・プーランクとの関係です。1932年、彼はプーランク本人と共に「2台のピアノのための協奏曲 FP61」の初演を担当しました。この共演は歴史的にも非常に重要で、フェヴリエはプーランクの音楽語法やウィットを最もよく理解したピアニストの一人と考えられています。

ラヴェル「左手のための協奏曲」のフランス初演者

ラヴェルがパウル・ヴィトゲンシュタインのために作曲した「左手のためのピアノ協奏曲」は、当初ヴィトゲンシュタインに独占権があり、他のピアニストは弾くことができませんでした。しかしその独占権が失われた後、ラヴェル自身が「最初のフランス人演奏者」として選んだのがフェヴリエでした。

1937年にフランスで初演し、後にはアメリカでもボストン交響楽団と共演して披露。この演奏は「作曲者から直接指導を受けた解釈に最も近い録音」として現在も高く評価されています。

名盤の数々と受賞歴

フェヴリエはラヴェル作品の録音で特に名を残しており、1958年に録音した「左手のための協奏曲」とドビュッシー「幻想曲」のカップリング盤は今なお名盤として知られています。また、ラヴェルのピアノ作品全集の録音は、アカデミー・シャルル・クロのグランプリを受賞し、フランス音楽の第一人者としての地位を確固たるものにしました。

優れた教育者として

パリ音楽院での長い教職期間では、ガブリエル・タッキーノやヴァレリー・トライオンといった国際的に活躍するピアニストを育てました。彼らの証言によると、フェヴリエは音楽の“語り方”や“フレーズの呼吸”を重視し、「フランス的エスプリ」を伝える教育者でもあったとされています。

フェヴリエの演奏スタイルと魅力

フランス音楽の美質を体現したピアニズム

フェヴリエの演奏は、以下のような特徴がしばしば指摘されます。

  • 透明感のあるタッチ ─ 音と音の間に濁りを生まない明晰な響き。
  • エスプリを感じさせる軽快さ ─ ただ軽いのではなく、機知に富んだ表情変化が随所に見られる。
  • 過剰な感情表現を避けた品の良さ ─ 作品そのものの構造美を前面に出す。

弱音の美しさと流れるようなレガート

フェヴリエの演奏の中でも特に評価が高いのが、弱音のコントロールです。ピアニッシモであっても音が痩せない豊かな響きがあり、聴き手に語りかけるような親密さを感じさせます。ラヴェル「夜のガスパール」や「水の戯れ」ではその長所が存分に発揮されています。

作曲家自身の意図に近い“歴史的解釈”

ラヴェルやプーランクと同時代を生き、直接の交流を持っていたフェヴリエの録音は、単なる演奏記録ではなく「歴史的証言」としての性格を持っています。近年のロマンティックな解釈とは異なる、引き締まったテンポ設定や端正なダイナミクスは、当時のフランス音楽の美学を知るうえで極めて貴重です。

おすすめの名盤

ラヴェル:左手のための協奏曲 & ドビュッシー:幻想曲(ジョルジュ・ツィピーヌ指揮)

1958年の録音で、フェヴリエの代表作といえる名盤。暗く重々しい序奏から、左手だけとは思えない多彩な音色でピアノが登場する瞬間は圧巻です。ドビュッシーの「幻想曲」では透明感あふれる音の運びが際立ち、印象派音楽の魅力が鮮明に表れています。

ラヴェル:ピアノ作品全集

「水の戯れ」「夜のガスパール」「鏡」「クープランの墓」など主要作品を網羅した録音セット。ラヴェル解釈の基準とされることも多く、現代の演奏家が研究に用いるほどの完成度の高さを誇ります。

プーランク:2台のピアノのための協奏曲(作曲者との共演)

作曲者プーランク自身との共演盤という点で、歴史的価値は計り知れません。華やかで洒脱なピアノ書法とフェヴリエの明晰なタッチが見事に融合し、2台ピアノ作品の魅力が鮮やかに再現されています。

室内楽録音

クラリネット奏者ピエール・ピエルロらと組んだ室内楽録音も高く評価されています。木管楽器とピアノが自然に溶け合う柔らかなアンサンブルは、フランス音楽の親密な空気を見事に表現しています。

ジャック・フェヴリエを聴くときのポイント

  • テンポの自然さに注目 ─ 速すぎず遅すぎず、「語りかける速度」で音楽が進む。
  • 中間ダイナミクスの豊かさ ─ 派手さよりもニュアンスの微細な変化を大切にしている。
  • オーケストラとの対話 ─ 協奏曲では、室内楽的な呼吸が感じられる。

なぜ今、フェヴリエなのか

現代ではラヴェルやプーランクの録音が多数存在しますが、フェヴリエの演奏には「当時の空気がそのまま封じ込められている」という唯一無二の価値があります。録音技術が発達した今、あえてモノラル録音を聴く価値は十分にあり、作品本来の姿を知りたいリスナーにとって最良の手がかりとなるでしょう。

フランス近代音楽の世界への入り口として

フェヴリエの録音を辿るだけで、自然とフランス近代音楽の重要作曲家たち──ラヴェル、プーランク、ドビュッシー──の名作に触れることができます。華美な技巧よりも作品の美しさを伝える“語り手”としてのフェヴリエの魅力は、今なお色褪せることはありません。

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参考文献