バッハ BWV128『ただキリストの昇天に』徹底解説:宗教的背景・楽曲構成・聴きどころ(Ascension Dayカンタータ)

はじめに — BWV128とは何か

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)が作曲したカンタータBWV128は、昇天祭(イエス・キリストの昇天を祝う教会暦の祝日)に捧げられた作品です。日本語タイトルとしてはご提示の「ただキリストの昇天に(Auf Christi Himmelfahrt allein)」と呼ばれることが多く、典礼的なテーマと賛歌(コラール)を素材に、礼拝の中で聴衆へ神学的なメッセージを伝えることを目的とした合唱曲・器楽伴奏を伴う声楽作品です。

歴史的・宗教的背景

昇天祭はイエスが復活後に天に昇ったことを記念する日で、ルター派教会では重要な祝祭の一つです。バッハはライプツィヒで教会音楽監督として多数のカンタータを作曲しましたが、BWV128もその礼拝音楽の伝統の延長線上にあります。カンタータは典礼聖書の箇所や賛歌のテキストと密接に結びつき、信仰告白や神学的な瞑想を音楽化します。

テキスト(詩)とコラールの位置づけ

BWV128は昇天を扱う賛歌(コラール)の主題を基に構成されています。コラールは教会共同体にとってよく知られたメロディと歌詞を含み、合唱と独唱の両者で宗教的主題を直接的に表現するための基礎素材となります。バッハはしばしばコラールの原文をそのまま各所に用いるか、対話的に独唱部と合唱部へ展開してゆきます。

楽曲構成(概説)

一般的に、バッハの典型的な教会カンタータは「合唱曲(オープニング)— 朗唱的パート(レチタティーヴォ)— アリア(独唱)— レチタティーヴォ — アリア — 四部コラール(フィナーレ)」という6楽章構成を取ることが多く、BWV128もこの伝統に沿った構成を持つと理解されています。冒頭はコラールを柱に据えた合唱幻想(コラール・ファンタジア)の形を取り、終曲は教会共同体による四声のコラールで締めくくられることが通例です。

編成と音色

昇天祭の楽曲はお祝いの性格を持つため、華やかな器楽を伴うことが多いです。BWV128でも弦楽器と通奏低音(チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバまたはバロック・オルガン/チェンバロ)を基盤に、オーボエなどの木管や時にはトランペット、ティンパニなどの祝祭的な楽器が彩りを添えます。バッハの配置は、合唱と独唱が器楽群と緊密に対話するように書かれており、器楽のモチーフが歌を引き立てる役割を果たします。

音楽的特徴と作曲技法

  • コラール・ファンタジア:冒頭の合唱は、しばしばコラール旋律(カントゥス・フィルムス)を高声部に置き、下位声部や器楽が対位法的に展開してゆく形式を取ります。これにより、既知のメロディが共同体の信仰の声として提示され、複雑な対位法が神学的な深さを付与します。
  • 音楽によるテキスト解釈(word painting):昇天を表す「上昇」「高揚」「光」などの語句には、上向きのフレーズ、跳躍、明るい調性や和声進行が用いられ、文字通り“音で描く”手法が見られます。
  • 対照的な楽章配列:レチタティーヴォでは語義の提示と神学的説明が行われ、アリアでは個人的・熟考的な応答が歌われます。バッハはこれを通して共同体的な信仰表明と個人的信仰の対話を音楽的に構築します。
  • 和声と言葉の関係:バッハは時に不協和や予想外の和声進行を用いて、テキストの苦悩や疑問を音で表現し、それを解決する和声で信仰の肯定へ導きます。

聴きどころ(各パートの注目点)

冒頭合唱:コラールの旋律の配置(どの声部が主旋律を担うか)と器楽の対位法を注目してください。コラールが教会共同体の「既知」の声である一方、器楽の動きが物語性や感情の層を加えます。

アリア:ソロ楽器の役割(オーボエやヴァイオリンのオブリガート)がテキストの感情や意味を拡張する場面が多くあります。特に上昇イメージの表現には連続的な上昇音形やスケールが用いられやすいので、楽器と声の絡みを耳で追ってみてください。

レチタティーヴォ:語りの部分では和声の微妙な変化やリズムの伸縮が、テキストの強調点を作ります。バッハのレチタティーヴォは単なる語りではなく、劇的な表現に富んでいます。

終曲コラール:典礼的な共同体の答唱として、シンプルかつ力強く楽曲を締めくくります。四声のハーモニーに注目し、その和声進行がカンタータ全体をどのように総括するかを感じ取ってください。

演奏実践のポイント

  • テンポ感:礼拝での実用性を考慮すると、あまり急ぎ過ぎないことが多いですが、現代のコンサートでは表現的なテンポ選択が行われます。歌詞の明瞭性を最優先に。
  • 声楽人数:歴史的演奏法(HIP)を採る団体は、ソリスト兼合唱員方式(各声部1人)で演奏する場合があります。これは対位法の鮮明さやテクスチュアの透過性に寄与しますが、大人数合唱による荘厳さもまた魅力的です。
  • ピッチと音色:バロックピッチ(A=415Hz前後)や古楽器の温かい倍音は、バッハの和声感を自然に引き出します。一方でモダン楽器でも十分に雄弁な表現が可能です。

代表的な録音・演奏家(参考)

BWV128は多くのカンタータ全集やプロジェクトで取り上げられています。ジョン・エリオット・ガーディナー(Bach Cantata Pilgrimage)、鈴木雅明(Bach Collegium Japan)、トン・コープマンなどの解釈が広く知られています。各演奏はテンポ、音色、アーティキュレーションの点で特色があり、聴き比べることで楽曲の多面性が見えてきます。

なぜ今日聴くべきか

BWV128は礼拝音楽としての明確な機能を持ちながら、普遍的な音楽美と深い神学的思索を同時に伝える作品です。昇天というテーマは、「別れ・高みへの移行・希望」という普遍的な人間の経験と結びつき、現代のリスナーにも強く訴えかけます。バッハの音楽はテキストと音楽が不可分に結びつくことで、聴く者に内省的な感動と理性的な納得の両方をもたらします。

まとめ

BWV128「ただキリストの昇天に」は、儀礼的な機能を果たしつつ、バッハ独特の対位法、和声感、テキストへの深い応答性が凝縮された一作です。冒頭のコラール・ファンタジア、内的な独唱部、そして共同体による終曲の四部コラールという構成は、礼拝の場での音楽的・神学的なドラマを見事に描き出します。演奏史や録音を聴き比べ、歌詞と音楽の関係に注意を向けることで、このカンタータの持つ多層的な魅力をより深く味わえるでしょう。

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参考文献