フォルテピアノとは何か:音色・構造・演奏実践を深掘りする
序論 — フォルテピアノとは
フォルテピアノ(fortepiano)は、18世紀から19世紀初頭にかけて普及したピアノの初期形で、現代のグランドピアノ(コンサートピアノ)と区別して呼ばれます。名称はイタリア語の「forte(強く)」と「piano(弱く)」に由来し、音量の幅(ダイナミクス)を鍵盤タッチで直接表現できる点が最大の特徴です。バルトロメオ・クリストフォリが18世紀初頭に鍵盤楽器の新しいメカニズムを確立して以来、さまざまな改良を経て多様なタイプのフォルテピアノが生まれ、モーツァルト、ハイドン、初期ベートーヴェンらの音楽に即した音色と表現を提供しました。
歴史的背景と主要製作者
フォルテピアノの源流はクリストフォリ(Cristofori, Florence, ca. 1700)に遡ります。彼はハンマーで弦を打つ機構(ハンマーアクション)と脱進機構(エスケープメント)を発明し、鍵盤の速い復帰と連打を可能にしました。ドイツのジットリヒ・ジルバーマン(Gottfried Silbermann)はクリストフォリの設計を改良してドイツ圏に広め、のちにヨハン・アンドレアス・シュタイン(Johann Andreas Stein)が「ヴィエネン(ウィーン)式アクション」の原型を築きました。アントン・ヴァルター(Anton Walter)はシュタイン系の設計を洗練し、モーツァルトの愛用したピアノとして知られます。
18世紀末から19世紀にかけてはイギリスのジョン・ブロードウッド(John Broadwood)らが重い英國式(イングリッシュ)アクションを発展させ、より大きな音量と長い持続を実現します。これらの系統の違いは、同時代の作曲家や演奏家が求める音楽表現の幅を広げました。19世紀前半にはセバスチャン・エラール(Sébastien Érard)などが技術的革新を進め、最終的に現代ピアノへと連続します。
構造の特徴 — 音が生まれるしくみ
フォルテピアノは現代ピアノと同様に弦とハンマー、共鳴板(サウンドボード)を備えますが、各部材と仕上げにおいて決定的な違いがあります。
- ハンマー材質:フォルテピアノのハンマーは伝統的に皮革(キッドや革)などで被覆されており、柔らかく繊細な音色を生みます。これがフェルトハンマーへ移行することで、より重く長い残響と強いフォルテが得られるようになりました。
- 弦と低音:高音部の弦は主に鉄線、低音部は銅線巻き(ワウンド)を用いる点は現代ピアノに似ていますが、張力は低く、太さと巻きの様式も異なります。その結果、倍音構成が異なり、透き通るような明瞭さと「短い減衰(残響の早い減衰)」が特徴です。
- アクション(鍵盤機構):ヴィエネン式は軽く敏捷、指先のニュアンスがそのまま出やすい一方、イングリッシュ式は重めで音量を取りやすいという性質があります。フォルテピアノ全体としては現代ピアノよりもアクションが軽く、非常に直接的なタッチ感覚があります。
- 共鳴板と外郭:共鳴板は薄く、ケース構造も軽めであるため、音の放射が速く、ホール内での広がり方が現代ピアノとは異なります。音色は輪郭がはっきりし、合奏時に他楽器と混ざりやすい一方で細かなニュアンスが聴き取りやすいです。
- ペダルとストップ:初期のフォルテピアノでは足踏みペダルが普及する以前に膝当てやハンドストップ(手動のミュート)が使われました。徐々に足踏みペダルが採用され、現代的なダンパーペダルに近づきますが、機能や効きは異なります。
音響的特徴 — どのように聴こえるか
フォルテピアノの音は一般に「透明で瞬発力がある」ことが多く、各音の立ち上がりが速く、減衰も早めです。そのため、トリルや装飾、ポリフォニーの独立した声部が際立ちます。強音においても硬い金属的な響きにはなりにくく、音色の変化(色合いの違い)が豊かで、指先のタッチで細やかに表現できます。
これにより、モーツァルトやハイドンのような古典派作品では、歌うような旋律と伴奏とのバランス、透明な和声の進行が自然に表現されます。一方で、ベートーヴェンの後期の大規模で劇的な楽想には、より重く持続する近代ピアノが力を発揮する場面もありますが、初期ベートーヴェンの演奏ではフォルテピアノが本来の響きを取り戻す手段となっています。
レパートリーと演奏者
フォルテピアノは18世紀後半から19世紀初頭の作品に特に適しています。具体的にはハイドン、モーツァルト、クレメンティ、ツェルニー初期、ベートーヴェン(初期ソナタや交響曲のピアノ編曲)、シューベルトの室内楽・ピアノ作品などが挙げられます。これらの作曲家は当時の楽器の物理的制約や音色を踏まえて作曲したため、フォルテピアノによる演奏は旋律や対位法の意図をより忠実に伝えることができます。
近現代の復元演奏運動の中では、マルコム・ビルソン(Malcolm Bilson)、パウル・バドゥラ=スコダ(Paul Badura-Skoda)、アンドレアス・シュタイアー(Andreas Staier)、クリスティアン・ベズイデンホウト(Kristian Bezuidenhout)らがフォルテピアノ演奏の普及に貢献してきました。近年では歴史的ピアノを用いた録音・演奏が増え、楽曲解釈の多様性が再評価されています。
演奏実践上の注意点
- タッチと音量:軽めのアクションを前提とするため、指の重みと速さを使った精緻なコントロールが重要です。強弱は現代ピアノとは異なる方法で作られるので、同じ楽譜でも解釈が変わることがあります。
- ペダリング:持続の仕方が短いので、現代の長く伸びるペダル感覚で踏むと音が濁ります。短く鋭く、響きを「重ねる」使い方が多く用いられます。
- 装飾音とアーティキュレーション:トリルや装飾、レガートの表現はフォルテピアノで特に意味を持ちます。群を抜いて聞こえる旋律線や対位声部の独立性を意識するとよいです。
- テンポ感とリズム:古典派の演奏では小節感がしっかりしている一方で、歌詞的なゆれ(rubato)は文脈に応じて用いられます。楽曲の舞曲的側面や歌うような旋律を意識することが大切です。
調律・調性(テンパメント)とコンサートピッチ
18世紀から19世紀初頭にかけての調律法は一様ではなく、作曲家や地域、楽器の用途によって使い分けられました。モーツァルトやハイドンの時代にはヴェルク(well temperament)系の調律が広く用いられ、特定の調での色合い(キーキャラクター)が重視されました。平等平均律(equal temperament=現代の平均律)が徐々に広まるのは19世紀を通じてのことです。
コンサートピッチ(Aの周波数)も標準化されておらず、地域や時期で大きく変動しました。一般に18世紀末から19世紀前半のヴィエナーピッチは現代よりやや低め(例:A≈430Hz前後)というケースが多いですが、実際には幅があります。復元演奏では史料や楽器の状態を参考に適切なピッチを選ぶことが求められます。
復元、修復、現代製作の状況
20世紀後半からフォルテピアノの復元・再制作が活発になり、史実に基づく製作を手がける職人や工房が増えました。現代の製作者にはポール・マクナルティ(Paul McNulty)やロドニー・レジャー(Rodney Regier)らが知られ、18世紀から19世紀の各モデル(クリストフォリ型、ヴァルター型、ブロードウッド型など)を忠実に再現しています。修復では元の部材や接着法、塗装を尊重しつつ現代の安全基準も配慮する必要があります。
また博物館や大学のコレクションには当時の楽器が残されており、音響測定や鍵盤機構の詳細研究が進められています。これらの研究は楽器復元だけでなく、当時の演奏習慣や作曲技法の理解にも寄与しています。
録音・聴きどころの提案
フォルテピアノ録音を聴く際は、以下の点に着目すると理解が深まります:
- 音の立ち上がり(アタック)と減衰の速さ
- 和音の倍音構成の違い(明瞭さと色彩)
- 装飾音の独立性や対位法の輪郭
- ペダリングの使用頻度と効果
モーツァルトのピアノソナタやハイドンのソナタ、ベートーヴェンの初期ソナタなどはフォルテピアノでの再発見に適しています。演奏者としてはマルコム・ビルソン、アンドレアス・シュタイアー、パウル・バドゥラ=スコダ(フォルテピアノ録音あり)などの演奏が参考になります。
まとめ — フォルテピアノが現代に教えてくれること
フォルテピアノは単に「古いピアノ」ではなく、18–19世紀の音楽の文脈に根ざした表現手段です。楽器の物理的・音響的制約が作曲や演奏法を形作り、結果として当時の作品に固有の色彩や語法が生まれました。現代ピアノで演奏することが当然となった現在でも、フォルテピアノを通して古典派のテクストを聴き直すことは、作曲家の意図や当時の音楽観を新たに理解するうえで非常に有益です。
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参考文献
- Encyclopaedia Britannica - Fortepiano
- The Metropolitan Museum of Art - The Piano (Heilbrunn Timeline of Art History)
- Smithsonian National Museum of American History - Pianos
- Malcolm Bilson - 研究と演奏(フォルテピアノ関連資料)
- Paul McNulty - Historical piano maker
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