バッハ:BWV 906 幻想曲とフーガ ハ短調——未完のフーガが示す即興性と対位法の交差

作品概要

J.S.バッハの鍵盤作品 BWV 906「幻想曲とフーガ ハ短調」は、幻想曲(Fantasia)とフーガ(Fugue)からなる二楽章構成の小品です。作曲年については確定していませんが、1720年代後半から1730年代前半の作品群と様式的に近いとされ、原自筆譜は現存せず、写譜によって伝わっています。演奏はチェンバロやクラヴィコード、そして近代のピアノでも行われますが、当時の即興的な性格を考慮すると歴史的奏法の知見が演奏に有益です。

楽曲の構造と音楽的特徴

BWV 906 は二つの部分に特徴的な対照があります。幻想曲は自由で即興的、しばしばトッカータやリチェルカーレ風の素材が混在するタイプの楽想をもっています。一方、フーガは主題を明確に提示し、対位法的な展開へと進みますが、重要な点は現存する写譜ではフーガが未完に終わっていることです。フーガの断片性は、作品全体に謎めいた魅力と想像の余地を与えています。

幻想曲(Fantasia)の分析

  • 形式と語法:自由形式で、即興的な前奏風のパッセージ、アルペジオ、対位法的なフレーズが交互に現れます。短い模倣やシークエンスが幻想曲の流れを構築し、緊張と解放が随所にある点が特徴です。
  • 調性と言語:ハ短調という調性はバロック期においてしばしば悲愴さや劇的表現に用いられます。和声は典型的なバロック的進行に加え、短いクロマティックな動きや転調の瞬間が効果的に使われます。
  • 奏法上の留意点:トランジェントやアーティキュレーションに即興的な自由を残すこと、装飾音の解釈(スキルや慣習に基づく)を演奏者が検討することが重要です。チェンバロ演奏では音色の変化や指使いが、ピアノ演奏ではペダリングとタッチの使い分けが表現を左右します。

フーガ(Fugue)の分析 — 未完の問題

フーガは明確な主題提示に始まり、模倣と転調を繰り返しながら発展します。ただし、現存する資料では途中で途切れており、結尾まで到達していません。この未完性は二通りの影響を与えます。ひとつは、作品が本来の意図を完全には示していないという学術的問題。もうひとつは、演奏史・編集史において補筆や完成版が試みられてきたという実践的問題です。

多くの現代版や録音は、原典の断片をそのまま演奏するか、あるいは学者や奏者が補筆した版を用いるかのどちらかです。補筆は対位法の常識とバッハの語法への理解に基づく推測に依拠しますが、どの完成案もオリジナルの意図を厳密に再現する保証はありません。

作曲時期と成立背景

BWV 906 の成立年代には諸説ありますが、一般にはバッハがライプツィヒで活躍していた1720年代末から1730年代の作品群と様式的に関連づけられることが多いです。鍵盤作品群(特に自由形式の幻想曲やトッカータ)では、バッハは即興性と厳格な対位法を同一楽曲内で融合させる手法を多用しました。本作もその系譜に連なり、自由と規則の緊張関係を示しています。

演奏と解釈のポイント

  • 楽器選択:チェンバロやクラヴィコードでの演奏は、バロック期の音色と即興性を再現する上で有利です。一方ピアノはダイナミクスの幅を活かした表現が可能で、現代的な解釈として支持されています。
  • テンポとフレージング:幻想曲の即興的性格を尊重し、各フレーズの呼吸を大切にすること。フーガでは主題の輪郭を明確にし、対位線をバランスよく浮き立たせることが求められます。
  • 装飾とルバート:装飾音の処理は史実に根ざした解釈が望ましく、過度なルバートはバッハの語法を損なう恐れがあるため慎重に。
  • 未完のフーガへの対応:断片をそのまま演奏して作品の謎を残す方法と、補筆版を用いて完結させる方法がある。演奏者は意図を明示する(補筆を用いる場合はプログラムノート等で説明する)べきでしょう。

比較と位置づけ

BWV 906 は、バッハの幻想曲群(例:BWV 903 やトッカータ風作品群)と比較することでその独自性が見えてきます。幻想曲部の自由な語法とフーガの対位法的な厳格さが並置される点は、バッハが異なる様式を同一作品で融合させる能力を示しています。また、未完のフーガという点で、作曲過程や手稿史の研究対象としても興味深い作品です。

聴取のための提案

  • 原典に忠実な演奏(チェンバロ)と現代的解釈(ピアノ)を聴き比べ、音色・アーティキュレーションの違いを味わう。
  • 補筆版と原典断片の対比を行い、編集者の判断が音楽に与える影響を考察する。
  • 同時代のバッハ作品(幻想曲やトッカータ、平均律のプレリュード等)と並べて聴くことで、作風の連続性を確認する。

まとめ

BWV 906 は、バッハの鍵盤作品の中でも自由と規律、即興と対位法が交差する小品です。幻想曲の即興性と未完のフーガが作曲史的・演奏史的な興味を引き、演奏者には解釈上の自由と責任を同時に要求します。本作を通じて、バッハがいかに多様な語法を駆使していたかを改めて感じ取ることができるでしょう。

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参考文献