バッハ(疑作):BWV246 ルカ受難曲 ― 真贋と音楽的特徴を読み解く
はじめに:BWV246とは何か
BWV246として編号されている「ルカ受難曲(Lukas-Passion)」は、かつてヨハン・セバスティアン・バッハ(J.S.バッハ)の作と考えられた受難曲の一つです。しかし現在の音楽学では、作曲者はバッハではないとする見解が定着しており、作者不詳の作品(疑作)として扱われています。本稿では、史料の来歴、楽曲の音楽的特徴、バッハの正典作品との比較、上演・録音の現状、解釈上のポイントを整理して解説します。
概要:作品の内容と編成
ルカ受難曲は、福音書ルカによる受難物語(イエスの裁判から十字架につけられるまで)を中心に据えた宗教曲です。一般的な受難曲の体裁を踏襲し、福音史家(エヴァンゲリスト)による語り(テノールのレチタティーヴォ)、キリスト役(バス)や群衆、群唱(合唱)、アリア、コラール(讃美歌)などが用いられます。通奏低音(チェンバロ、チェロ、コントラバス等)を伴う編成で、合唱と独唱の対話を中心とした構成をとる点は、バッハの本来の受難曲(マタイ受難曲BWV244、ヨハネ受難曲BWV245)と共通します。
真贋問題:史料と研究の経緯
BWV246が一時期バッハ作品として扱われた理由は、18世紀後半から19世紀にかけての目録や写本の記載に起因します。しかし、19世紀以降の楽譜学・様式分析により、作曲技法や和声・対位法の水準、語法がJ.S.バッハの成熟した作風と一致しないことが明らかになりました。さらに、現存する写本資料の筆跡や写譜の系譜を辿ると、バッハの自筆や直系の弟子による正統な伝本とは結びつかない点が指摘されています。
結論として、現在では多くの研究者がBWV246をバッハの自作とは認めておらず、BWVカタログ上も「疑作(spurious)」または「作者不詳」として注記されています。作曲者についてはいくつかの候補が学説として提示されたこともありますが、決定的な証拠は見つかっていません。
楽曲の音楽的特徴
ルカ受難曲BWV246のスタイルを概観すると、以下のような特徴が観察されます。
- 旋律の語り口はシンプルで、バッハ晩年の複雑な対位法や高度な和声進行が比較的少ない。
- 合唱の扱いは場面に応じた応答様式が多く、群衆(turba)の場面などで効果を上げるが、バッハの大規模コラールや合唱合奏のポリフォニーとは質が異なる。
- アリアは感情表現を目的とした短めの形式が多く、伴奏器楽の装飾や独立した器楽間奏が控えめである。
- コラール(讃美歌)引用がはっきりと構造を支えているものの、バッハが典型的に示す和声的・対位的な拡張が少ない。
これらの特徴は、作品の作曲時期がバッハの成熟期とは異なるか、あるいは別の作曲家による地域的・世代的な文脈を反映していることを示唆します。
バッハの本来の受難曲との比較
正典とされるマタイ受難曲(BWV244)やヨハネ受難曲(BWV245)と比較すると、次の相違点がしばしば指摘されます。
- 規模と対位法の洗練度:マタイ受難曲は大規模な合唱・オーケストレーションと高度な対位法を特徴とする。一方BWV246はより簡潔で、対位法的複雑性が低い。
- モチーフの統一性:バッハはモチーフの再利用や主題的統一を巧みに用いるが、BWV246ではそのような組織的手法が弱い。
- 音語とテキスト設定:バッハは語語(ワードペインティング)を精緻に行うことで知られるが、BWV246では語と音楽の結びつきの精度がやや低い。
これらの違いが、本作をバッハ作品から切り離す根拠の一部となっています。
上演・録音史と現代の受容
BWV246は、学術的・史料的興味からときおり演奏・録音の対象となりますが、バッハ正典の主要受難曲と比べると上演頻度はかなり低いです。近現代の録音では、「疑作・周辺作品の集成」として他の疑作群や断片作品とともに収録されるケースが多く、一般のコンサートレパートリーにはほとんど入っていません。
しかし、作品が伝える受難物語の劇的効果や宗教的感情表現は、演奏者にとって興味深い解釈の素材を提供します。史料的背景を明示した上での演奏は、聴衆にとってもバッハ周辺の音楽文化を理解する手がかりになります。
楽譜・校訂と研究資料
現存する資料は写本に依存しており、近年の研究校訂では写本の比較・筆跡分析・様式比較が行われています。研究者は作品を単独で分析するだけでなく、同時代の他作や地域的写本群との比較を通じて作曲の由来を探っています。演奏用に使われる楽譜は大抵、写譜のヴァリエーションを注記した校訂版に基づくことが多いです。
演奏・解釈のポイント
BWV246を演奏する際の実務的な注意点は以下の通りです。
- 史料に基づくテンポとフレージング:疑作であることを明示した上で、当時の受難曲慣習(レチタティーヴォの語りの明瞭さ、合唱の強弱法)を尊重する。
- 合唱と独唱のバランス:合唱が物語の群衆や神学的コメントを担う箇所があるため、テクスチャーを明確にすることが重要。
- 器楽伴奏の扱い:通奏低音の刻みやアンサンブルの透明度を確保し、歌詞の聴取性を優先する。
- 表現上の説得力:バッハの他作品の様式を模倣するというより、作品固有の語法を見つけて自然体で表現することが誠実なアプローチとなる。
まとめ:史料学と演奏実践の交差点
BWV246ルカ受難曲は、音楽史的には「バッハの周辺」を理解するための興味深いケーススタディです。真贋論争によりバッハ作品群からは切り離されていますが、それ自体が持つ受難曲としての構造・表現には研究・演奏の価値があります。重要なのは、史料学的事実を明確にした上で音楽としてどう説得力を持たせるかという点であり、学術的検証と演奏実践の両面からのアプローチが望まれます。
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参考文献
- Luke Passion (BWV 246) — Wikipedia (英語)
- Luke Passion, BWV 246 — IMSLP (楽譜と注記)
- Bach Digital — Bach-Archiv Leipzig(各作品のデータベース)
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