バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番 BWV1009 — 構造・歴史・演奏の深掘り

バッハ:BWV1009 無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 概要

ヨハン・ゼバスティアン・バッハの無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調(BWV1009)は、6つある無伴奏チェロ組曲のうちの1曲で、プレリュードをはじめとする典型的な舞曲形式の連続から成っています。自筆譜は現存していないものの、18世紀に作成された写本(中でもアンナ・マグダレーナ・バッハによる筆写譜など)が主要な出典となり、現代の演奏・研究はこれらの写本と19世〜20世紀の版をもとに行われています。作品はおそらくケーテン時代(1717–1723)に作曲されたと考えられており、器楽的で旋律・和声の明快さが特徴です。

成立と史的背景

チェロ組曲群はバッハの器楽作品の中でも特に私的な性格を持つシリーズとされ、宮廷時代の器楽需要や、バッハ自身の室内演奏・指導のために書かれた可能性があります。第3番ハ長調もその一部として、舞曲の様式を借りつつも高度な和声処理やチェロのための音響的工夫が施されています。原典が失われているため、成立年代や初期の演奏実態には不確定要素が残りますが、ケーテン時代の器楽志向と整合する特徴を多く持っています。

楽曲構成(各楽章の概観)

第3番の標準的な楽章配列は次のとおりです:

  • プレリュード(Prelude)
  • アルマンド(Allemande)
  • クーラント(Courante)
  • サラバンド(Sarabande)
  • ブーレ(Bourrée I & II)
  • ジーグ(Gigue)

各楽章は舞曲の性格を保ちながらも、チェロという単一の旋律楽器で和声的充足感を得るためにダブルストップ(複数弦同時奏)や分散和音、ポジション移動による残響利用などの技法が用いられています。

プレリュード:構造と特徴

第3番のプレリュードは短く明快な構成で、アルペジオ的な動きと短い動機の連鎖で進行します。多声音楽的な効果を得るために右手の分散和音と左手のポジション捌きが要求され、オープンストリング(開放弦)の響きを利用した和声的根拠がはっきりと示されます。音列的には短いスパンで和声を変化させるため、演奏者はフレージングとアーティキュレーションで和声の輪郭を明示する必要があります。

舞曲楽章(アルマンド〜サラバンド〜ブーレ)

アルマンドは穏やかで内向的な歌い回しが中心で、分散的な和声の中に歌い手の発話感をどう作るかが鍵になります。クーラントは拍節感と拍の中での流れをどう作るか、サラバンドは楽曲中の重心を担う深い表情が求められます。ブーレは軽快さとリズム感を特徴とし、IとIIがペアで交互に演奏されることが多いです。

ジーグ:終曲としての役割

ジーグは通常、活発かつリズミックな終曲で、バロックのジーグ・リズム(しばしば三連風の跳躍)を含みます。チェロ単独でのポリフォニー感を最大化し、プレリュードで提示された要素をエネルギッシュに回収して終わる構成が多くの演奏で見られます。

演奏上の技術的・解釈上の論点

  • 多声音楽の提示方法:チェロは単旋律楽器ですが、複数声部を同時に示す必要がある箇所が多く、どの声部を重視するか(内声か低声か)によって曲の印象が変わります。
  • ダブルストップと移弦:和声を確実に示すためのダブルストップ処理や、アーチ状のフレージングと移弦の選択が演奏解釈に直結します。
  • ポジション選択:高音域を使って和声の輪郭を明確にするためのポジション移動と、開放弦の利用による共鳴のバランス調整。
  • 装飾とテンポ感:バロック奏法に基づいた装飾(トリルやスリルなど)をどの程度採用するか、モダンな音楽観でどのようなテンポを取るかは解釈の分かれる点です。
  • 楽器と弓の違い:モダンチェロかバロックチェロ(ガット弦、バロッコ弓)かでアーティキュレーションや持続音の作り方が変わります。

歴史的演奏慣習と現代のHIP(歴史的演奏)

20世紀前半までは多くの演奏家がモダン楽器とロマン派的な表現でチェロ組曲を演奏していましたが、歴史的演奏運動(HIP)の普及により、ガット弦や古式の弓を用いた演奏も一般化しました。アンナ・マグダレーナ写本に基づいた簡潔な音楽語法や、当時のテンポ感・アゴーギクの再考が進み、第3番においてもより透明で舞曲性を重視した解釈が増えています。

代表的な録音と解釈の比較(抜粋)

本作の代表的演奏は多岐にわたります。パブロ・カザルスは20世紀にチェロ組曲を世に広めた重要人物であり、彼の解釈は深い歌とダイナミクスの変化を特徴とします。ロストロポーヴィチやヨーヨー・マはモダンチェロの豊かな音色での表現を示しました。一方、アナー・ビルスマ(Anner Bylsma)やピエーター・ウィスペルウェイ(Pieter Wispelwey、一部はモダンと古楽双方で演奏)などはHIPの視点や楽器選択で新たな解釈を提示しています。各録音はテンポの取り方、フレージング、装飾の有無などで大きく異なり、聴き比べにより楽曲の多面性が見えてきます。

楽器的・音響的な特徴

ハ長調という調性はチェロにとって開放弦の利用が音響的に有利で、低域の豊かな共鳴を得やすい点が特徴です。バロック楽器のガット弦は倍音構成が異なり、和声の輪郭を穏やかに見せる一方で、モダン弦はより明瞭な倍音と音量を与えます。これにより演奏者は調性感の提示方法やフレージング、ボウイングを変えなければなりません。

作曲技法と和声の観点

第3番では短い動機の反復と展開、分散和音の配置による連続的な和声進行が効果的に使われています。単旋律ながら和声感を持たせるためのダブルストップや低声の強調、オープン弦の活用が随所に見られ、バッハの対位法的思考が器楽的語法と結びついた好例です。

編曲・派生作品

バッハのチェロ組曲は多くの編曲が存在し、ギターやピアノ、チェンバロによる編曲、管弦楽アレンジなどで親しまれています。特にプレリュードは短く覚えやすい動機のため、多くのアレンジがなされていますが、原曲の音楽的構造と和声感を保つことが重要です。

聴きどころ・入門ガイド

  • プレリュード:和声の輪郭と共鳴を意識して最初の和声進行を聴く。
  • アルマンド:内声と歌をどう聴かせるかに注目。
  • サラバンド:テンポの揺らぎと重心の深さを評価。
  • ブーレ:リズムの軽快さと対位のクリアさ。
  • ジーグ:終曲としての総括的エネルギーと技巧の爽快さ。

研究上の論点と未解決の問題

主要な課題は自筆譜不在によるテクストの不確定性、装飾や筆写者による誤記の可能性、バロック時代における演奏慣習の復元などです。近年の写本研究や音楽学的比較により一部は解明されていますが、演奏解釈における柔軟性もまた本作の魅力の一部と言えるでしょう。

まとめ(結び)

BWV1009 無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調は、短いながらも構成の明快さと器楽的な工夫に満ちた作品です。演奏史・写本研究・音楽学的考察を通じて多様な解釈が可能であり、演奏家・聴衆ともに繰り返し向き合う価値のあるレパートリーです。演奏の際は和声の提示、声部の扱い、楽器・弓の選択といった要素が曲の表情を大きく左右します。

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参考文献

Wikipedia: Cello Suite No. 3 (BWV 1009)

IMSLP: Cello Suite No.3, BWV 1009(楽譜)

Bach Cantatas Website: Background and analysis of the Unaccompanied Cello Suites

Grove Music Online / Oxford Music Online(無伴奏チェロ組曲に関する記事:要購読)