ロン・チェイニーとトッド・ブラウニングの怪作『The Unholy Three』を読み解く:成立・主題・遺産(1925/1930年版の比較)
概要 — 『The Unholy Three』とは何か
『The Unholy Three』は、アメリカの作家トッド・ロビンス(Tod Robbins)が1917年に発表した小説を原作に、1925年にトッド・ブラウニング監督、ロン・チェイニー主演で映画化された作品です。主にサイレント時代の犯罪劇として制作され、チェイニーの変身術とブラウニングの異形へのまなざしが結実した代表作の一つとして知られます。のちに1930年にはサウンド版のリメイクも制作され、そこでもチェイニーが出演したことで話題になりました。
あらすじ(簡潔に)
物語は三人組の犯罪者が中心です。大道芸や奇術の技を隠れ蓑にして生計を立ててきた三人(老婦人に化けることのできる腹話術師/元力持ちの男/小さな体格を生かす仲間)が、ペットショップなどを拠点に巧妙な手口で強盗や詐欺を働きます。チェイニー演じる主人公は女装して“老婦人”を演じることで目撃者の目を欺き、グループは一時的に成功を収めますが、欲望や人間関係のねじれ、計画の亀裂が悲劇を招いていきます。
制作背景と当時の状況
1920年代のハリウッドは、サイレント映画の表現技術が完成局面にあり、俳優の身体表現やメイキャップ、カメラワークによる語りが高度に発達していました。ブラウニングはサイドショーや奇形、アウトサイダーに対する強い関心を持つ監督として知られ、のちの『Freaks』(1932年)に至るまで独特の題材選択を続けます。一方チェイニーは“マン・オブ・ア・サウザンド・フェイシズ(変貌の名人)”と呼ばれ、自らのメイクと身体演技で役に肉体的な奥行きを与えることで名声を確立していました。こうした両者の結合が本作の大きな魅力です。
演出と映像表現 — ブラウニング流の“異形”表現
ブラウニングの演出は、観客に異常性と同情を同時に感じさせる“倫理的に曖昧な視線”が特徴です。サイレント期の映画は言葉に頼らない分、表情・身体・衣裳・メイクでキャラクター性を立ち上げますが、ブラウニングはショット構図や照明で街の冷たさ、人間の孤独を可視化します。犯罪者たちを単純な悪とせず、それぞれの背景や業の深さを匂わせることで、観客に道徳的な揺らぎを残します。
ロン・チェイニーの変身術と演技
チェイニーは本作でも自作のプロステティクスや巧妙なメイク、声の表現(サイレント演技では身振りの意味付け)で“老婦人”の存在を説得力あるものにします。チェイニー自身がメイクを設計・施したことや、身体の変形を通じて演技を組み立てる手法は当時として画期的で、多くの観客に強烈な印象を残しました。こうした身体改変は、単なる偽装以上に『他者』の存在を演じる実践として評価されています。
主題的考察 — 変装・演技・近代都市の匿名性
『The Unholy Three』は「演じること」と「なりすますこと」を核にしています。大道芸や興行で培った技が犯罪に転用される過程は、舞台と現実の境界を曖昧にし、近代都市における匿名性が犯罪を容易にするという問題を投げかけます。同時に、チェイニー演じる“老婦人”の存在は性別や年齢といった社会的カテゴリーをめぐる問いかけとも読めます。ブラウニング作品にしばしば見られる“同情すべき怪物”の視線は、本作でも強く機能しています。
1930年版(サウンド版)との比較
- 1930年にはサウンド版のリメイクが制作され、原作の骨子を保ちながらも台詞や音響を活かしたドラマ性が付与されました。
- サイレント版が視覚表現とメイキングで観客を惹きつけたのに対し、リメイクは音声を介したキャラクター描写や会話劇に重心が移るため、印象はやや異なります。
- なお、チェイニーはトーキー期の作品にも関わり、本作の関係者間での評価や遺産の受け止め方に影響を与えました(1930年版の存在は、サイレント→トーキー移行期の映画史を考える上で重要です)。
受容と影響 — 映画史的評価
公開当時、本作はチェイニーの演技とブラウニングの演出によって注目を集め、興行的にも一定の成功を収めました。映画史的には、犯罪映画とホラー(あるいはグロテスク表現)の境界を揺さぶる作品として評価されることが多く、後のホラー映画や怪奇映画に与えた影響は無視できません。また、チェイニー=ブラウニングの協働はハリウッドにおける“個性的な怪優×異色監督”の好例として語られ、映画のジャンル横断的な解釈を促しました。
保存状況と現代での鑑賞
1925年版はいくつかのフィルム・アーカイブやホームビデオで保存・流通しており、改めて評価される機会が多くあります。現代ではサイレント映画の研究や復刻作業が進んでおり、映像史の文脈で本作が再検討されています。上映やソフト化の際には、復元やスコアの付加によって当時の表現を受け継ぐ形で紹介されることが多いです。
まとめ — なぜ今も観る価値があるのか
『The Unholy Three』は、サイレント期の映画表現の豊かさ、俳優の身体性を最大限に活用する演出、そして社会的な「外れ者」へのまなざしという点で、現在でも見るべき価値を持った作品です。犯罪劇としてのスリルだけでなく、演じること=存在を変えることの倫理的・美学的含意を考えさせる点で、映画史や美学、ジェンダー研究など多様な観点から読み解く余地があります。
参考文献
- The Unholy Three (1925) — Wikipedia
- The Unholy Three (1930) — Wikipedia
- The Unholy Three — TCM
- SilentEra: The Unholy Three (1925)
- The Unholy Three (1925) — IMDb
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