バラキレフ — ロシア民族主義音楽の旗手とその遺産

ミリイ・アレクセーエヴィチ・バラキレフとは

ミリイ・アレクセーエヴィチ・バラキレフ(Mily Alexeyevich Balakirev、1837年生–1910年没)は、ロシア・ロマン派の作曲家、ピアニスト、指揮者であり、19世紀ロシアにおける民族主義音楽の中心的人物のひとりです。生誕地はロシア帝国のニジニ・ノヴゴロド(Nizhny Novgorod)で、サンクトペテルブルクを拠点に活動しながら、同時代の作曲家たちに強い影響を与えました。バラキレフは単独の創造者としての評価だけでなく、いわゆる『ムチシュカ(Moguchaya Kuchka/英語では "The Five")』のリーダー的存在として、グリンカ以降のロシア音楽の方向性を作り上げる上で重要な役割を果たしました。

生涯の概略と活動の流れ

バラキレフは若年期にピアノの才能を示し、後に作曲活動へと進みます。彼は特にロシアの民族音楽、東方(コーカサスや中央アジアなど)の旋律やリズムに関心を寄せ、それらをクラシックの形式に取り入れることを志向しました。ロシア国内で音楽的な仲間を集め、作曲や演奏の場を通じて互いに刺激を与え合う環境を作ったことが、後の『ムチシュカ(五人組)』の成立につながります。

しかし生涯を通してバラキレフは創作の波が激しく、時折創作を断念して精神的・健康的な停滞期に入ることがありました。また、他の作曲家に指導や助言を行う一方で、自身の作品を精査しては執拗に推敲するため、完成作が少ないとの指摘を受けることもありました。それでも彼の思想と指導は、後進の作曲家たちに決定的な方向付けを与えました。

ムチシュカ(五人組)との関係と指導者としての役割

『ムチシュカ(Могучая кучка)』は、ロシア語で "強力な一群" を意味し、19世紀後半にロシア民族音楽を志向した作曲家たちの非公式なグループを指します。バラキレフはこのグループの中心的な存在で、モデスト・ムソルグスキー、アレクサンドル・ボロディン、ニコライ・リムスキー=コルサコフ、チェーザリ・キュイらと密接に交流しました。

彼は演奏や分析を通じて仲間たちに作曲上の助言を与えたほか、ロシア民謡や東方の旋律を素材にすること、形式の自由な運用、独自の和声語法の追究などを推奨しました。リムスキー=コルサコフは当初バラキレフの助言を受けて管弦楽法を学び、後に体系化された技術を用いて自身と仲間たちの作品を発展させていきました。バラキレフの影響は、直接的な作曲技術の指導というよりも、民族主義的な美学と素材の探求を鼓舞する点にありました。

作風と作曲技法

バラキレフの作風は、ロシア民謡やコーカサス・東方の旋律を土台に置きつつ、それらを独特の和声、リズム、管弦法的効果で処理する点に特色があります。ペンタトニックや教会旋法的なモード、異国情緒を与える増二度を含む旋律進行、ペダル的な低音の使用など、民族的・東洋的な色彩を強調する傾向が見られます。

また、彼は短い動機を発展させてドラマを作る手法や、自由な形式での交響的思考を好みました。こうしたアプローチは仲間たちにも受け継がれ、特にリムスキー=コルサコフやムソルグスキーの色彩豊かな作品群に影響を与えます。バラキレフ自身はオーケストレーションに関しては後進に比べて抑制的な面があると評されることもありますが、旋律とハーモニーの語り口においては独自性を発揮しました。

代表作と注目すべき作品

バラキレフは精緻な推敲を行うため、作品点数は決して多くありませんが、いくつかの作品は現在でも高い評価を受けています。

  • 『イスラメイ(Islamey: Oriental Fantasy)』 — ピアノのための作品で、技巧的な難易度が非常に高く、19世紀から20世紀にかけてピアニストのレパートリーとして広く知られています。東方的な旋律と高速のパッセージが特徴で、多くの編曲や演奏が残されています。
  • 序曲・管弦楽作品 — バラキレフは民謡素材や歴史的主題を扱った序曲や管弦楽曲を手掛けています。規模の大きな交響曲は少ないものの、民族主義的要素を前面に出した色彩豊かな作品が存在します。
  • 歌曲・合唱曲 — ロシアの民謡や詩に基づく声楽作品もあり、民衆的な表現と作曲家独自の繊細な和声感覚が融合しています。

注:「イスラメイ」は特に有名で、多くのピアニストにより録音されており、バラキレフの東方趣味と技巧志向を象徴する作品として広く認識されています。

創作の波と長い中断

バラキレフの生涯には複数の創作中断期があり、これは彼個人の性格や健康問題、精神的な危機に起因するとされています。一度は作曲から離れ、別の活動に専念した期間があり、その間に仲間たちが独自の発展を遂げることもありました。しかし彼は時折復帰して新作を発表し、特に指導者・編集者としての存在感を維持していました。こうした周期的な活動パターンは彼の作品群に一貫した発展の筋を与える一方で、完成作が少ない理由にもなっています。

批評と受容の歴史

生前のバラキレフは支持者と批判者の双方を抱えていました。民族主義的な立場や革新的な和声・旋律の追求は称賛を招く一方で、社会的な態度や強い個性ゆえに同時代の一部評論家や音楽家と衝突することもありました。20世紀に入ると、ムチシュカ全体の評価が再検討され、バラキレフの貢献は指導者・啓蒙者として再評価されるようになります。今日では彼の思想と一部の作品がロシア音楽史の重要な一章として位置づけられています。

現代における聴き方と研究のポイント

現代のリスナーや研究者がバラキレフに接近する際の重要な視点をいくつか挙げます。

  • バラキレフを単独の天才としてではなく、19世紀ロシア音楽の潮流を作り出した共同体の中心人物として理解すること。
  • 『イスラメイ』など個別作品では、東方的素材の採取とそれを西洋の技巧体系に組み込む手法に注目すること。
  • 仲間たち(ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ、ボロディン、キュイ)との相互作用を踏まえ、互いの作品に見られる共通項と差異を比較すること。
  • バラキレフの編曲や編集活動、民謡採譜の仕事も彼の音楽思想を理解するうえで重要であること。

おすすめの録音・楽譜案内

バラキレフ作品を聴く際は、まず『イスラメイ』の代表的なピアノ録音を聴くと良いでしょう。管弦楽曲や序曲についてはバラキレフ周辺の作曲家の録音と合わせて聴くことで、当時の音楽的文脈が見えてきます。楽譜は公開ドメインのものがインターネット上に存在することが多く、各種音楽図書館や楽譜サイトで原典に当たることができます。

バラキレフの遺産と現代音楽への影響

バラキレフの最大の遺産は、作品そのものだけでなく「ロシアらしさ」を作曲語法の中心に据える思想を仲間に伝え、次世代に種をまいた点にあります。彼が推奨した民族素材の尊重、形式の柔軟性、異国的要素の積極的利用は、20世紀以降のロシア音楽、そして世界の民族主義的作曲実践にも少なからぬ影響を与えました。

まとめ

ミリイ・バラキレフは、個々の作品数は多くないものの、19世紀ロシア音楽の形成において指導的かつ触媒的役割を果たした人物です。『イスラメイ』に代表される東方趣味の技巧的作品や、ムチシュカの精神を育んだ教育者・編集者としての側面を合わせて理解することで、バラキレフがなぜ今日でも音楽史上重要視されるのかがよく見えてきます。

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参考文献