ヴァージナルとは?歴史・構造・奏法・名器とレパートリー徹底解説
ヴァージナルとは
ヴァージナル(virginal)はルネサンスからバロック初期にかけて広く用いられた擦弦系ではなく撥弦(プラックト)によって音を出す鍵盤楽器の一種で、英語圏では特に「virginal」「virginals」と呼ばれます。外観は直方体またはやや台形に近い長方形が一般的で、ピアノやモダンなチェンバロと比べて小型で携帯性が高く、主に家庭音楽や宮廷での室内演奏に用いられました。音色は明瞭で比較的乾いた打鍵感があり、ルネサンス期の声楽曲や舞曲、対位法的な小品に適しています。
名称の由来と歴史的背景
「virginal」という語源については諸説あります。一説にはラテン語の virginalis(乙女にふさわしい、純朴な)に由来するとされ、家庭や宮廷の小さな楽器というイメージと結びつきます。別の見方では、ヴァージナル類の小型で扱いやすい性格が、若い演奏者(ヴァージン=初心者)に好まれたことに関係するともいわれますが、はっきりした起源は定まっていません。
16世紀から17世紀にかけて特に北西ヨーロッパ(イングランド、フランドル、オランダ、イタリアの一部)で発展しました。英国内では『フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック(Fitzwilliam Virginal Book)』に代表されるように、エリザベス朝からジャコビアン期にかけて多数の作曲・演奏活動が行われ、「English Virginal School」と呼ばれる音楽潮流を形成しました。
構造と発音機構
基本構造は鍵盤、ジャック(tangents/jacks)、ピック(プランクトラム=plectrum)、響板(soundboard)、弦列(strings)で構成されます。鍵盤を押すとジャックが持ち上がり、ジャックに取り付けられたピックが弦をはじいて音を出します。鍵を離すとバランスピンや跳ね返り装置によりジャックが戻り、ダンパーの役割を果たす部分や簡易的な絵羽(クッション)によって音が止まります。
弦は鋼線や真鍮線が用いられ、現存する当時のオリジナル楽器では素材や太さに地域差があります。ピックには鳥の羽のクイル(ガチョウやカラスの羽根)や革、現代の復元では合成樹脂(デルリンなど)が用いられることがあります。音色はピックが弦をはじく位置(ブリッジからの距離)によっても大きく変わり、これを利用して異なる音色を得る設計のヴァリエーションが生まれました。
代表的な形と地域差
- イングランド型(rectangular virginal): 最もよく知られる長方形の形で、鍵盤に対して弦が平行に走る。コンパクトで家庭用に適しており、英国内で多数製作されました。
- フランドル/ルネサンス型(Ruckersなど): フランドル(現ベルギー)ではルッカース(Ruckers)一族などによる高品質の製作が行われ、後のチェンバロ製作に大きな影響を与えました。これらは堅牢な共鳴設計と優れた均衡で知られます。
- スピネット(spinet): 独立した分類ですが、スピネットは斜めに弦が走る小型チェンバロ的な形態で、ヴァージナルと機能が重なる場面があります。
- ムゼラール(muselar/musele): 鍵盤が通常位置より左寄りに配置され、ジャックが弦の中央付近をはじくため、より丸みのある豊かな低音を得るタイプ。曲想に応じて好まれました。
- 親子型(mother-and-child): 小さなヴァージナル(チャイルド)を大きなケース(マザー)の上に乗せて使える構造や、楽器同士を結合して音域や音量を拡張できる複合形もありました。
ヴァージナルとチェンバロの違い
しばしば混同されるチェンバロとヴァージナルですが、一般的にはヴァージナルはより小型で単一の撥弦方式(通常8フィート相当)を持つことが多く、音色は直接的で比較的単純です。チェンバロは装飾的で多彩なストップ(複数段のジャック、ラフ・ストップなど)や複数マニュアルを備えることがあり、より大規模な室内楽やバロック音楽の多彩な表現を担いました。ただし用語の使われ方は時代や地域で曖昧で、16〜17世紀の資料では「virginal」が広義にキーボード楽器一般を指すこともあります。
レパートリーと演奏家
ヴァージナルに最も関連が深いのは、イングランドのいわゆる「ヴァージナル・スクール」です。代表的な作曲家にはウィリアム・バード(William Byrd)、ジョン・ブル(John Bull)、オーランド・ギボンズ(Orlando Gibbons)、ジャイルズ・ファーナビー(Giles Farnaby)らが含まれます。彼らの作品の多くは鍵盤独奏のために書かれ、対位法、変奏、ダンス曲の編曲、フェイク(フィガートゥーラ)など多様です。
代表的な資料としてはケンブリッジ大学のフィッツウィリアム博物館が所蔵する『Fitzwilliam Virginal Book』があり、これは英国内で集められたおよそ300曲(約300点)の鍵盤作品を収めた重要な写本です。この写本はエリザベス朝からジャコビアン期の鍵盤音楽を知る主要な一次資料となっています。
奏法・装飾音・調律
ヴァージナルの奏法は当時の鍵盤技法と深く結びつき、指使い、トリルやモルデントなどの装飾、手の独立した対位法の扱いなどが重要視されました。歌唱的なフレーズを再現するためのアゴーギク(微妙なテンポ変化)や、フレージングの付け方も当時の写本や解説書から読み取れます。
調律法としては平均律よりも純律やミーントーン(mean-tone)と呼ばれる中世・ルネサンス以来の調律が広く使われ、これにより特定の調において豊かな和音が得られる一方で、ある種の遠隔調は不適となる制約がありました。この制約が古典的なレパートリーの調性選択にも影響を与えています。標準ピッチ(A4の周波数)は時代・地域で大きく異なり、現代の440Hzとは必ずしも一致しません。
保存と復元の課題
現存するオリジナルのヴァージナルは博物館やコレクションに保管されており、素材の経年劣化、オリジナル部品の欠損、過去の修復痕などが多く見られます。復元やレプリカ製作では、当時の工法や素材(弦材、ピック材、接着法など)を可能な限り再現することが目指されますが、音色や耐久性の面で現代材料を併用することも一般的です。
近現代における復興と演奏実践
20世紀以降、古楽運動の中でヴァージナルの演奏と研究が復興しました。歴史的奏法の研究、古楽器の復元、古楽アンサンブルでの採用により、現代でもヴァージナル独特の音色とレパートリーが演奏会や録音で取り上げられています。またコンテンポラリー作曲家が歴史楽器の特性を生かして新作を委嘱する例もあります。
現代における楽しみ方と聴きどころ
ヴァージナルの演奏を聴く際は、透明で線の明瞭な対位法、短い響きの中に現れる音の輪郭、調律特有の和声感に注目すると良いでしょう。室内での近接録音や生音は極めて魅力的で、衣擦れのような余韻や指のアーティキュレーションが直接伝わります。レパートリーには即興風の変奏曲や舞曲編曲、緻密な対位法作品といった多様性があるため、作曲家ごとの個性を比べる楽しさもあります。
主要な名器・製作者
- ルッカース(Ruckers)一族(フランドル): 16〜17世紀の製作で高品質な楽器を残し、チェンバロ製作の基礎を築いた。
- イングランドの匿名工房: 数多くの室内用ヴァージナルが製作され、家庭音楽文化を支えた。
- 現代の復元家: 20世紀以降の復元家や製作家が、歴史資料に基づいたレプリカを製作している。
まとめ:ヴァージナルの魅力
ヴァージナルはその小型で直接的な音色、歴史的背景、豊富なレパートリーにより古楽ファンにとって重要な楽器です。イングランドのヴァージナル・スクールの作品群やフランドルの名匠による楽器は、ルネサンスからバロック初期の音楽文化を理解するうえで欠かせません。復元演奏や史料研究は現在も進行中であり、新たな発見や演奏解釈が期待されます。
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参考文献
- Britannica: Virginal
- Fitzwilliam Museum: The Fitzwilliam Virginal Book
- Victoria and Albert Museum: What is a virginal?
- Grove Music Online (Oxford Music Online)
- The Metropolitan Museum of Art: Collection search — virginal
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