バッハ:パルティータ第2番 BWV1004(ニ短調) — 無伴奏ヴァイオリンと《シャコンヌ》の深淵
序論 — 一つの作品に宿る万象
ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV1004」は、ソロ楽器曲の中でも特異な輝きを放つ作品です。全曲を通して深い宗教的・抒情的な表現を持ち、特に終曲の《シャコンヌ(チaconne)》はヴァイオリン音楽の頂点として頻繁に言及されます。本稿では、作曲史的背景、楽曲構成、演奏上の課題、楽曲が現代に与えた影響などを総合的に概説し、音楽愛好家や演奏家にとっての理解を深める一助とします。
作曲と来歴 — いつ、どこで、何のために
BWV1004を含む無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(BWV1001–1006)は、一般にバッハのコーテン(Köthen)時代(1717–1723)からライプツィヒ初期にかけて成立したと考えられています。正確な成立年は確定していないものの、現存する筆写や研究からおよそ1720年頃にまとめられた可能性が高いとされます(詳細は参考文献参照)。
第2番はニ短調で、伝統的な舞曲形式を基盤にしたパルティータ(組曲)であり、通常はアルマンド(Allemanda)、コレンテ(Corrente)、サラバンド(Sarabanda)、ジーガ(Giga)、そしてチャコンヌ(Ciaccona)という5つの楽章から成ります。最後のチャコンヌのみが単独で演奏されることも多く、独立した芸術作品として扱われてきました。
楽曲構成と形式の概観
各楽章の性格は次の通りです。
- Allemanda:落ち着いた4分の4拍子、対位法的処理や装飾が豊富。
- Corrente:軽快な3拍子または流れるような3連的推進を持つ舞曲。
- Sarabanda:遅めの3拍子、深い抒情性と表情が求められる。
- Giga:跳躍と活気に満ちた終結部前の舞曲。
- Ciaccona(シャコンヌ):変奏と発展による大規模な変奏曲。バッハの無伴奏ヴァイオリン曲の中心であり、ダイナミクス、テクスチャ、和声の驚くべき変化を伴う。
シャコンヌの構造と音楽学的意義
シャコンヌはバロックの変奏形式の一つで、通常は低音の反復(バス・オスティナート)に基づく。BWV1004のシャコンヌはニ短調の厳かなトーンから始まり、約250小節前後(版によって異なる)に渡る大作です。一般的な理解は「変奏の連続」である一方、近代の音楽学では以下のような多層的分析も試みられています。
- 和声的/対位法的構築:基礎となるハーモニーを様々に再配置し、時には内声に対位法的な線を生成する。
- 形式的統一:全体を通じて再帰する動機や和声進行があり、単なるバリエーションの寄せ集めではなく、一体性を持つ壮大なソナタ的構造を想起させる。
- 感情と物語性:葬送的、祈り的、あるいは勝利的と解釈される部分が交互に現れ、聴取者に強いドラマを与える。
この曲の解釈史においては、シャコンヌがバッハの私的な悲嘆(例えば妻マリア・バルバラの死を悼むトンの記念)を表したという説など、様々な仮説が唱えられてきましたが、いずれも決定的な史料による立証はなく、学界では慎重な扱いがなされています。
演奏上の技術的・表現的課題
無伴奏という条件は、演奏者にとって和声構築、フレージング、ポリフォニー表現の全てを一手に担うことを意味します。特にBWV1004では以下が大きな課題です。
- ポリフォニーの明確化:単一の旋律楽器で多声部を際立たせるための音価、アクセント、ヴィブラートの使い分け。
- 音色とダイナミクスの設計:19世紀以降の楽器技術や演奏慣習の変化により、歴史的奏法(バロック・ヴァイオリン)と現代奏法の間で音色設計が分かれる。
- テンポと呼吸の選択:特にシャコンヌの長大な流れを統一感を持ってまとめるテンポ感の保持。
- 左手と右手の協働:ポジション移動、和音の処理、弓の配分など、肉体技術の極致を要求する箇所が多い。
これらは単に技巧の問題に留まらず、楽曲全体の解釈(祈りか勝利か、内省か劇性か)を左右します。演奏家ごとに異なる解釈が生まれる理由の大半はここにあります。
版と資料 — どの楽譜を使うか
BWV1004の原典資料は自筆譜が一部伝存し、また当時の筆写譜や後世の校訂版が多数存在します。主要な版には新全集(BGA: Bach-Gesellschaft Ausgabe)以降の改訂版、現代の批判校訂(Neue Bach-Ausgabe, NBA)などがあります。演奏者は校訂による小節の分割、指示の有無、装飾の解釈などに注意して楽譜を選ぶ必要があります。
代表的な録音と解釈の流れ
シャコンヌの名演は多く、20世紀以降の録音史を通じて演奏解釈は大きく変化しました。歴史的演奏観の普及以前は、ロマン派的な大きなアゴーギクや表情を伴う解釈が主流でしたが、1970年代以降はバロック演奏法を取り入れた軽やかな演奏も増えました。代表的名盤としては、ヨーゼフ・シゲティ、イツァーク・パールマン、ナタン・ミルシュテイン、ピーター・シェーファー、ヤッシャ・ハイフェッツ、ヒラリー・ハーン、ズービン・メータではなくヴィルヘルム・コーガンのような録音が多くの聴衆に支持されています(※詳細は参考文献参照)。
受容と影響 — ピアノ編曲や現代音楽への波及
シャコンヌはピアノやオーケストラ、声楽など様々な編成に編曲され、例えばブゾーニのピアノ編曲やヨーゼフ・ホフマン、ヨハネス・ブラームスの引用など多彩な影響を与えました。20世紀以降は現代作曲家がシャコンヌの要素を借用して新作を生んだり、録音・演奏を通じて多くの作曲家や演奏家にとっての指標となっています。
結語 — 聴くこと、弾くことの永続的課題
パルティータ第2番BWV1004は、演奏者と聴衆の双方に対して深い問いを突きつけます。なぜこの曲が何世紀にもわたって人々の心を捉え続けるのか。それは楽曲が持つ形式的厳格さと感情の豊かさ、技術と精神の結合にほかなりません。演奏においては、歴史的背景や楽譜批判、個人的な解釈が折り重なり、作品の新しい側面が常に発見されます。
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参考文献
- Bach Digital — Partita No.2 in D minor, BWV1004
- IMSLP — Partita no.2, BWV1004(スコア)
- Britannica — Chaconne
- Bach-Cantatas.com — BWV1004 解説
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