変奏曲とは — 形式・技法・名作ガイド
変奏曲とは
変奏曲(へんそうきょく、theme and variations)は、ひとつの主題(テーマ)を提示し、それを素材として連続した変化を加えながら展開する音楽形式です。テーマの旋律・和声・リズム・編成などの要素を部分的または全体的に変え、聴き手に“同じ素材が異なる表情で再出現する”という知的な快感と感情の起伏を与えることが目的になります。古典的な形式のひとつでありながら、作曲家の想像力や作曲技法の見せ場として幅広く用いられてきました。
歴史的な展開
変奏は中世・ルネサンス期の即興的装飾から発展し、バロック期には明確な形式として成熟しました。バロックでは basso ostinato(持続低音)に基づくパッサカリアやシャコンヌ、あるいはアリアに対する変奏が典型です。代表例として、ヨハン・セバスティアン・バッハの《シャコンヌ》(パルティータ第2番ニ短調 BWV 1004 の終曲)は、単一の調性と反復低音に基づいて緻密な変奏を積み上げる傑作です。
古典派ではモーツァルトやハイドンが民謡風・歌謡風の主題に対して、装飾的かつ構造的な変奏を付けることで、聴きやすさと構築性を両立させました。モーツァルトの「きらきら星変奏曲」(K.265)は、その代表的な例です。
ロマン派では変奏は作曲家の個性表出や技巧誇示の場となり、ベートーヴェンの《ディアベッリ変奏曲》 Op.120 やブラームスの《ハイドンの主題による変奏曲》 Op.56a、エルガーの《エニグマ変奏曲》 Op.36(主題を巡る人物像的変奏群)など、主題の哲学的・物語的解釈を深めた作品が生まれました。
20世紀以降は和声語法や形式そのものが多様化し、変奏技法も拡張されました。ラフマニノフの《パガニーニの主題によるラプソディー》(ピアノ協奏的変奏)、ブリテンの《若い人のための管弦楽入門》(パーセルの主題による変奏)、シェーンベルクの《管弦楽変奏曲》 Op.31(12音技法以降の組織化された変奏)などがその例です。
主要な変奏の種類と技法
変奏曲で使われる技法は多岐にわたります。以下に主要なものを挙げ、それぞれの効果と役割を説明します。
- 装飾的変奏:旋律に装飾音やパッセージを加え、表情を豊かにする。バロックの装飾的技巧や古典派の華やかな変奏で顕著。
- 和声的変奏(リハーモナイゼーション):同一旋律を異なる和声進行に載せることで色彩を変える。ジャズでも標準的な手法。
- 対位法的変奏:テーマに対して対位主題や模倣を導入し、複声的に厚みを増す。バッハの変奏やディエゴ・ベートーヴェンの終盤変奏で多用。
- リズム的変奏:拍節感やリズムを大胆に変える。行進風・舞曲風・三連譜化などで対照を作る。
- 変形(断片化・断絶):テーマを細かく分割し、断片を発展させる。モチーフの再解釈で新たな素材を生成。
- 反行(インヴァージョン)・逆行・増減長(オーグメンテーション/ディミニュート):テーマの構成音程や長さを変えて対称的・構造的な変奏を作る。
- 持続低音に基づく変奏(パッサカリア、シャコンヌ):低音進行やベースラインを反復し、その上で変奏を展開する。深い統一感が得られる。
形式上のポイント
変奏曲を分析する際には、いくつかの観点が重要です。
- 不変量(invariant)と可変量:何が変わらず残っているか(例:ベースライン、和声進行、リズム的スケルトン)と何が変化するか(旋律、装飾、音色)を見極める。
- 連続性と対比のバランス:連続する変奏の間でどの程度対比を強めて再帰的な期待を作るか。クライマックスの配置や緩和のタイミングが作品のドラマを構成する。
- テクスチャーの変化:単旋律→和声音楽→対位法的多声音楽→オーケストレーションの変化など、テクスチャーを手段として用いることが多い。
- 総体構造:主題提示→一連の変奏→しばしばコーダやフーガなど付加的な終結部(例:変奏の後にフーガを置く手法)で全体の締めを作ることがある。
代表的な作品と聴きどころ
具体的な作品を挙げ、変奏技法と聴きどころを示します。
- J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV 988 — アリア提示後に30の変奏が続く鍵盤作品。変奏はリズム、調性、対位法、キャラクターの変化を駆使し、特に第25変奏(アリアの暗い再解釈)は「ブラック・パール」と呼ばれます。
- J.S.バッハ:パルティータ第2番ニ短調 BWV 1004 のシャコンヌ(終曲) — 持続低音的な生成を伴う単一トーンの中で驚異的な対位法と感情の推移を示す。ヴァイオリン独奏の技術的・表現的到達点。
- モーツァルト:『きらきら星』による12の変奏 K.265 — 子供の歌を素材に、単純な主題を次々と色彩豊かに変換する古典派の見本。
- ベートーヴェン:ディアベッリ変奏曲 Op.120 — 一見単純なワルツ主題から一大哲学的探求へと展開。各変奏は技巧的・思想的題材で満たされ、最後に壮大な変容が訪れる。
- ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲 Op.56a — 古典的な主題をロマン派の厚い和声と遅い変奏で再解釈した作品。オーケストレーション版も存在。
- エルガー:エニグマ変奏曲 Op.36 — 主題(実際には明示されない)を巡る人物像的変奏群で、各変奏は特定の人物や性格描写と結び付けられているとされる。
- ラフマニノフ:パガニーニ主題によるラプソディ(ラフマニノフ的変奏)およびラフマニノフの異なる扱い — 主題の回転と逆転を用いた技巧的変奏が魅力。
- ブリテン:『若い人のための管弦楽入門』 — パーセルの主題を材料に、各楽器の特色を活かした変奏群で編曲的教育作品としても優れた例。
- シェーンベルク:管弦楽のための変奏曲 Op.31 — 形式的に高度に組織化された変奏で、12音技法以降の変奏の可能性を示した近代作品。
演奏と解釈の実務
演奏者にとっての変奏曲は、同じ素材の反復をいかに新鮮に提示するかが課題です。時代毎の発想(バロックの装飾即興、古典派の均衡感覚、ロマン派の表出主義、20世紀の色彩と構造主義)を踏まえた上で、以下の点が重要です。
- テンポとアゴーギク:変奏間のテンポ対比はドラマを生む。急→緩→急の弧を描くことが多いが、各作品の指示や様式に従うこと。
- 音色とダイナミクスの変化:同一フレーズでもタッチや発音で異なる性格を与える。
- 装飾の選択:バロック様式では装飾の伝統に従うべきだが、ロマン派以降の作品では作曲家の記譜を尊重する。
- 連続性の把握:リスナーに「同じ主題が変化している」ことを提示するため、テーマの輪郭(モチーフや低音進行)を適切に保持する。
分析の視点:何を見ればよいか
変奏曲を聴き・分析する際は、以下の手順が有効です。
- テーマの同定:旋律、和声進行、リズム、低音の輪郭を確定する。
- 各変奏の主変化点:その変奏がテーマのどの要素を変えたか(和声・旋律・リズム・テクスチャー)を分類する。
- 統一要素の追跡:ベースが不変なのか、和声進行が不変なのか、モチーフが各声部でどのように継承されるかを追う。
- 形式的役割の認識:導入・発展・回帰・コーダの配置とクライマックス形成を読む。
変奏曲の現在性と応用
変奏の考え方はクラシック音楽に留まらず、ジャズの即興ソロ、映画音楽のテーマ変奏、電子音楽での素材変形、ポピュラー音楽のリミックス手法などに広く応用されています。テーマを“素材”として捉え直し、変化させることは、現代の音楽制作においても基本的な創作手段です。
まとめ
変奏曲は「同じものを異なる顔で再び見せる」ことにより、形式的な美と表現の深さを同時に実現するフォーマットです。バロックのシャコンヌからベートーヴェンの大変奏、20世紀の構造化された変奏まで、各時代の作曲技法と美学が反映されています。聴く際はテーマの不変要素を掴み、各変奏がどの点で新しい解釈を提示しているかを追うと、より深く楽しめます。
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参考文献
- Britannica: Variation (music)
- Britannica: Goldberg Variations
- Britannica: Diabelli Variations
- Britannica: Benjamin Britten (Young Person's Guide)
- Britannica: Elgar (Enigma Variations)
- Wikipedia: J.S.バッハ
- IMSLP (楽譜アーカイブ)
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