増三和音の理論と実践:構造・響き・作曲での活用法
増三和音とは
増三和音(ぞうさんわおん、augmented triad)は、長三度(メジャー3度)を二つ重ねた三和音で、根音・長三度・増五度(#5)から構成されます。例えばC増三和音はC–E–G#(あるいはC–E–A♭と表記されることもあります)で、半音では0–4–8の配置になります。記譜やコード記号では「C+」「Caug」「C(#5)」などの表記が一般的です。
構成と理論的性質
増三和音の特徴は、等間隔に並ぶこと(4半音ずつ)にあります。長三度を二度重ねるため、0, 4, 8(半音)という対称的な配置を持ち、12音階の中で4音ごとに同一の構造が現れるため、4半音ずつ移動すると同じ和音に帰着します。この対称性のため、増三和音には明確な「根音(tonic root)」の感覚が弱く、調性感が曖昧になります。
音程で示すと、根から見た長三度が4半音、増五度が8半音であり、和音内の二つの長三度(根→3度、3度→増5度)は互いに等しい音程構造です。逆に、純正律(just intonation)での単純整数比での表現は難しく、平等平均律(12平均律)で用いられる際の対称性が和音の音色に大きく影響します。
転回と同音の問題(エンハーモニック)
増三和音は転回しても同じ音程構造を保つため、根の決定が相対的です。C–E–G#を第一転回(E–G#–C)や第二転回(G#–C–E)として表すと、聞き手は別の根を想定する場合があります。例えばC+はE+やG#+としても解釈でき、転調や和声的な曖昧さを生む要因になります。この性質を作曲や編曲で利用することで、滑らかな移調や不確定な色彩を付与できます。
音響的な特徴と調性感
増三和音は調性感が弱く、明確な解決先が少ないため「浮遊感」や「不安定さ」を与えます。クラシック音楽の機能和声では増三和音は標準的な役割を持たないことが多いですが、ロマン派以降や印象派、20世紀の作曲家たちはこの曖昧さを色彩的に活用してきました。ジャズやポピュラー音楽では、増三和音はテンションや変化を生むために好んで用いられます。
スケールとの関係
増三和音は以下のようなスケールや音集に自然に含まれることが多いです。
- ホールトーン・スケール(全音音階): 全音音階は0,2,4,6,8,10となり、その中に増三和音の0,4,8が含まれるため、増三和音と相性が良い。
- 拡張的/対称スケール(augmented scale、hexatonic): 対称的なスケール群の中に、増三和音を含むものがあり、モード的な使用で多彩な装飾が可能になる。
- 複和音的利用: ドミナント和音の#5変化(例:G7#5)として現れ、V→I進行に強い色彩と導音効果を与える。
これらのスケール環境により、増三和音は和声的な「色」を作り出す道具となります。ホールトーン・スケールとの組み合わせは特に印象派の作品で顕著です。
和声的役割と進行での使い方
増三和音の代表的な用法をいくつか挙げます。
- 代替ドミナント(altered dominant): V7の#5やaug形を利用してテンションを高め、Iに向かわせる。例: G7#5 → Cに解決。
- 媒介・旋律的装飾: 単独で挿入して一時的な彩りを与える。特にイントロやブリッジでの効果が大きい。
- 転調の橋渡し: 増三和音の対称性を利用して、複数の調へ滑らかに移行するピボット和音として使用する。
- 分割・重ね合わせ: 別の根音を仮定して重ねることで多重解釈を可能にし、和声の曖昧さを意図的に保つ。
実践的なボイシングとヴォイス・リーディング
増三和音を実際に扱うときの注意点とコツをまとめます。
- 低音の提示で根感を補強する: 増三和音自体は根を示しにくいため、ベースや低音パートで根音を強調すると解釈が安定します。
- クローズド/オープン・ボイシング: ピアノやギターでは、クローズドで使うと緊張感が強く、オープンで使うと色彩が広がる。オクターブ分割での配置も有効です。
- 転回を利用して滑らかな進行: 増三和音はどの転回でも同一構造のため、近接和音との接続が容易で、連続使用で幻想的な連鎖が作れる。
- 声部解決の工夫: 増五度(#5)は導音的機能を持たせるために短い解決(半音移動など)を与えると効果的。ただし、対称性ゆえに複数の解決先が考えられるので楽曲の文脈で選択すること。
ジャズ・ポピュラーでの活用
ジャズでは増三和音はテンションやクラシックな機能和声の枠を超えた「色」として多用されます。コードシンボルでは「C+」「Caug」「C(#5)」が見られ、ドミナント・コードの代替やパッシング・コードとして機能します。モダンな編曲では、増三和音をベースに六音音階や全音音階を用いたソロやコンピングが行われます。
歴史的背景と代表的な作例
増三和音はロマン派後期から印象派、20世紀初頭の作曲家に好まれました。ワーグナーやドビュッシー、ラヴェル、スクリャービンなどは和声の色彩を追求する中で、対称和音や増三和音的な響きを楽曲に取り入れました。ジャズでは20世紀中盤以降、テンション感を狙ったコード進行に頻繁に登場します(個別の曲名を挙げる場合は編曲や解釈により表記が異なるため、スコアや録音を参照してください)。
チューニングと音楽心理学的側面
増三和音は平均律における対称性によって独特の響きを持ちますが、純正律などの異なる調律体系ではその響きや不協和感の受け止められ方が変わります。純正律では長三度を純正に合わせると増五度は簡単な整数比で表しにくく、「正確な共鳴」が得にくいことから、増三和音の色彩はむしろ「人工的/近代的」な印象を与えることが多いです。また、心理的には不安定さや期待感を喚起するため、特定の感情表現(緊張、推移、不確定さ)に有効です。
練習と習得のための提案
増三和音を使いこなすための練習法をいくつか紹介します。
- 基本形と転回形を鍵盤・ギターで繰り返し弾き、音色の違いを耳で判別する。
- ホールトーン・スケールや拡張スケール上で増三和音を抜き出してメロディと重ね、実際のフレーズでの使い方を試す。
- ドミナントの#5形や代替和音として機能させた進行(例: V+ → I)を複数書き、解決感の違いを比較する。
- 既存の楽曲を分析し、増三和音がどのように挿入されているか(色彩、転調、テンションのため)を学ぶ。
まとめ
増三和音はその対称性と曖昧な調性感によって、強い色彩や浮遊感を作り出す和音です。機能和声の枠から外れた自由な使い方が可能で、作曲・編曲・即興演奏のいずれにおいても有力な表現ツールとなります。実践では低音で根を補強したり、スケール選択を工夫したりして、楽曲の意図に合わせた使い方をすることが重要です。
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参考文献
- 増三和音 - 日本語版ウィキペディア
- Augmented triad - Wikipedia (English)
- Augmented chord | Britannica
- Teoria — Music Theory Resources


