バッハ:BWV1008 無伴奏チェロ組曲第2番 ニ短調 — 構造・演奏・解釈の深読み
概観
ヨハン・ゼバスティアン・バッハの無伴奏チェロ組曲第2番ニ短調 BWV 1008 は、チェロ独奏のレパートリーにおける金字塔のひとつです。6つの無伴奏チェロ組曲(BWV 1007–1012)のうち第2番は、その陰影の深さとダンス形式に基づく構成、そして技巧的かつ表現的な要求の高さから、多くの演奏家や聴衆に強い印象を残してきました。本稿では史料的背景、各楽章の特色、演奏と解釈の諸問題、練習上の留意点、そして現代における受容について詳述します。
史料と成立事情
無伴奏チェロ組曲の正確な成立年は明らかではないものの、全般として18世紀初頭から中盤にかけて作曲されたと考えられています。これらの組曲の原稿(自筆譜)は現存しておらず、主要な一次資料としてはアンナ・マグダレーナ・バッハ(J.S.バッハの2度目の妻)らによる写譜や、当時の弟子・同時代人による複数の写本が知られています。したがって細部の起源や初期の演奏実態には未解決の問題が残りますが、現在の通用番号であるBWV(Bach-Werke-Verzeichnis)はハインリヒ・シュミーダーによる分類に基づくもので、第2番はBWV 1008と定められています。
楽曲の構成と音楽的特徴
伝統的なバロックの組曲形式に従い、BWV 1008 は次の順で構成されます:プレリュード(Prelude)、アラマンデ(Allemande)、クーラント(Courante)、サラバンド(Sarabande)、ブーレ(Bourrées I & II)、ジーグ(Gigue)。各舞曲はバロックの舞曲的特性を保ちながら、チェロという単一楽器で如何に多声的、和声的充実を達成するかが工夫されています。
- プレリュード:アルペジオや分散和音で始まる前奏曲は、和声進行を明快に示しつつ、独奏チェロでの音域操作や連続的な弓使いを要求します。ニ短調の落ち着いた緊張感と推進力が特徴です。
- アラマンデ:穏やかで流れるような4分の4拍子。装飾や連結音の扱いが演奏表現の鍵になります。
- クーラント:跳躍やリズム変化を伴う対位的な要素を持ち、場面により軽快さと内省が交錯します(フランス式/イタリア式のクーラントの差異を意識すると解釈の幅が広がります)。
- サラバンド:重心が第2拍に置かれるゆったりとした舞曲。和声の深まりと表情の濃淡が要求され、チェロの歌唱性が問われる重要な楽章です。
- ブーレ I & II:対照的な短い舞曲の組み合わせ。テンポ感とフレージングの違いによって二部の対話性が生まれます。
- ジーグ:通常は活発で終結感の強い楽章。対位法的な要素や跳躍が多く、技巧と構成感が最後を締めくくります。
演奏史と主要解釈
無伴奏チェロ組曲は19世紀末から20世紀前半にかけてパブロ・カザルス(Pablo Casals)によって再発見され、演奏・録音によって世界的な注目を集めるようになりました。カザルスは自身の個人的な音楽観と技術でこれらの作品を今に伝え、以後、多くのチェリストがこれをレパートリーの柱として取り上げています。
20世紀後半からは歴史的演奏法(HIP: Historically Informed Performance)の潮流も影響し、アナー・ビルスマ(Anner Bylsma)らによる古楽器/ガット弦を用いた解釈が注目を浴びました。対して現代的な楽器(モダン・チェロ、スチール弦、モダンボウ)での深い深情緒的解釈を行う演奏家も多く、テンポ、ビブラート、装飾の取り扱いで幅広いアプローチが存在します。
解釈上の論点
BWV 1008 の演奏における主要な論点は以下の通りです:
- テンポ設定:舞曲ごとの拍子感をどう保ちながら、全体の流れを作るか。
- 装飾とイン・テンポの扱い:オリジナル写譜が限定的であるため、装飾の付与は演奏家の判断に委ねられる部分が大きい。
- ヴィブラートとフレージング:バロック的禁欲さとロマン的表現のどちらに寄せるかで作品の印象は大きく変わる。
- 多声感の提示:単旋律楽器で和声的な背景をどのように提示するか(分散和音、持続音の扱い、ポルタメントやダブルストップの活用など)。
楽譜と校訂版の選択
今日演奏で用いられる楽譜は、19世紀以降の諸版や20世紀の校訂版(バーレンライター、ヘンレ、ニュー・バッハ・エディションなど)があります。信頼できるウルテクスト(Urtext)を選ぶことが望ましく、版ごとのクセや誤写の有無を比較する習慣が演奏解釈を深めます。初学者は注釈のあるエディションを参照し、上級者は原典写本に当たって細部を検証するのがよいでしょう。
技巧的・練習上のポイント
技術的には左手の拡張(ハイポジションへの移行)、弓のコントロール(長い語句での音量制御、分散和音の滑らかな接続)、ダブルストップの同時発音の均衡などが求められます。特にサラバンドやジーグの内声的ラインを明確にするためには、弓圧・角度の微細な調整とフレーズの呼吸感を磨く練習が有効です。メトロノーム練習により舞曲の拍感を体得した上で、ゆっくりしたテンポで音楽的語彙を積み上げていくのが定石です。
文化的・教育的意義
BWV 1008 を含む無伴奏チェロ組曲は、チェロ奏者にとって技術と音楽性を統合するための不可欠な教材であると同時に、ソロ楽器の可能性を示した芸術作品です。ソロ楽器でありながら合奏的な多声感を持ち、バロック音楽の舞曲形式と深い和声感を通じて聴衆に普遍的な感情の流れを伝えます。また、録音史においても重要な位置を占め、演奏史研究の対象としても豊かな示唆を与え続けています。
聴きどころのガイド(楽章ごと)
- Prelude:和声の輪郭をつかみ、アルペジオの連続で生まれる推進力と休止を意識して聴く。
- Allemande:流れの中の小さな装飾や歌わせ方、呼吸の置きどころを味わう。
- Courante:舞曲のダイナミクスと対位法的要素の入れ子構造に注目。
- Sarabande:一音一音の重みと和声の落ち着きを味わう、最も深い表情の楽章。
- Bourrées:二部の対比と軽やかなアクセントの取り方に注目。
- Gigue:終曲らしい開放感と技術の見せ場、フレーズの締め方を聴く。
エバープレイの中古レコード通販ショップ
エバープレイでは中古レコードのオンライン販売を行っております。
是非一度ご覧ください。

また、レコードの宅配買取も行っております。
ダンボールにレコードを詰めて宅配業者を待つだけで簡単にレコードが売れちゃいます。
是非ご利用ください。
https://everplay.jp/delivery
参考文献
- Wikipedia: Cello Suite No. 2 (Bach)
- IMSLP: Cello Suite No.2, BWV 1008 (score)
- Bach Digital(バッハ・デジタル資料庫)
- Britannica: Pablo Casals(カザルス)
- Bärenreiter(バーレンライター出版社)


