オペラ・セリアとは何か――18世紀ヨーロッパの「崇高な」歌劇をめぐる歴史と音楽論

オペラ・セリアの定義と全体像

オペラ・セリア(opera seria)は、主に18世紀前半から中葉にかけてヨーロッパの宮廷や公立劇場で上演されたイタリア語を基本とする悲劇的・英雄的な様式の歌劇を指します。直訳すれば「重々しい」「崇高な」歌劇であり、古代史や神話に題材を取ることが多く、登場人物は王・英雄・高貴な人物で構成され、道徳的な教訓や高潔さが強調されました。演劇的な緊張感よりも、感情表現(affetti)の洗練と歌手の技巧を通じた美的完成が重視されるのが特徴です。

成立と発展の背景

オペラ・セリアは17世紀までに発達したイタリア・オペラの流れを受け継ぎつつ、18世紀初頭に形式的に確立されました。1700年前後からナポリ、ローマ、そしてウィーンやロンドンなどの都市で広まり、貴族や市民の嗜好に合わせて公共上演も行われるようになります。特にローマやナポリの歌劇界では、宗教的制約や宮廷の嗜好が作品の内容・上演形態に大きな影響を与えました。

典型的な上演構成と形式

オペラ・セリア作品は概ね三幕構成が多く、序曲(sinfonia)に続いて、レチタティーヴォ(secco/accompagnato)とアリアの連続でドラマが進みます。アリアは多くの場合ダ・カーポ形式(A–B–A')で書かれ、A部分の終わりで歌手が装飾を自由に挿入することが慣例となっていました。このためアリアは個々の歌手の技巧を見せる場であり、「アリア・デ・ブラヴーラ(bravura aria)」や「カデンツァ的装飾」を伴うものが多く存在しました。

レチタティーヴォと伴奏の役割

オペラ・セリアでは劇的推進のための手段として二種類のレチタティーヴォが使われます。通奏低音(チェンバロやチェロ等)のみで行われるsecco(乾いた)レチタティーヴォは台詞的で進行を担い、重要場面や感情の高まりにはオーケストラが伴奏するaccompagnato(伴奏付き)レチタティーヴォが用いられました。後者は情景の強調や心理描写で効果を発揮し、のちのグルックらの改革によってさらに重視されるようになります。

リブレットとメスタージオの影響

オペラ・セリアの発展において、台本(リブレット)の役割は極めて大きく、18世紀の代表的なリブレット作家ピエトロ・メスタージオ(Pietro Metastasio, 1698–1782)はこの様式の典型化に寄与しました。彼の書いた数多くのリブレット(例:ArtaserseDidone abbandonataなど)はヨーロッパ各地で多くの作曲家により繰り返し設定され、同じ物語が別々の音楽で何度も上演される風習を生みました。メスタージオの台本は道徳的ジレンマ、名誉、寛容といった主題を重んじ、登場人物の高潔さを描くことを旨としました。

歌唱の実践:カストラートとプリマ・ドンナ

オペラ・セリアの黄金期には、カストラート(去勢歌手)が最高位のスターとして君臨しました。高音域と圧倒的な技巧を兼ね備えたカストラートは、英雄的な男性役(primo uomo)を歌い、女声の主要役はプリマ・ドンナが担いました。歌手個々の名声が演目選択や改作に大きく影響し、観客は技術的な見せ場(装飾の即興や高音の技巧)を求めました。このような歌手中心の文化は、作曲家にとってしばしば個々の声質や見せ場に合わせたアリア改作を要求しました。

代表的作曲家と作品

  • ジョージ・フリードリヒ・ヘンデル(George Frideric Handel): ロンドンにおけるイタリア語オペラの旗手で、Giulio CesareRodelindaなど多数のオペラ・セリア作品を残しました。
  • アッレッサンドロ・スカルラッティやレオナルド・ヴィンチ(Leonardo Vinci)、ニコロ・ポルポラなどのナポリ系作曲家は、歌手技巧を生かしたアリアを多数作曲しました。
  • ヨハン・アダム・ハッセ(Johann Adolf Hasse)はメスタージオ作品を多く手掛け、18世紀中葉のオペラ・セリアを代表する一人です。

これらの作曲家は同じリブレットを異なる音楽で設定することが一般的であり、作曲家間の比較や上演史の研究にとって興味深い資料を残しました。

グルックの改革とオペラ・セリアの変容

18世紀中葉になると、オペラ・セリアの形式的凝り固まりや歌手中心主義に対する反発が出始めます。クリストフ・ヴィリバルト・グルック(Christoph Willibald Gluck, 1714–1787)は、台本と音楽の統合、劇的自然主義、オーケストラと合唱の有機的使用を掲げ、ダ・カーポ形式の濫用を減らし、ドラマの連続性を重視しました。代表作のOrfeo ed Euridice(1762)、Alceste(1767)などは「改革オペラ(opera reformée)」として知られ、従来のオペラ・セリア的要素を大きく変容させました。

オペラ・セリアの衰退と異種融合

グルック以後、18世紀後半にはオペラ・ブッファ(喜歌劇)やドラムマ・ジョコーソ(dramma giocoso)の台頭、そして市民社会の味覚の変化により、純粋なオペラ・セリアは次第に衰退していきます。また、モーツァルトのように両要素(深刻と喜劇)を融合させた作品が登場し、世俗的で人間性に根ざしたドラマが支持されるようになりました(例:IdomeneoLa clemenza di Titoなどの要素にはセリア的側面が見られますが、全体像は多様化しています)。

音楽史的・上演史的意義

オペラ・セリアは18世紀の声楽技術・作曲技術・上演慣行を形作った重要な様式です。ダ・カーポ・アリアを通じた「感情の深化」と装飾的即興の文化、そしてレチタティーヴォとアリアの対比に基づくドラマ運営は、その後のオペラ史にも影響を与えました。さらにメスタージオのようなリブレット作家の存在は、同一台本の反復使用という上演経済の一面も示し、18世紀の劇場ビジネスの理解にも寄与します。

現代における復興と演奏実践

20世紀後半以降、歴史的演奏法の運動や音楽学的研究の発展に伴い、オペラ・セリア作品の再評価が進みました。今日では原典版の校訂、当時の器楽編成やレチタティーヴォの伴奏法、ダ・カーポ部分での装飾の復元といった研究が進み、カストラートの代役としてカウンターテナーや女性歌手が起用されるなど、現代的な上演実践と折り合いをつけながら再演が行われています。

まとめ:様式としての強みと限界

オペラ・セリアは、18世紀という特定の社会文化的文脈で生まれた歌劇の一様式であり、感情表現の規範化、歌手技巧の顕示、そして道徳的・英雄的主題への志向を通じて独自の魅力を持ちます。一方で、劇的な連続性や群衆の動機づけ、現実的心理描写において限界を露呈し、18世紀中葉以降の改革や新しいオペラ様式へと移行していきました。それでも今日の史的演奏運動により、その音楽的価値と美学は新たに評価されています。

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参考文献