バッハ「BWV187 ものみな汝を待てり(Es wartet alles auf dich)」──祈りと供給の音楽的省察

導入 — タイトルと主題

『ものみな汝を待てり(Es wartet alles auf dich)』BWV187は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが残した教会カンタータの1つであり、聖書詩篇(特に詩篇104篇)の「すべてはあなたを待ち望む(All things wait upon thee)」という主題を出発点に、神の摂理と人間の信頼を音楽で描き出した作品です。本稿では、テクストの出典と神学的背景、音楽的構成と特徴、演奏上のポイント、主要な録音や演奏史的評価、そして曲を深く味わうための聴き方までを詳しく掘り下げます。

テクストの背景と神学的問題意識

BWV187の主要テクストは詩篇104篇に由来するフレーズを含みます。詩篇104は天地創造と被造物への配慮、日々の糧の授与とそれを与える主の偉大さを歌うもので、カンタータの主題は「すべてが神の供給を待ち望んでいる」という信仰告白に集約されます。ルター派の年間礼拝暦において、こうした主題は人々の日常的・実践的信仰(神への依存、勤労と感謝)の表現として位置づけられ、バッハはしばしば聖書句と後続の詩節・コラールを織り交ぜることで、説教や礼拝の教理的メッセージを補強しました。

音楽的構成と楽器編成(概要)

BWV187は合唱と独唱、主要な器楽伴奏によって構築される典型的なバロック教会カンタータの形式を踏襲しています。冒頭の合唱曲で提示される詩篇の主題が、アリアやレチタティーヴォを通して様々な角度から拡大・内省され、最後にコラールや短い合唱でまとめられることが多いのが特徴です。器楽編成は弦楽器と通奏低音を基盤に、オーボエ系やトランペット、ホルンなどの色彩楽器が加わる版が存在する点が注目されます(版ごとの差異についてはスコアを確認してください)。

楽曲の特徴的要素(分析的観点)

  • 冒頭合唱の構造:冒頭句が詩篇由来のテクストを雄弁に宣言することで、楽曲全体の宣言的基調を設定します。バッハは合唱を単なるコラール的合唱にとどめず、器楽のリトルネルロや対位法的展開を用いて、万物の“待つ”という動きや期待感を音楽的に表現します。
  • アリアと内的独白:ソロ・アリアは詩的な内省を担当し、しばしば器楽ソロとの対話(オブリガート)を通じてテクストのイメージを具体化します。例えば、上昇音型は「期待」や「願い」を、反復低音は「安心」や「確かさ」を象徴的に表すことが多いと考えられます。
  • レチタティーヴォの語り口:レチタティーヴォは説教的な言葉を直接届ける役割を持ち、しばしば装飾を抑えた伴奏(通奏低音のみ)で語られます。ここでの語り口は聴衆に対する直接的な訴えであり、アリアと合唱の間をつなぐ論理的橋渡しをします。
  • テキスチュアル・モチーフの再利用:バッハは短い動機やリズムを曲全体で繰り返し用いることで統一感を創出します。詩篇のフレーズに結びつけられた動機が、アリアやコラールにモティーフとして現れることで、作品の神学的・音楽的主題が一貫して伝わります。

和声と対位法の使い方

バッハのカンタータに見られる特徴として、和声進行の意外性と対位法的重層が挙げられます。BWV187においても、和声の急激な転調や七度・九度の緊張音の使用が情緒の起伏を作り出し、聴き手の注意をテクストの重要語に向けさせます。対位法は特に合唱部分で効果的に使われ、個々の声部が互いに“待つ”という主題を掛け合うことで、全体としての収束点(神の供給)がより強調されます。

演奏実践上のポイント

  • テンポ設定:冒頭合唱は宣言的でありつつも流動感を失わないテンポが求められます。過度に遅くすると“待つ”が単なる停滞になるため、ほどよいテンポ感で期待感を維持することが重要です。
  • アーティキュレーション:語り口をはっきりさせるために、レチタティーヴォは言葉の明瞭さを第一に。アリアでは器楽と声の対話を活かすため、器楽のフレージングを歌に合わせる柔軟さが必要です。
  • 音色とバランス:合唱とソロのバランスは録音・空間に大きく左右されます。バロック室内楽風の小編成で演奏する場合は、各声部の輪郭が明瞭に出るように配置とダイナミクスに注意が要ります。
  • ピッチと調律:バロックピッチ(A=415Hz前後)や温度の異なる純正・平均律の扱いで色彩が変わります。低めのピッチは温かさを、現代ピッチは明瞭さと張りを与えるため、演出意図に合わせて選択すると良いでしょう。

版とテキスト批判の問題

バッハのカンタータには稿本・写本の差異や、後世の補筆・改訂が見られる場合があります。BWV187についても、器楽の追加や声部配置の違いが版によって存在することがあるため、史料批判に基づいた演奏(原典版や新バッハ全集などの参照)が推奨されます。演奏家・指揮者は使うスコアがどの版に基づくかを明確にし、プログラムノートなどで聴衆に伝えておくと親切です。

代表的な録音と演奏史的評価

BWV187は大がかりな合唱曲に比べるとレパートリーとしてややマイナーですが、多くの歴史演奏派と現代オーケストラの両方によって録音されています。歴史演奏運動の指揮者(例:ジョン・エリオット・ガーディナー、トーン・リヒェンバッハ、朝比奈隆や鈴木雅明の録音など)が、それぞれの解釈でテクストの内実を浮かび上がらせています。録音を比較する際は、テンポ、アーティキュレーション、器楽編成(モダン楽器か原典の弦・木管か)を注目して聴くと、同じ楽譜から多様な意味が立ち上がることが分かります。

聴きどころ — 深く味わうためのガイド

  • 冒頭合唱:テクストが提示される瞬間の和声進行と声部の絡みを追い、どの声部が主導しているかに耳を傾ける。
  • アリア:オブリガート楽器のフレーズとソロ声部の呼応を聴き分け、テクストの「心象風景」がどう音で表現されているかを考える。
  • レチタティーヴォ:語りの抑揚(アクセント)に注目し、言葉と和声の間にある意味の“隙間”を読む。
  • 終結部(コラールや合唱):礼拝共同体としての応答がどのように音で示されるか、聴衆としての自分がどの位置に置かれるかを感じる。

現代的含意 — 社会と信仰の接点

『ものみな汝を待てり』の主題は、現代社会においても響く普遍性を持ちます。日々の生活と労働、自然と環境、コミュニティの相互依存といったテーマは、バッハが音楽で示した“依存と感謝”の倫理と直結します。音楽を通して“待つ”という態度を内省的に体験することは、現代の速い時間感覚に対する一種の対抗軸ともなり得ます。

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参考文献