バッハ「BWV 228 Fürchte dich nicht(おそるるなかれ、われ汝とあり)」徹底解説:テキスト・構成・演奏解釈

概要

ヨハン・ゼバスティアン・バッハのモテットBWV 228「Fürchte dich nicht, ich bin bei dir(おそるるなかれ、われ汝とあり)」は、合唱音楽の中でも特に深い宗教的慰めと劇的表現に満ちた作品です。二重合唱と通奏低音のために書かれているこのモテットは、バッハのモテット群(BWV 225–231)の一つに数えられ、合唱技法と聖書の言葉を結びつける巧みさが光ります。作曲年代は明確ではないものの、研究者の多くは1720年代から1730年代頃の成立と推定しています(注:正確な成立年は不明)。

テキストと出典

作品のテキストは主に旧約聖書(イザヤ書など)から採られており、「恐れるな、私はあなたと共にいる」「退くな、私はあなたの神である」「私はあなたを強くし、助け、右の義の手であなたを保つ」といった慰めの言葉が中心です。バッハはこれらの短い聖句をつなぎ合わせ、反復や対句を用いて音楽的に説得力のある祈りの流れを作り出しています。

編成と写譜史

編成は二重合唱(2つのSATB)と通奏低音です。史料上は原典楽譜の散逸や複数の写本が存在するため、作品の伝承にはいくつかの段階があり、校訂者によって版が異なる場合があります。現代の演奏・刊行では通奏低音にオルガンやチェロ、さらには低音群(ヴィオローネ、ファゴット等)を用いることが多いですが、歴史的実践に基づく小編成(1声パートにつき1人)での演奏も盛んに行われています。

音楽的特徴と分析

  • 二重合唱の活用:二つの合唱隊を対話的に配置することで、疑似的な対位法的会話や反響効果(アンティフォナ)を作り出しています。特に「恐れるな」という語句の宣言は一方の合唱からもう一方へ応答するように扱われ、慰めの言葉が空間的にも拡がる感覚を与えます。
  • 対位法とホモフォニーの対比:バッハは即興的風味のフーガ的展開と明瞭な和声的合唱の双方を使い分け、テキストの要点ではホモフォニックに力強く言葉を伝え、文節を展開するときには精緻な模倣を用います。この対比が言葉の意味を際立たせます。
  • 語句描写(ワードペインティング):「強くする」「助ける」といった語には強勢や上行・下行の線形が付され、和声的転調やテンポ感の変化で意味を音楽的に形象化します。
  • 簡潔さと凝縮:モテットの形式上、長大なアリアやコラールは用いられず、短く切れ目のある節を連続させることで祈りの緊張と解放を繰り返します。これにより聴衆に直接的な感情的影響を与えます。

構成の特徴(セクションごとの性格)

厳密な“楽章”区分は設けられていないものの、作品は複数の節(セクション)に分かれており、それぞれがテクストの段落に対応します。一般的には冒頭で恐れるなという宣言が提示され、中間で祖語句の繰り返しや拡大解釈が続き、最終部で再び確信に満ちた応答へと戻る形を取ります。音楽語法としてはフーガ的模倣、斉唱的断定、応答的アンサンブルといった要素が有機的に結びついています。

演奏実践上の論点

  • 声の数:歴史的実践楽派の間では「OVPP(one voice per part)」か、複数人で一つのパートをとるかの議論があります。BWV 228のような二重合唱作品は、OVPPで演奏すると対位法の明晰さが際立ち、合唱を複数で行うと豊かな和声と響きの厚みが得られます。どちらが正しいというよりも、目指す音楽表現によって選択されます。
  • 通奏低音の扱い:オルガン一台で通奏を担う方法、チェロやヴィオローネ、ファゴットなどを組み合わせてバスラインを補強する方法があり、低音の色彩が曲全体の性格に大きく影響します。教会音響や合唱のサイズに応じて編成を工夫することが多いです。
  • テンポとデクテーション:テキスト重視のため、言葉の明瞭さを損なわないテンポ設定が重要です。句読点や文節の区切りに応じた呼吸とフレージングが演奏の鍵になります。

受容史と録音

モテットBWV 228は近代以降、多くの指揮者・合唱団によって採り上げられてきました。20世紀半ば以降の歴史的奏法復興の流れで、比較的小編成・器楽補強の異なるアプローチによる録音が蓄積され、作品の多様な表情が聞き比べられるようになりました。代表的な録音では、伝統的な大合唱編成のものから、イングリッシュ・バロック系のクリアなテクスチャを重視する演奏、さらにはOVPPを用いた演奏まで幅広く存在します。

解釈上の注目点

演奏者・聴衆それぞれが注目すべき点は以下の通りです。

  • 言葉の意味を如何に音楽で“語る”か:短い聖句の反復と展開を、単なる装飾ではなく意味の深掘りとして扱うこと。
  • 二重合唱の空間性:左右に分かれた合唱が作る対話や反響効果を活かし、心理的な安心感や神の臨在を描くこと。
  • 和声進行と不協和の処理:バッハは慰めの語句に微妙な不協和や解決を織り込み、信仰の確信が得られる過程を音楽的に示します。ここをどのように緊張から解放へ導くかが演奏の肝です。

現代的な聴きどころ

今日のリスナーにとってBWV 228は、宗教的背景を知らなくとも心に響く音楽です。短いフレーズの中に込められた確信、反復による祈りの深化、対位法の清澄さは聴覚的にも強い満足感を与えます。宗教的慰めを必要とする現代において、この作品のメッセージは時代を超えて共感を呼びます。

まとめ

「Fürchte dich nicht, ich bin bei dir」BWV 228は、バッハのモテットの中で短くも濃密な表現を持つ名作です。二重合唱と通奏低音の編成を活かし、聖書の言葉を凝縮した音楽言語で表出するこの作品は、演奏の解釈に多様性を許しつつも、聞く者に直接的な慰めと精神的な確信を与えます。演奏者はテキストの意味を深く理解し、音楽的ディテールを通してその意味を伝えることが求められます。歴史的実践の選択肢が多い作品であるため、複数の録音を比較して聴くことも大きな学びとなるでしょう。

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参考文献