アーサー・オネゲルの音楽世界:産業の躍動と宗教的深淵をつなぐ作曲家像

概要

アーサー・オネゲル(Arthur Honegger、1892年3月10日生—1955年11月27日没)は、スイス出身でパリを拠点に活動した20世紀前半の作曲家です。フランスの音楽的環境の中で育ち、『レ・シス』(Les Six)と総称される作曲家群と関わりながらも、独自の道を歩みました。鉄道や機械の運動性を描いた管弦楽作品から、宗教的・劇的な大作、映画音楽に至るまで幅広いジャンルで作品を残し、鋭いリズム感と厳格な対位法、そして個人的な感情表出を両立させる作風で知られます。

生涯の概略

オネゲルはスイス国籍でありながらフランス文化圏で成長し、パリを中心に創作活動を行いました。第一次世界大戦後のモダニズムの波のなかで台頭し、1920年代を通じて名声を獲得しました。舞台音楽や宗教劇、オーケストラ作品、室内楽、歌曲、映画音楽などジャンル横断的に作曲を行い、戦間期および第二次大戦後の音楽界に強い影響を与えました。晩年まで活発に創作と指揮活動を続け、1955年に没しました。

音楽的特徴と様式

  • メカニズムと躍動感:代表作『パシフィック231(Pacific 231)』に象徴されるように、機械や列車の運動を音楽的に具現化する能力に長けていました。加速・減速、断続的な打音や推進力を明確なリズムとダイナミクスで描写します。
  • 対位法と古典的構成への敬意:オネゲルはバロックや古典的対位法の技術を現代語で再解釈する傾向があり、厳格な動機処理や展開が作品の骨格を支えます。
  • 劇性と宗教性の共存:『ル・ロワ・ダヴィド(Le Roi David)』や『ジャンヌ・ダルク(Jeanne d'Arc au bûcher)』などの聖劇的・ドラマチックな作品では、宗教的象徴と人間的葛藤が交錯します。宗教的素材を単純な崇拝ではなく、人間の経験として描く点が特徴です。
  • 表現の直截さと抒情性:激しい推進力を持つ作品のなかにも、温かな弦楽や歌謡的な旋律が現れ、情緒的なバランスを作ります。20世紀の前衛性と古典的抒情性の調和が見られます。

主要作品とその聴きどころ

  • Le Roi David(ダヴィデ王):劇音楽として書かれた本作は、宗教的な物語を扱いながらも劇的な構成と合唱・独唱・器楽の対比が巧みに配されています。後年に管弦楽版や組曲として演奏されることが多く、若きオネゲルの語り口と宗教劇への関心が明瞭に現れています。
  • Pacific 231(1923):機関車の動きを描いた管弦楽作品で、加速の描写、リズムの明快さ、オーケストラの色彩的な用法が特徴です。プログラム音楽的要素を持ちながらも、音響的な構築が非常に洗練されています。
  • Pastorale d’été や Rugby:小品ながら自然やスポーツの躍動を描いた作品群で、オネゲルの多様な主題選びと短い音楽での即効性が見られます。特に『Rugby』は試合の断片的場面を音楽化したスケッチ的な魅力を持ちます。
  • Jeanne d'Arc au bûcher(ジャンヌ・ダルク、焚刑に付されるジャンヌ):台本はポール・クローデルによるもので、音楽は劇的で宗教的、象徴的な要素を併せ持ちます。合唱、ナレーション、オーケストラの融合により、荘厳で不安定な精神世界を表現します。
  • Symphonie liturgique(1946):戦後に書かれた交響曲的作品で、戦争の記憶と宗教的省察を主題に据えています。厳粛な主題と激しい対立、最終的な渇望や静けさが特徴的です。

劇場・映画音楽と協働

オネゲルは舞台音楽や映画音楽にも積極的に取り組み、テキストや映像との結びつきを深めました。舞台作品では演劇台本作家や詩人と協働し、言葉と音楽の関係性を探求。映画音楽では映像のテンポ感や場面転換に寄り添う作りを得意とし、画面と音の有機的な統合を志向しました。これにより、オーケストラの色彩が視覚表現を補強する役割を果たすことが多く、映画や舞台作品と結びついた彼の音楽は、単独でのコンサート作品とはまた異なる説得力を持ちます。

評価と影響

当時の批評界では、「機械の詩人」といった呼び方でその鋭いリズム感と現代性が注目されました。20世紀の近代音楽においては、ストラヴィンスキーやラヴェル、ドビュッシーらとは異なる路線で、実直な対位法と感情表出のバランスを追究した点が評価されています。また、映画・舞台音楽の文脈で後続の作曲家や映画音楽家に影響を与え、特にリズム処理や音響描写の点で学ばれる要素が多いです。

演奏・録音の現状

オネゲルの代表作群は20世紀後半以降に再評価され、数多くの録音が残されています。特に『Pacific 231』や『Le Roi David』、『Jeanne d'Arc au bûcher』は重要レパートリーとして定期的に演奏・録音されます。指揮者によって解釈に幅があり、機械的な正確さを重視する演奏から、より叙情性を引き出す演奏まで多様です。聴く際は、リズムの推進力だけでなく、対位法的な構築や和声の進行に注目すると、新たな発見があります。

現代における意義

オネゲルの音楽は、産業化と人間性、宗教的省察と世俗的表現という相反する主題を共存させます。今日では、機械論的比喩の先見性や、宗教的テーマを世俗の語りとして再提示する手法が再評価されています。また、舞台音楽と独立した音楽作品とのあいだを行き来する柔軟性は、現代のメディア横断的な制作環境とも親和性があります。

聞きどころのガイド

  • 初めて聴くなら『Pacific 231』でオネゲルの推進力と色彩感覚を体感する。
  • 宗教的・劇的な側面を知るなら『Le Roi David』や『Jeanne d'Arc au bûcher』を。合唱・独唱とオーケストラの掛け合いに注目するとよい。
  • 戦後の反省や葛藤を知るには『Symphonie liturgique』。厳粛さと激しさの対比が際立つ。

結び—オネゲルをどう聴くか

アーサー・オネゲルは、20世紀音楽のなかで独特の位置を占めています。機械的な運動美と宗教的な深淵を同時に描く彼の音楽は、耳に残るモチーフと確かな構築力を兼ね備えています。単なるノスタルジアでも単なる前衛でもない、その均衡が今日になっても聴き手に強い説得力を持つ理由です。様々な録音や演奏を比べながら、旋律・ハーモニー・リズムの三者がどのように相互作用しているかを感じ取ってください。

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参考文献