バッハ:BWV995 組曲 ト短調 — ルート/ラウテのための編曲とその演奏論
BWV 995 組曲 ト短調 — 概要と位置づけ
J.S.バッハのBWV 995は一般に「組曲 ト短調(Lute Suite in G minor)」として知られる作品で、ルート(lute)またはラウテンヴェルク(lautenwerk=ルート音色を模したチェンバロ)向けに編曲されたものと考えられています。成立年代は確定していませんが、研究者の多くは1720年代から1730年代のいずれか、あるいはそれに近い時期に成立したと推測しています。作品はバロックの舞曲様式に従い、前奏曲(Prelude)を中心とした典型的な組曲構成をもっています。
出自と編曲の問題 — 原曲との関係
BWV 995は、元来チェロ組曲第5番(BWV 1011、ハ短調)との関連が指摘されてきました。具体的には、BWV 1011の素材をBach自身またはその周辺がルート/ラウテンヴェルク向けに編曲し、調性をト短調に移したものとする見解が広く受け入れられています。ただし、完全に一致するわけではなく、旋律・和声・舞曲部分における小さな改変やルートのための再配列が施されていることが特徴です。
自筆譜の有無や成立過程については未解決の点が残ります。自筆の原稿が存在するかどうかについては研究で諸説ありますが、現存する写本群や後世の写譜に基づいて復元・演奏が行われてきました。ラウテンヴェルクやルートのための書き換えは当時のバロック作曲家にとって一般的な作業であり、同じ素材を異なる楽器に適応することで音色や奏法に即した表現が生まれます。
楽曲構成(楽章一覧)
一般的な版における楽章の配列は以下のとおりです。これは舞曲組曲の伝統的流れを踏襲しています。
- Prelude(前奏曲)
- Allemande(アルマンド)
- Courante(クーラント)
- Sarabande(サラバンド)
- Bourrée I & II(ブーレー)
- Gigue(ジーグ)
プレリュードは自由な即興風の色彩を持ち、和音連続や分散和音を用いながら導入的役割を果たします。アルマンドは4/4あるいは2/2拍子で落ち着いた歩み、クーラントは拍節感の明瞭な躍動、サラバンドは重心の置かれ方(第2拍の強調)による内省的表情が特徴です。ブーレーは軽快な二拍子の舞曲対、ジーグはフィドル由来の跳躍や対位法的要素を含みます。
音楽的特徴と和声処理
BWV 995では、ルートの特色を活かしたアルペジオや分散和音が多用され、チェロでの長い持続音や旋律線を、ポリフォニックに再分配して表現する工夫が見られます。調性がト短調に取られていることにより、情緒は暗く緊張感を帯び、サラバンドやプレリュードの内面的表現が際立ちます。バッハの和声語法はここでも遺憾なく発揮され、転調や代理和音、装飾的なアプローチが巧みに配されます。
演奏上の留意点(ルート/ラウテンヴェルク vs ギター)
BWV 995を演奏する際、奏者は使用楽器によってアプローチを変える必要があります。ルート(古典ルート)やラウテンヴェルクは鍵盤的/撥弦的特性が異なり、サステイン(音の持続)や音色の変化がチェロとは性質を異にします。特にルートは弦の共鳴や左手のポジション移動が表現に直結するため、和声の内声を明確にする指使いと音量バランスの調整が重要です。
近現代ではクラシックギターへの編曲・演奏も盛んです。ギターはルートと比べテンションや持続感が異なるため、トーンの均衡や装飾の再配置、ポジションの工夫を要します。ギター版ではプレリュードの和声感を保ちながらも、歌わせるラインをどのように引き出すかが演奏上の鍵になります。
解釈の幅と歴史的演奏実践
近年の古楽運動の発展により、古楽(ヒストリカル)奏法に基づく解釈が増え、ラウテンヴェルクや古ルートの音色に近い演奏が多く聴かれるようになりました。一方で、ギターや現代撥弦楽器による演奏は独自の音楽性を築き、両者が共存しています。演奏の際は、装飾(上行・下行のトリル、イングレスなど)やテンポの扱い、フレージングでバロック的な語法を如何に反映するかが議論されます。
代表的録音と演奏者(参考)
BWV 995はルート奏者やギタリストにより数多く録音されています。古楽系ではHopkinson Smith、Paul O'Dette、Jakob Lindberg、Nigel Northらの録音が知られ、クラシックギター界ではJulian BreamやJohn Williamsがバッハのルート作品の編曲・演奏で高い評価を得ています。各録音は楽器構成や音色、テンポ感に差異があり、比較して聴くことで作品の多面的な魅力を発見できます。
奏法上の具体的ポイント(短い実践ガイド)
- 低音の輪郭を意識して和声構造を明示する。ルートでは開放弦の共鳴を利用する。
- プレリュードは即興的要素を残しつつ、和声の流れに沿ったアーティキュレーションをつける。
- サラバンドでは第2拍の重みを持たせ、息のあるフレージングを心がける。
- ブーレーやジーグではリズムの明瞭さと舞曲的な軽やかさを両立させる。
楽曲が持つ現代的意義
BWV 995は、バッハが自らの音楽素材を自在に再編し、異なる音色や楽器に適応させる技巧と思想を示す好例です。編曲という行為を通して、同一の音楽素材が異なる表情を獲得することを示しており、演奏家や編曲家にとって学びの多いレパートリーとなっています。また、古楽復興の文脈でルートやラウテンヴェルクの音楽文化を再評価する契機ともなりました。
楽譜と版について
現代の楽譜は写本と研究版に基づく校訂版が中心で、奏者のニーズに応じたフレット配置やフィンガリング、装飾記号の提示がなされています。原典版や権威ある編集(Bärenreiter、Henleなど)を参照することで、より史実に即した解釈を組み立てることが可能です。
まとめ — BWV 995 を聴き、演奏するために
BWV 995は短調の深い情感と舞曲的構造を併せ持つ作品であり、編曲による楽器適応の妙を楽しめるレパートリーです。ルートやラウテンヴェルク、あるいはギターで演奏されるたびに異なる音色と演奏観が提示されます。初めて聴く人も、演奏に取り組む人も、原曲との比較、版の違い、歴史的奏法の検討を通じて作品の全体像を深めることができるでしょう。
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参考文献
- IMSLP: Suite in G minor, BWV 995 (score and sources)
- Bach Cantatas Website: BWV 995
- AllMusic: Suite for Lute in G minor, BWV 995
- Wikipedia: Lute Suite in G minor, BWV 995
- Bach Digital (general resource)
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