バッハ BWV137「力強き栄光の王なる主を讃えよ」──讃歌と祝祭感の深層を聴く
概説:BWV137とは何か
バッハのカンタータ BWV137 は、「Lobe den Herren, den mächtigen König der Ehren(力強き栄光の王なる主を讃えよ)」というコラール(賛歌)を基にしたコラール・カンタータです。原詩はヨアヒム・ネアンデル(Joachim Neander, 1650–1680)による17世紀の賛歌に遡り、その力強い信仰告白と感謝の言葉は、バロック宗教音楽の最も祝祭的な素材の一つとして18世紀の礼拝・音楽文化に深く根付いていました。
賛歌の由来と神学的背景
「Lobe den Herren」は、キリスト教の感謝と賛美を主題とする賛歌で、自然や救いの恵みに対する讃美が繰り返されます。ネアンデルは個人的な信仰体験と教会的伝統を結びつけた詩人であり、この賛歌は短い節ごとに明確な神学的主題(創造、保護、救済、賛美)を打ち出します。バッハがこのテキストを扱う際、原詩の直接性と共同体的な賛美の性格を尊重しつつ、音楽的に拡張して礼拝の中心を成す役割を与えています。
作曲の位置づけ:コラール・カンタータの系譜
BWV137 は、バッハがライプツィヒで展開した〈コラール・カンタータ〉の流れの中に位置します。コラール・カンタータとは、既存の讃美歌(コラール)を基礎に、合唱・独唱・器楽を組み合わせて礼拝用に再構成した形式で、バッハはコラールの原文を冒頭と終曲に残し、内声部を詩的に言い換えたアリアやレチタティーヴォで礼拝テキストに即したドラマを展開しました。BWV137 についても、この伝統を踏襲しつつ、原曲の賛歌精神を全面に出す設計が見られます。
構成と装い(概要)
BWV137 は典型的なコラール・カンタータ同様、複数の楽章に分かれ、合唱曲と独唱曲、そして最終的な四重唱(または四声コラール)で締めくくられます。冒頭の合唱はコラール・フンタス(合唱と器楽の合体によるコラール幻想)として配置され、オーケストラと合唱がコラール旋律を分担しながら荘厳さを作り出します。終曲は教会共同体の歌唱(四声コラール)としてシンプルかつ力強く終結します。
楽曲の音楽的特徴と分析(聴きどころ)
- コラール旋律の扱い:バッハはコラールの旋律をしばしばソプラノにカントゥス・フィルムス(旋律の持続)として与え、下位声部と器楽で対位法的・リズミックな装飾を施します。これにより賛歌の明瞭さを保ちながら音響の豊かさが生まれます。
- 器楽色彩:祝祭的なテキストに応えて、オーケストラは明るいトロンペットやティンパニのような金管・打楽器的な輝きを模した配置(編成は演奏伝統により差がある)を使い、俗に“王の栄光”を音で描き出します。
- 対位法と和声:コラール主題の周りに対位法的な声部が複雑に絡み、和声進行では突然の遠隔調や転調を用いてテキストの語感(感謝、驚嘆、信頼)を色付けします。
- リズムと言葉の関係:バッハは賛歌のテキストのアクセントと自然な言語の抑揚を尊重し、しばしば音楽的リズムを語句の強弱に合わせることで言葉の意味を強調します。
各楽章の聴き方(典型的な注目点)
冒頭の合唱では、コラール旋律がどの声部にあるか、器楽がどのようにリフレインを形作るかに注目してください。独唱アリアやレチタティーヴォでは、歌手がテキストの語尾や句読点をどう処理するか、装飾音やフェイク(装飾的なパッセージ)がどのようにテキスト解釈と結びついているかを聴き取ると理解が深まります。終曲の四声コラールは、教会共同体の確信として配置されており、和声の最終的な肯定感を味わうことができます。
演奏・解釈上のポイント
- 楽器編成:歴史的奏法(HIP=Historically Informed Performance)では、ヴィオリーノ群、オーボエ類、低弦、バロック・オルガン/チェンバロ(通奏低音)を用いることが多く、テンポ感や音量バランスも現代オーケストラとは異なります。
- テンポと発語:バッハのコラールでは語りの自然さが命。ソロ歌手は語尾の減衰、句読点での呼吸、装飾をテキストの意味に即して用いるべきです。
- アーティキュレーションとダイナミクス:合唱と器楽の重なりではアーティキュレーションが輪郭を作り、バッハはしばしば小さなダイナミクスの差に意味を込めます。現代の実演では過度に均一な音色にならないよう注意が必要です。
歴史的・宗教的意味合い
この賛歌に基づくカンタータは、礼拝の中で共同体が神への感謝と賛美を表明するための音楽であり、音楽的な“説教”としての機能を持ちます。バッハは教理や説教の文脈を踏まえて音楽的装置を選び、結果として聴衆(会衆)は旋律の親しみやすさと和声的/対位法的深さの両方から霊的な体験を得ることができます。
録音と演奏のおすすめ(入門〜深化)
- 歴史的演奏志向:ジョン・エリオット・ガーディナーの「Cantata Pilgrimage」シリーズや鈴木雅明(Bach Collegium Japan)など、古楽器と教会的発想を重視した演奏は、バッハ本来の音色と礼拝的空気感を伝えます。
- 現代合唱とオーケストラ:ヘルムート・リリングなど、近現代の堅牢な合唱伝統で録音したものは、テクスチュアの明瞭さと声部バランスの整合性が魅力です。
- 比較鑑賞の薦め:同じ曲でも編成や解釈で印象が大きく変わるので、異なる流儀の録音を複数比較して聴くことを強くおすすめします。
現代への伝播と意義
BWV137 のようなコラール・カンタータは、宗教音楽としての機能を越え、合唱芸術、調性音楽の完成形、そして共同体音楽の象徴として現代でも広く演奏されます。礼拝での使用はもちろん、コンサートホールでの演奏でもその祝祭性と深い信仰表現が聴衆に強い印象を与えます。
聴きどころのまとめ
- 冒頭合唱でのコラール旋律の立ち位置と器楽の応答に耳を澄ます。
- 独唱節でのテキスト解釈と装飾の使用法(言葉と音楽の関係)を追う。
- 最終コラールで示される共同体的な確信感と和声的完成を味わう。
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参考文献
- Bach Cantatas Website — BWV 137
- Bach Digital(バッハ作品データベース)
- IMSLP — Cantata BWV 137(スコア)
- Alfred Dürr, "The Cantatas of J. S. Bach"(翻訳版) — バッハのカンタータ研究の基本文献
- Christoph Wolff, "Johann Sebastian Bach: The Learned Musician" — バッハの生涯と作品を通覧する標準的研究
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