【徹底解説】バッハ BWV565『トッカータとフーガ ニ短調』 — 歴史・分析・論争・演奏ガイド

はじめに:BWV565が持つ不朽の魅力

『トッカータとフーガ ニ短調 BWV565』は、ひとたびオルガンの音が鳴り始めると聴衆を一瞬で惹きつける、劇的で印象的な作品です。映画やメディアで幅広く用いられてきたため、クラシック音楽に親しみの薄い層にも最もよく知られた〈バッハ〉作品の一つになっています。しかし同時に、この曲をめぐっては作曲者帰属や成立時期、楽器・編曲に関する議論が長年続いており、音楽学的にも興味深い対象でもあります。本稿では、史料・様式・演奏・影響という観点からBWV565を詳しく掘り下げます。

成立と史料:何がわかっているか

まず確かなことは、BWV565は伝統的にヨハン・ゼバスティアン・バッハの作品として伝えられてきたこと、そして楽器表示上はオルガンのための作品であることです。とはいえバッハの自筆譜(自筆譜=アトグラフ)は現存しておらず、現存する写譜群はいずれも作曲者本人によるものではありません。これが帰属問題の出発点です。

現存する写譜は18世紀〜19世紀にかけての複数の写本や、後世の楽譜出版物に基づいており、写譜者や初出の版には年代差・写譜上の差異が見られます。つまり曲の伝承経路が複雑であり、様式的・文献学的な検討が必要になります。

様式的特徴と音楽的分析(トッカータ)

冒頭のトッカータ部分は、短いが非常に印象的な導入を持ちます。単旋律風の派手なパッセージ(ラン、トリル的な装飾)と、大胆な和音打鍵やオクターブ音型が交互に現れる構成で、聴覚的なインパクトを重視した書法です。低音のペダルと対照的な高音の飛躍、そして急激な音域移動が場面の劇性を作り出しています。

和声面では短調を基盤にしながらも、古典的なバロックの機能和声を用いつつ、装飾的かつ即興的な性格が前面に出ることが特徴です。トッカータは本来的に即興風の虚飾(ヴィルトゥオーゾ的な技巧)を示すジャンルであり、本作もその伝統に沿った〈ショーケース〉的側面を持ちます。

様式的特徴と音楽的分析(フーガ)

フーガ部分は比較的簡潔な主題(テーマ)を持ち、それが対位法的に展開されます。主題自体は鮮明で覚えやすく、エピソードを挟みながら再現・転調を行い、最終的なクライマックスへと向かいます。対位法の処理は機能的ではありますが、一部において古典的なバッハのフーガに比べて簡潔で平易に感じられる箇所があり、これが帰属論争の根拠の一つになっています。

また、フーガの終結部(コーダ)における力強い和音連鎖と手足の総合的な技巧の使用は、聴覚的な頂点を作り出すと同時に演奏の難所でもあります。

作曲者帰属をめぐる議論

BWV565の作曲者帰属をめぐる議論は音楽学の重要なトピックです。伝統的にはバッハ作曲とされてきましたが、20世紀後半から一部の学者が様式的・文献学的観点から疑義を提出しました。主な論点は以下の通りです。

  • 自筆譜が存在しない点と、写譜群の年代差による伝承の曖昧さ。
  • トッカータ部のヴァイオリン的・独奏的な書法(急速な単旋律進行や左手を伴わない技巧)が、オルガン独奏曲としてはやや異色である点。
  • フーガの対位法的厳密さや和声語法が、バッハ中期〜晩年のフーガと比べ簡潔・単純に見える点。

これらを根拠に、ある研究者は本作がバッハの作ではない可能性を指摘してきました(議論の中心的な人物として名前が挙がる学者もいますが、研究史は継続的で意見も分かれています)。一方で、作品の伝統的な人気と広範な受容を重視し、バッハ帰属を支持する意見も一定数あります。総じて、学界でも完全な合意は得られていません。

演奏・登録(レジストレーション)と実践的留意点

BWV565は演奏ごとに大きく表情を変えうる作品です。19世紀以降のロマン派的オルガンやコンサート用のパイプオルガンで演奏されることが多く、強烈なフルオルガンの使用によって非常に劇的な効果が生まれます。一方で、バロック期の間隔とストップ数の少ないオルガン環境を想定した歴史的演奏法に基づく解釈では、より明晰で対位法を重視した表現が試みられます。

  • レガートとストッカートの使い分け:トッカータの速いパッセージは明確なアーティキュレーションが不可欠。
  • ペダルの扱い:ペダル独立のラインを如何に明瞭に保つかが要(特にフーガの主題提示時)。
  • テンポ選択:過度に速いテンポは音型の不明瞭化を招き、遅すぎると劇性が薄れるためバランスが重要。
  • 現代楽器でのダイナミクス:ロマン派オルガンの表現力を活かすか、バロック的な均衡を目指すかで解釈は分かれる。

編曲・編成の広がりとポピュラー化

BWV565はオルガン原曲以外にも多数の編曲が存在します。代表的なものとして、レオポルド・ストコフスキー(Leopold Stokowski)がオーケストラ編曲を行い、映画・アニメーション作品『ファンタジア』(1940年)で用いたことにより、さらに広範な一般層への浸透を果たしました。その他、ピアノやオーケストラ、ギター、吹奏楽への編曲も多く、いずれも原曲の劇的要素を強調する傾向があります。

受容史:なぜこれほど有名になったのか

BWV565の魅力は、短い時間で強烈な音響的印象を与える点にあります。劇場的・映像的な効果を持つため、映画やテレビ、広告などに使われやすく、ホラーやサスペンスの〈象徴的な音楽〉として定着してきました。さらに19世紀以降のオルガン演奏会文化や録音技術の普及、名演奏家による紹介も人気を後押ししました。

聴きどころと入門者へのガイド

初めてこの曲を深く聴く際のポイント:

  • 冒頭の一音一音のリズムと音色(レジストレーション)に注目する。特に低音の持続音と高音の動きの対比。
  • フーガ主題が提示されるたびに、どの声部が主題を担当しているかを追い、対位法の絡みを確認する。
  • 異なる録音(歴史的演奏法に基づくものとロマン派的な大オルガンの録音)を比較して、解釈の違いを体感する。

結論:歴史的謎と音楽的価値

BWV565は作曲者帰属の問題を含めて多くの議論を呼ぶ作品ですが、それは同時にこの曲が音楽学的に刺激的であることの証左でもあります。史料学的・様式分析的検討は今後も続くでしょうが、音楽としての説得力や聴覚的インパクトは今日でも色あせていません。演奏史を通じて多様な解釈が生まれてきたこと自体が、本作の豊かさを示しています。

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参考文献