フーガの深層──構造・歴史・作曲法と名曲ガイド
はじめに:フーガとは何か
フーガは西洋音楽における対位法的な複合形式のひとつで、複数の声部が同じ主題(subject)を模倣しつつ展開していく音楽様式です。語源はラテン語の "fuga"(逃走・飛翔)に由来し、作品内部で主題が様々な声部を“飛び交う”ことに由来すると考えられます。厳格な規則に基づく「厳密フーガ」から自由な発想で書かれた「自由フーガ」まで幅広く、バロック期を代表する形式として特にヨハン・セバスティアン・バッハの作品で極致に達しました。
定義と語源・起源
「フーガ」という語はルネサンス期以前にも使われていましたが、現在一般的に想定される“主題が声部間で模倣される形式”としてのフーガは、ルネサンスの模倣対位法やリチェルカーレ(ricercar)などに源を持ちます。16世紀後半から17世紀にかけて、対位法の体系化と楽器技術の発展により、器楽フーガ・声楽フーガが発展。バロック期に入ってフーガは器楽曲や鍵盤曲、オルガン曲の主要技法として確立されました。
フーガの基本要素
- 主題(Subject):フーガ全体を貫く主要動機。楽想の単位で、節度あるリズムと明快な輪郭を持つことが多い。
- 応答(Answer):主題が調を変えて(通常は属調へ)別声部に現れる。完全応答(real answer)は主題を音程的に正確に移調したもの、調性的応答(tonal answer)は調性を保つために一部を変更したもの。
- 副主題(Countersubject):主題と常に併行して現れることが多い伴奏的な対旋律。
- 提示部(Exposition):各声部が順に主題(または応答)を提示していく冒頭部分。
- エピソード(Episode):主題の断片や動機を基にした接続部で、調性移動や再現に向けた準備を行う。
- ストレッタ(Stretto):主題が互いに重なり合って出現する技法。緊張感の高まりに用いられる。
- 変形技法:反行(inversion)、拡大(augmentation)、縮小(diminution)、逆行(retrograde)など。
構成の詳細:展開の流れ
典型的なフーガは提示部→発展部→終結部という大きな流れを持ちます。提示部では各声部が主題を順次提示し、すべての声部が一巡すると発展へと移ります。発展部では主題の断片的使用、調性の変化、エピソードによる結節点、さらにはストレッタや変形を通じた動機の多様な扱いが行われます。終結部ではしばしば主題が完全な形で再現され、偽終止や和声的な締めが行われます。
作曲技法:具体的な進め方
フーガを書くための基本的な手順を実際的に示します。
- 1) 主題を練る:明瞭な輪郭、リズム的特徴、繰り返しが有効。調性上の重要なトーンをどう扱うかを考える。
- 2) 応答を設計:主題が属調に移る際に、完全応答か調性的応答かを選ぶ。属調移行で不自然にならないよう調整。
- 3) 副主題を用意:主題と対位できる素材を作る。副主題は主題と併行して意味をなすようにする。
- 4) 提示部を書く:各声部に主題/応答を割り当て、声部ごとの入りを決定する。声部間の音域バランスに注意。
- 5) エピソードと移調計画:主題断片を使った序列(sequence)で転調を行い、再現ポイントを設計する。
- 6) 変形とストレッタ:場面の強調やクライマックスで導入。音楽的な必然性をもって用いる。
- 7) 終結の用意:最終的な主題の再現や和声的な閉鎖で作品を締める。
代表的な技術用語の解説
- ダブル・フーガ:二つの独立した主題を扱うフーガ。二主題を別々に提示し、後に結合することが多い。
- ペダル点(Pedal point):低音に長く保たれる音を置き、その上で対位法的展開を行う手法。オルガンフーガでしばしば使用。
- リチェルカーレ/カノン:フーガの先行形態。より厳密な模倣やカノン技法を含む作品群に見られる。
歴史的変遷と主要作曲家
フーガはルネサンス期の模倣対位法から発展し、バロック期に器楽・鍵盤音楽(特にオルガン)で確立しました。バッハ(1685–1750)はフーガの技巧と表現力を極限まで磨き、鍵盤曲群『平均律クラヴィーア曲集(Das wohltemperierte Klavier)』や『フーガの技法(Die Kunst der Fuge)』でその全貌を示しました。以後、古典派ではモーツァルトやベートーヴェンがフーガ的要素を交えた作品を残し、特にベートーヴェンは《ハンマークラヴィーア》ソナタの終楽章フーガや弦楽四重奏『大フーガ』で対位法的探究を行いました。
19世紀から20世紀にかけてもフーガは消えず、ブゾーニやヒンデミット、シェーンベルク、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチらが古典的対位法や12音技法と結び付けて新たな展開を見せました。ショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ》作品87は、バッハへの明確なオマージュとして知られています。
名曲と聴きどころ(実例ガイド)
- J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集(Das wohltemperierte Klavier) — 各プレリュードとフーガで異なる対位法・和声計画が学べる。
- J.S.バッハ:『フーガの技法(Die Kunst der Fuge)』 — フーガだけで構成された集大成。対位法の百科事典的作品。
- ベートーヴェン:ピアノソナタ第29番《ハンマークラヴィーア》作品106 — 終楽章の大規模フーガ。
- ベートーヴェン:弦楽四重奏曲作品133『大フーガ』 — 弦楽器による対位法の極致。
- モーツァルト:交響曲第41番《ジュピター》終楽章 — 主題の断片的対位法的提示により壮麗に展開。
- ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ作品87 — バッハ形式の20世紀的再解釈。
分析の視点:聞くとき・読むときのポイント
- 提示部で主題がどの声部と音域に現れるかを確認する。声部配置は曲の性格を決める。
- 主題の特徴(リズム、跳躍、終止の仕方)を把握し、それがどのように加工されるかを見る。
- エピソードで使われる動機断片が再現時にどのように結びつくか、調性の流れを追う。
- ストレッタや変形がクライマックスとして作用しているか、和声的閉鎖の方法(コーダの構成)を観察する。
学ぶ・作るための実践ガイド
フーガ習得には対位法の基礎(フックスの『Gradus ad Parnassum』的訓練)が有効です。まずは二声の対位法(種々の "species counterpoint")を練習し、次に三声・四声でのフーガ書法に進みます。模倣主題の設計、応答の扱い、エピソードにおける転調技法、ストレッタや変形の自然な導入を段階的に学ぶとよいでしょう。実践的には既存のフーガ(バッハの短いフーガやショスタコーヴィチのプレリュードとフーガ)を写譜して声部の相互作用を肌で感じることが非常に有効です。
注意点と現代的応用
現代作曲でもフーガ的技法は生きており、必ずしもバロック時代の厳密なルールに従う必要はありません。音色、リズム、音響空間などを含めた拡張された対位法(例:電子音楽やミニマル音楽での模倣)も可能です。ただし、対位的整合性(声部間での和声的安定や不協和の解決)は常に念頭に置くべき原理です。
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参考文献
- "Fugue" - Encyclopedia Britannica
- J.S. Bach: Das wohltemperierte Klavier (IMSLP)
- J.S. Bach: Die Kunst der Fuge (IMSLP)
- Johann Joseph Fux: Gradus ad Parnassum (IMSLP)
- Shostakovich: 24 Preludes and Fugues, Op.87 (Wikipedia)
- Beethoven: Piano Sonata No.29 "Hammerklavier" (Wikipedia)
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