アルトヴァイオリン(ヴィオラ) — 役割、歴史、構造と現代の扱い方
アルトヴァイオリンとは何か
「アルトヴァイオリン」という呼称は、歴史的・音楽的文脈で使われてきましたが、現代的にはほぼヴィオラ(viola)と同義で使われることが多い言葉です。ヴィオラはヴァイオリン属の中でヴィオリンより一回り大きく、音域的にはヴィオリンの下、チェロの上に位置する『アルト』声部を担います。標準的な調弦はC(最低)–G–D–Aで、ヴィオラ独自の温かく豊かな中低音域が特徴です。
歴史的背景と名称の由来
16〜18世紀の室内楽やコンソート音楽において、声部名(ソプラノ、アルト、テノール、バス)に対応する様々な弦楽器が使われました。ヴィオラは当初『ヴィオラ・ダ・ブラッチョ』などの呼称で知られ、アルト声部を担ったことから『アルト(alto)』という名称が結び付けられました。バロック期以降、ヴァイオリン属の楽器体系が確立されるに従い、音域・サイズ・用途が整理され、現在のヴィオラの形が形成されていきます。
形状と構造の特徴
ヴィオラの外観はヴァイオリンと基本的に同じですが、ボディの寸法(胴長)、弦長、厚み、内部板の仕上げなどが異なります。現代のヴィオラの胴長は概ね38cm〜43cm程度と幅があります。これは標準化されたサイズが存在しないためで、奏者の体格や求める音色に応じて選択されます。サイズが大きいほど低音の共鳴が強く、豊かな音色が得られやすい一方で、機動性(高い位置の運指や速いパッセージ)は損なわれることがあります。
- 表板と裏板:スプルース(表)とメイプル(裏・横板)が一般的。
- アーチ形状:アーチの高さや曲線が音色に大きな影響を与える。
- f字孔および内部のバスバーや魂柱(サウンドポスト):音響特性を調整する重要な要素。
- 弦と駒:ヴィオラ用の弦は低音域を支える太めのものが使われ、駒の形状も低音の伝達に合わせて調整される。
演奏上の特性と技術的課題
ヴィオラはそのサイズと低域の性質ゆえに、演奏技術にいくつか独特の特徴があります。まず、読み譜はアルト記号(C譜)を中心に行われます。演奏技術面では、低弦の音を豊かに響かせるための弓圧・弓位置のコントロールが重要です。また、ヴィオラはヴィオリンに比べて指板が長く、左手のストレッチ(幅のある音程の押さえ)やシフトの確実性が求められます。
さらに、体への負担も無視できません。ヴィオラは比較的大きく重いので、肩・首への負担がかかりやすく、肩当てやストラップ、姿勢の工夫が重要になります。歴史的には座奏が主流だった時期もあり、近代になって立奏が増えた影響で演奏姿勢の研究が進みました。
オーケストラと室内楽における役割
オーケストラにおいてヴィオラは中声部を担い、和声の支えや内声の動きを受け持つことが多いです。弦楽合奏の中で色彩的なハーモニーを形成し、時には独立した主題を受け持つこともあります。室内楽(弦楽四重奏など)では、第二ヴァイオリンとチェロの間を埋める存在として、独特の色合いを与えます。モーツァルトの『ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲』や、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲など多くの作品でヴィオラの内声的役割が重要視されています。
主要レパートリーとソロ作品
歴史的にヴィオラのソロ作品はヴァイオリンやチェロに比べ少なかったため、19〜20世紀にかけて重要な拡張が行われました。代表的な作品としては次のようなものがあります。
- モーツァルト:『交響的協奏交響曲』のような内声を生かす作品(K.364)
- ウィリアム・ウォルトン:『ヴィオラ協奏曲』(1929–30)— 20世紀を代表するヴィオラ協奏曲の一つ
- ベーラ・バルトーク:『ヴィオラ協奏曲』(未完・事後に編曲完成)— 20世紀の重要作
- ポール・ヒンデミット:自身がヴィオラ奏者であったことから、多くのソナタや協奏曲を書き、楽器のソロ性を高めた
- レベッカ・クラーク:『ヴィオラ・ソナタ』(1919)— 音楽史上重要なヴィオラ独奏作品
この他、ブラームスの晩年のクラリネットソナタ(作品120)はヴィオラ版への編曲・演奏が定着しており、ヴィオラ奏者のレパートリーになっています。
著名なヴィオラ奏者と普及への貢献
ヴィオラのソロ楽器としての地位向上には、数多くの奏者の努力がありました。20世紀初頭にはライオネル・ターティス(Lionel Tertis)がヴィオラのソロ性を積極的に推進し、楽器改良や新曲委嘱、編曲活動を行いました。ウィリアム・プリムローズ(William Primrose)もまたヴィオラの技術的可能性を引き出し、多くの現代作曲家にソロ作品を依頼しました。現代でもティン・ヨウ(Tabea Zimmermann)やキース・グリーンなどの演奏家が多彩なレパートリーでヴィオラの魅力を広めています。
現代の楽器制作と革新
近年、ヴィオラ製作においても多様化が進んでいます。伝統的な木製楽器に加え、カーボンファイバー製のヴィオラや、共鳴や取り回しを改善するための非定型設計を試みる製作家が増えています。また、演奏者の体格や演奏スタイルに合わせた『テールピン(エンドピン)付きヴィオラ』や、特殊な寸法で製作された『アルト・モデル』と呼ばれる派生形も存在します。こうした試みは、音響的要求と演奏性のトレードオフをどのように最適化するかという課題に対する一つの回答です。
楽器選びの実際的なポイント
ヴィオラを選ぶ際には以下の点を考慮します。
- 胴長(サイズ):奏者の腕の長さや手の大きさ、演奏するレパートリーに合わせる。
- 音色:低域の豊かさ、倍音のバランス、立ち上がりの良さを試奏で確認する。
- フィット感:肩当てやストラップを含めた実際の演奏姿勢での持ちやすさ。
- 製作年と製作者:古典派の銘器は高価だが音の個性が強い。現代作家の楽器も品質が高いものが多い。
メンテナンスとケア
ヴィオラは湿度・温度変化に敏感です。適切なケース保管、湿度計の使用、弦や駒・魂柱の点検、定期的な清掃と調整を行うことが重要です。また、糸巻きや指板周りの摩耗は演奏に影響するため、専門の弦楽器工房でのメンテナンスを推奨します。
作曲家・編曲家への提案
ヴィオラはその中低域の色彩により、和声の補強や叙情的なソロの両面で独特の効果を発揮します。編曲を行う際にはヴィオラの特性を生かすために、長いレガートや内声の旋律線、オクターヴやハーモニクスの利用、弦の選択(アルコやピッツィカート)を工夫すると良いでしょう。ヴィオラが際立つ場面では、他の弦楽器群とのバランス取りに注意することが肝要です。
まとめ:アルトヴァイオリン(ヴィオラ)の魅力と可能性
アルトヴァイオリン、すなわちヴィオラは、弦楽器アンサンブルの中で不可欠な中声部を担うだけでなく、20世紀以降ソロ楽器としての地位を確立してきました。音色の暖かさ、表現力の幅、室内楽での存在感は他の楽器に替えがたいものがあります。楽器の選択・演奏技術・メンテナンスを通じて、その可能性はさらに広がっています。歴史的背景を理解しつつ、現代の革新を取り入れることで、ヴィオラ(アルトヴァイオリン)は今後も新たな音楽表現を生み出し続けるでしょう。
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参考文献
- Encyclopaedia Britannica — Viola
- International Viola Society
- ウィキペディア — ヴィオラ(日本語)
- Encyclopaedia Britannica — Lionel Tertis
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