調性とは何か:歴史・理論・実践から読み解く音楽の「中心」
調性(Tonality)とは
調性とは、音楽においてある音(主音=トニック)を中心に据え、その周りで音や和音が機能的に組織される概念を指します。西洋音楽で一般的な長調・短調(メジャー/マイナー)による系統は「調性音楽」と呼ばれ、旋法(モード)や無調(atonality)と対照されます。調性は単なるスケールやキーの問題だけでなく、「緊張と解決」「機能(トニック、ドミナント、サブドミナント)」といった和声的な関係性を含む広い概念です。
歴史的な展開
調性の発展は長い歴史を持ちます。初期中世はグレゴリオ聖歌に代表される旋法中心の世界でしたが、ルネサンスからバロックにかけて和声的な重心が次第に明確になり、17世紀から18世紀にかけて長調・短調という現在の調性体系が確立しました。ラモーやラヴォワジェなどの理論家に続き、ラモー以前の和声観とラモー以後の機能和声理論の定着はバロック期の通奏低音やバッハの音楽に表れています。
19世紀のロマン派ではクロマティシズム(半音階的な色彩)が強まり、調の遠心性(トニックへの収束)が曖昧になることが増えました。ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』で見られる和声的曖昧さは、20世紀の無調や12音技法へ向かう橋渡しとも言えます。20世紀以降は、無調、セリエル、モード復興、民俗音楽の導入など多様化が進み、調性は一律の規範ではなくなりました。
調性の理論的骨格
調性を理解するための主要要素をまとめます。
- 主音(トニック):調が目指す安定点。例:CメジャーではC。
- 機能(T, S, D):トニック(T)、サブドミナント(S)、ドミナント(D)の三大機能が和声進行の基本をなす。例えば I(トニック)→ IV(サブドミナント)→ V(ドミナント)→ I(トニック)は代表的な進行。
- 度数とスケール:音階の各音は度数(scale degree)で表され、固有の性格(例えば導音=leading tone)が与えられる。
- 五度圏(Circle of Fifths):調間の近さや調号の関係を視覚化する道具。和声進行や転調の理解に有効。
- 終止形(Cadence):楽曲内での解決点を示す。完全終止(V→I)、半終止(I→Vなど)、斜終止/欺瞞終止(deceptive cadence:V→vi)などがある。
調と平均律・音律の関係
調性の表現には音律(チューニング)が深く関係します。主要な音律には次のようなものがあります。
- 純正律(Just intonation):簡単な整数比に基づくためある和音は非常に純粋に聞こえるが、別の調へ移ると不都合が生じる。
- テンタメン(均等平均律、Equal temperament):12平均律はオクターブを12等分し、全ての半音間隔を等しくする。転調や多様な伴奏に便利で、現代のピアノや鍵盤楽器の標準。
- 中全音律(Meantone)、平均律(Well temperament):歴史的に鍵盤楽器で使われ、各調に固有の色合い(キーキャラクター)を残しつつ実用性を高めた。
バッハの『平均律クラヴィーア曲集(Well-Tempered Clavier)』は、さまざまな調で作品を作れることを示し、鍵盤楽器における調性と音律の関係の転換点となりました。
クロマティシズムと調性の拡張
調性音楽は時間とともにクロマティックな要素を取り込み、調の枠を拡張していきます。主要な技法には以下があります。
- 副次ドミナント(secondary dominants):ある和音に対して短期的にドミナント機能を与え、調の柔軟性を高める。
- 借用和音(modal mixture):平行調や他のモードから和音を借りて色彩を加える(例:Cメジャーでの借用bVIなど)。
- 半音進行・近親調(chromatic mediants):三度関係や近似調の利用で旋律や和声に新しい方向性を与える。
- 増六の和音、ネアポリタン・コードなどの特殊和音:強い色彩効果と独特の解決感をもたらす。
無調・ポストトーナルの潮流
19世紀末から20世紀初頭、調性は次第にその支配力を失い、無調(atonality)や12音技法(serialism)が登場しました。シェーンベルクの12音技法は、すべての音高を等価に扱うことで従来のトニック中心性を否定します。一方で、20世紀の作曲家たちは調性に回帰したり、モードや非西洋音階を取り込むなど多様なアプローチを追求しました。結果として現代の作曲法は「調性か無調か」という二分法には収まらない幅広いスペクトラムを持っています。
分析法と実践的応用
調性を分析・活用するための代表的手法と現場での応用例:
- ローマ数字分析(Roman numeral analysis):和音の機能を示す代表的な表記法。和声進行の理解に有効。
- シェーンカー分析(Schenkerian analysis):楽曲の階層的構造を抽出し、背景から表層までの連関で調性の中心性を明らかにする。
- 分析から得られる作曲・編曲の示唆:転調の位置、テンションの配分、メロディと和声の統合など。
- 即興演奏や伴奏:調性を基盤にしたスケール・コード選択(ブルース、ジャズのモードなど)やモチーフの展開。
演奏と録音での注意点
調性表現ではチューニング、テンポ、フレーズの呼吸が重要です。平均律は転調に有利ですが、声楽や弦楽のピッチは倍音列や純正律的な調整を行うことがあり、録音時には微妙なピッチ差が生じます。古楽演奏や歴史的なスタイルを再現する際は、当時の音律(例:ミーントーンや平均律以前の調律)を採用することで、より本来的な響きを得られます。
聴きどころと代表的な作品例
調性の理解を深めるための入門的な聴取例を挙げます。
- ヨハン・セバスティアン・バッハ:平均律クラヴィーア(Well-Tempered Clavier)—調ごとの対比と鍵盤音律の可能性を示す。
まとめ:調性の意義と現代における役割
調性は、西洋音楽の大部分で中心的な役割を果たしてきた概念であり、作曲・分析・演奏の基盤です。しかし20世紀以降、その絶対性は相対化され、多様な音楽実践と共存するようになりました。調性を学ぶことは、和声の働き、音楽的緊張と解決、転調や色彩の扱いを理解するための有効な鍵となり、同時にその限界や他の体系(無調、模式、非西洋音階)との比較を通じて音楽理解を深める手段でもあります。
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参考文献
- Britannica: Tonality
- Britannica: Key (music)
- Wikipedia: Equal temperament
- Wikipedia: Just intonation
- Wikipedia: Functional harmony
- IMSLP: The Well-Tempered Clavier (Bach)
- MusicTheory.net — 基礎理論の解説


