ホワード・ホークス:ジャンルを超えた“職人監督”の仕事と神話
序論:ホワード・ホークスとは誰か
ホワード・ホークス(Howard Hawks、1896年5月30日 - 1977年12月26日)は、アメリカ映画史において最も影響力のある監督の一人です。サイレント期の末期から1960年代後半まで活躍し、ギャング映画、スクリューボール・コメディ、ウェスタン、冒険アクション、戦争映画など多彩なジャンルで傑作を生み出しました。ホークスの作品はジャンルの型を守りつつも、登場人物の職業倫理やチーム感覚、人間同士のやりとりに重心を置くことで一貫した作家性を示します。
略歴とキャリアの概観
ホークスはインディアナ州ゴーシェンで生まれ、その後映画業界に進出しました。コーネル大学で学んだ経歴を持ち、1920年代には映画制作の現場で経験を積み、監督へと転身します。1930年代から1940年代にかけてのハリウッド黄金期において、彼は数多くの代表作を監督し、俳優たちと良好な関係を築きながら作品を作り上げました。1977年に死去するまで、約50年にわたって映画制作に携わりました。
ジャンル横断と職人性
ホークスのキャリアで特筆すべきは、単一ジャンルに縛られず、むしろジャンルを自在に横断して特色ある作品を作った点です。『スカーフェイス』(1932)でギャング映画の暴力と欲望を描き、『ブリングリング・アップ・ベイビー』(Bringing Up Baby、1938)で混乱とテンポを重視したスクリューボール・コメディを極め、『レッド・リバー』(Red River、1948)や『リオ・ブラボー』(Rio Bravo、1959)でウェスタンの伝統を再編しました。
ホークスは「職人監督」として語られることが多く、過度な自我表現や実験性よりも物語と俳優の良さを引き出すことを重視しました。その結果、映像的な洗練さと物語の緊密さが両立し、観客にとっては観やすく、監督の個性は人物描写やテンポ、会話の巧みさとして表れます。
ホークス映画の主題と様式
彼の映画に繰り返し現れる主題は「職業意識(professionalism)」、「仲間意識(camaraderie)」、「能力主義(competence)」です。登場人物はしばしば職務や仕事を通じて自らの価値を示し、集団の中での役割分担や信頼がドラマを生みます。ホークス作品では、制度や規範が無力化される場面があり、個々のプロフェッショナルな行動が秩序を回復するという図式が見られます。
様式面では、テンポの速い会話(オーバーラッピングな掛け合い)、明快なカット割りと動体的なショット、シンプルで機能的なプロダクションデザインが特徴です。過度に心理分析的な内面描写を避け、行為や言葉によって人物を描くため、観客は登場人物の関係性と行動様式からドラマの核心を掴みます。
「ホークス的女性(Hawksian woman)」の誕生
ホークス作品は女性像でも評価されます。映画史家は「ホークス的女性」という概念を用いて、彼の描く女性キャラクターを特徴づけます。これらの女性は機知に富み、独立心があり、男性と対等に渡り合う言葉のセンスを持っています。典型例としては『ヒズ・ガール・フライデー』(His Girl Friday、1940)のロザリンド・ラッセル演じるヒルディ・ジョンソンや、『ブリングング・アップ・ベイビー』のキャロル・ランディス(キャシー・ベイツ? 実際にはキャスティングはキャサリン・ヘプバーンとキャリー・グラント)に代表されるような、奔放で頭の回転が速い女性像が挙げられます(注:具体的俳優名は作品ごとに異なります)。ホークスは女性を単なる恋愛対象や受動的存在としてではなく、物語の推進力となる能動的な存在として扱うことが多かったのです。
代表的な作品とその意義
- Scarface(1932):ギャング映画の古典。ハワード・ヒューズの出資で製作され、暴力と権力欲を容赦なく描いた問題作であり、後のギャング映画に大きな影響を与えました。
- Twentieth Century(1934):線の速い舞台的リズムと演出が特徴のロマンティック・コメディ。スクリューボール・コメディの先駆の一つとされます。
- Bringing Up Baby(1938):ボヘミアンなテンポと物理的な狂騒を用いたコメディで、後に高く評価されるようになった作品です。
- Only Angels Have Wings(1939):飛行士たちの職業倫理と仲間意識を描いたドラマであり、男たちのプロ意識とロマンスが交錯します。
- His Girl Friday(1940):新聞記者たちの掛け合いを通じてテンポよく進む会話劇の名作。性別の入れ替えを経た脚本改変が功を奏し、スピード感ある台詞回しを生み出しました。
- The Big Sleep(1946):レイモンド・チャンドラーの探偵小説を原作にしたフィルム・ノワールの傑作で、複雑な筋立てと魅力的な演技が印象的です。
- Red River(1948):大規模なカウボーイ叙事詩。人間の対立とリーダーシップを描いたウェスタンの代表作です。
- Rio Bravo(1959)、El Dorado(1966)、Rio Lobo(1970):いずれもウェスタンで、年代を経ても変わらないホークスの職業倫理観と男たちの絆を描いています。
演出の特徴と俳優との関係
ホークスは俳優たちとの信頼関係を重視しました。有名なことに、彼はスターの個性を無理に変えるのではなく、役割に合わせて自然に振る舞わせることを好みました。その結果、演技は生き生きとし、アンサンブルとしての調和が保たれます。また、ホークスの演出は台本の言葉を重視する一方で、即興や俳優のアドリブを取り入れ、現場での化学反応を引き出す柔軟性も持っていました。
影響と評価
映画史家や監督たちはホークスを高く評価しています。ジャン=リュック・ゴダールやアルフレッド・ヒッチコックといった監督からも敬意が示され、近年の研究でも「職人性」と「人格描写」のバランスが再評価されています。ホークスが確立したテンポ感、会話の機能、職業を通した人間描写は現代映画にも受け継がれており、多くの監督がその手法を参照しています。
批判と限界
一方で、ホークスは一部批評家から「男性中心的」「感情描写が表面的」といった批判を受けることもあります。確かに彼の映画は行為主体を男性に置くことが多く、歴史的・社会的文脈を深掘りするよりも個々の職業的行動に焦点を当てる傾向があります。しかしその単純化は意図的であり、ホークスは社会的背景よりも人間同士の交流と職能に着目することで普遍的なドラマをつくろうとしました。
結語:ホワード・ホークスの現在的意義
ホークスはジャンル映画の枠内で普遍的な人物像とドラマの構造を築き上げた監督です。派手な自我表現やモダンな実験性とは異なる「職人としての誠実さ」が彼の作家性を形作っており、観る者は彼の映画からチームワーク、責任、ユーモア、そしてプロとしての気骨を感じ取ります。今日の映画作家や批評家にとって、ホークスの作品はジャンル映画の可能性を再考させる重要な参照点であり続けています。
参考文献
- Britannica: Howard Hawks
- BFI: Howard Hawks overview
- Criterion Collection: Howard Hawks
- TCM: Howard Hawks
- Wikipedia: Howard Hawks


