バッハBWV553–560入門:8つの小前奏曲とフーガの歴史・作風・実践ガイド
はじめに — 8つの小前奏曲とフーガとは
BWV553–560として番号付けされる「8つの小前奏曲とフーガ」は、簡潔で親しみやすいヴィルトゥオーゾ的要素を含まない小品群として、オルガンや鍵盤の学習教材として長く親しまれてきました。現在は作曲者帰属について議論があり、歴史的にはヨハン・セバスティアン・バッハの作品として扱われてきたものの、現代の研究ではバッハの弟子やその周辺の作曲家による可能性が高いと考えられています。本稿では、史料と研究の状況、曲の音楽的特徴、演奏・解釈上のポイント、教学的意義まで幅広く掘り下げます。
史料と帰属問題:どのようにBWVに組み込まれたか
これらの小曲群は18世紀の写譜群の中に見出され、19世紀以降にバッハ作品として広く流布しました。しかし写譜の筆者や伝来経路が複数あり、原典と見なせる自筆譜は存在しません。こうした事情から、20世紀後半以降の音楽学では「帰属疑問」という立場が主流になりました。具体的には、作風の簡潔さや対位法の処理がバッハの成熟したコラール前奏曲やフーガに比べて単純であり、教育目的の作品群であった可能性が指摘されています。
作風と構成の特徴
8つの小前奏曲とフーガに共通する特徴は次の通りです。
- 短い前奏(Prelude)と短いフーガ(Fugue)からなる二部構成が基本で、各曲とも練習目的に適した時間・技術水準となっている。
- 対位感は明確だが複雑さは控えめで、対位法的技巧よりも和声進行や簡潔な主題処理が中心。
- 主題(フーガの主題)は短く覚えやすい形で提示され、エピソードは比較的短い。
- 手鍵盤主体で演奏可能なものが多く、ペダルの使用は限定的または任意であることが多い。
なぜバッハではないかもしれないのか:音楽学的根拠
主要な根拠は作風の違いと写譜の伝来史です。バッハの他の鍵盤作品(平均律、インヴェンション、コラール前奏曲など)と比べると、動機の発展や対位の洗練度に差が見られます。また、これらの曲群を伝える写本がバッハ本人の筆跡ではなく弟子や周辺の楽員の手によること、別の作曲家の作品群と同じ写本に混在していることも、別作曲者の可能性を支持します。ただし、教育的伝統の中でバッハ自身の様式を模倣した可能性もあり、単純に「贋作」と断定はできません。
楽曲ごとの聴きどころ(概観)
各曲について詳細な分析を行う際、以下のような点に注目すると理解が深まります。
- 前奏:短い導入的パッセージの中で和音進行や伴奏形がどのようにテーマへ導くか。
- フーガ:主題の形(跳躍中心/階段状)、応答の形(正格応答/転調を伴う応答)、エピソードでの伴奏パターンの変化。
- 声部数:二声主体か三声的処理かによって演奏上の配慮が変わる。
この曲集は各曲とも短いため、フーガの展開が凝縮されています。主題が提示された後の転調部や、再現に至るまでの処理を追うことで作者の対位感覚や和声感覚を評価できます。
演奏上の実践的アドバイス
演奏する際のポイントを実務的にまとめます。
- 楽器選定:オルガン、チェンバロ、ピアノのいずれでも演奏されます。オルガンでは軽めの登録(単一マニュアルまたはソロ登録)がおすすめ。チェンバロやピアノでは音色の明瞭さと平均律的な調整が生きます。
- テンポと呼吸:短い構造なのでテンポは明瞭さ優先で。フーガでは主題の輪郭が明瞭になるテンポを選ぶ。
- アーティキュレーション:フーガでは声部ごとの独立性を意識して、短いフレーズごとにニュアンスをつける。前奏はより連続的な線を保つ。
- 装飾と実音:過度なロマン的装飾は避け、18世紀鍵盤奏法に準じた穏やかなアクセントや短いトリル程度に留めるのが無難。
- ペダルの使い方:多くの曲でペダルは必須ではない。オルガンで奏する場合も、低声部の音色の補強程度に留め、対位法の明瞭さを損なわないようにする。
教育的価値とレパートリーとしての位置付け
これらの小品は学習者にとって実践的価値が高く、以下の点で重宝されます。
- 対位法入門:短いフーガ構造を通して主題と応答、カノンや模倣技法の基礎を学べる。
- 鍵盤独立の訓練:手の独立性やアーティキュレーションの違いを小規模な素材で練習できる。
- 曲の完結性:短時間で曲の構造を把握できるため、学習者のモチベーション維持に効果的。
版と資料:どの楽譜を選ぶか
原典写本が不確定なため、現代の主要な出版は校訂を施した版や教育用の簡易版が複数あります。代表的にはパブリックドメインの写本系譜を基にした校訂版、並びに学校教材として手を加えた編集版があります。研究目的であれば、写本の比較を示す批判校訂(Neue Bach-Ausgabeや学術的校訂)を参照するとよいでしょう。一般には、信頼できる出版社の校訂版を基に演奏解釈を行い、必要に応じて写本原典に当たるのが望ましいです。
現代の受容と録音・演奏の傾向
近年は歴史的演奏法の影響でチェンバロや古楽オルガンによる演奏が増え、原典に近い音色や装飾で演奏されることが多くなっています。一方でピアノでの録音やアレンジも普及しており、教育現場では楽器を問わずレパートリーとして定着しています。録音を聴く際は、編曲や登録(オルガン)により曲の印象が大きく変わる点に注意してください。
まとめ:短さの中にある教育的・音楽的厚み
BWV553–560の「8つの小前奏曲とフーガ」は、一見すると単純な小品群ですが、対位法の基本やバロック鍵盤音楽の表現法を学ぶうえで非常に有用です。著者帰属の問題は音楽史的興味をそそるテーマでもあり、楽曲そのものの価値は変わりません。演奏者は史料事情を踏まえて解釈の幅を持たせつつ、短い形式の中で如何に主題を際立たせ、対位の明瞭さを保つかに注意を払うとよいでしょう。
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参考文献
- Wikipedia: Eight Little Preludes and Fugues (BWV 553–560)
- IMSLP: Scores for Eight Little Preludes and Fugues BWV 553–560
- Bach Digital (総合データベース、写本情報等の参照に便利)
- Bach-Archiv Leipzig: Neue Bach-Ausgabe(NB: 学術的校訂版に関する情報)
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