「Krell」――SFの遺産からハイエンド再生まで、音楽と音響の二つの顔を探る

イントロダクション

「Krell(クレル)」という語は、音楽や音響に関わる文脈で主に二つの異なる世界を指します。一つは1956年のSF映画『Forbidden Planet(日本題:禁断の惑星)』に登場する高度文明の名としての“Krell”。もう一つは高級オーディオ機器メーカー「Krell Industries(クレル・インダストリーズ)」としての“Krell”。本コラムでは両者を横断的に掘り下げ、音楽表現・音響再生・文化的影響という観点からその意義を考察します。

1. 映画『Forbidden Planet』の“Krell”と電子音響の起点

1956年のSF映画『Forbidden Planet』は、当時としては異例のSF叙事詩的スケールと、映像表現に加えて音響表現の革新でも知られます。作中の古代文明“Krell”は物語の中心的なモチーフですが、それ以上に注目されるのは、Bebe & Louis Barron夫妻による完全電子音響(electronic score)です。彼らの仕事は映画音楽史上、初期の本格的な電子音楽の商業的利用例の一つと見なされています。

Barron夫妻のサウンドは、従来のオーケストレーションや既存の楽器音に頼らず、電子回路やノイズ発生、テープ操作を駆使して構築された「音響環境」でした。彼らはクレル文明の機械的・異質な存在感を、従来の旋律や和声ではなく、テクスチャとノイズのレイヤーで表現しました。このアプローチは、映像と音の関係を再定義し、後の電子音楽・映画音楽に大きな影響を与えました。

2. Barron夫妻のスコアが残した音楽史的意義

  • 先駆性: 『Forbidden Planet』のサウンドトラックは、しばしば映画史上初の完全電子音楽スコアの一例として挙げられます。映画音楽における電子音の可能性を早くから提示しました。
  • クレル表現としてのサウンドデザイン: Krell文明の機械や意識の表現において、音が物語の主題や心理を直接的に担う役割を持ち、音とイメージの直接的な結びつきを強めました。
  • 技術的実験: 彼らの制作手法は当時のエレクトロニクスやテープ操作の先端技術と実験的な試行錯誤の結晶であり、後続の音響作家に技術的インスピレーションを与えました。

3. 映画音楽から音響文化へ:影響の広がり

Barron夫妻の仕事は、単に映画音楽の文脈に留まりません。20世紀後半の電子音楽、アシッド・フォークやアンビエント、インダストリアルなど、音のテクスチャを重視するジャンル全般に間接的な影響を与えました。さらに、現代のサウンドデザインやゲーム音楽においても、環境音やプロシージャル(手続き的)サウンドの表現は、彼らが示した「音響で世界を構築する」発想と親和性があります。

4. もう一つの“Krell”――Krell Industriesとハイエンド再生

一方で、Krellという名前はオーディオ愛好家にとっては高級オーディオブランド「Krell Industries」を指します。Krell Industriesはパワーアンプやプリアンプなど、音の再生を極限まで追求する機器で知られています。ブランドはハイファイ(hi-fi)再生において「音楽の細部を忠実に、ダイナミックに再現すること」を旨とし、特に高出力・低歪みの設計指向で知られています。

高級アンプメーカーとしてのKrellは、リスナーと録音との距離を縮めることに注力しており、結果として演奏の空気感、ダイナミクス、マイクロディテールなど、音楽的に重要な要素を可聴化することを目標にしています。これにより、Krellを導入することでスタジオ録音やライブ録音のニュアンスを家庭再生でより忠実に体験できると評されてきました。

5. 音の哲学:創造としての電子音楽と再現としてのハイエンド

興味深いのは、同じ名前が「創造(作曲・サウンドデザイン)」と「再現(再生機器)」という音に関する二つの極を示していることです。Barron夫妻の“Krell”は音を新たに創り出し、聴覚体験の領域を拡張しました。一方、Krell Industriesの“Krell”は既存の録音に含まれる情報をいかに忠実に再現するかを追求します。両者を並べて考えると、音楽体験の〈創る〉と〈届ける〉という二段構えの重要性が見えてきます。

6. 現代における継承と展望

電子音楽とサウンドデザインはその後のテクノロジーの進展とともに多様化し、ソフトウェア合成やモジュラーシンセ、DAW(デジタルオーディオワークステーション)を通じて誰でもアクセス可能になりました。『Forbidden Planet』の時代に手作業で行われた実験的手法は、現代ではアルゴリズムやハイブリッドなアプローチとして継承されています。

ハイエンドの再生側でも、デジタル音源の流通が主流となった現在、アンプやスピーカー、DAC(デジタル–アナログ変換器)などの設計は、単なる出力特性の改善だけでなく、音源の解像度を最大限引き出すためのシステム設計へと進化しています。つまり、創造と再生は相互に影響し合い、よりリアルで表現豊かな音楽体験を可能にしています。

7. 実践的な聴きどころガイド

  • 『Forbidden Planet』を聴く/聴き方: サウンドトラックや映画本編を視聴する際は、シーンと音の関係に注目してください。どのように音がキャラクターや空間の性格を作っているかを観察すると、早期電子音楽の美学が見えてきます。
  • ハイエンド機器を評価するポイント: 音の解像感、低域の制動力、歪みの少なさ、ダイナミックレンジの自然さをチェック。これらは音楽の「生々しさ」や空気感の再現につながります。
  • 制作側のインスピレーション源として: 映像制作者や作曲家は、Barron夫妻のようなサウンドデザイン的発想を、現代のサンプル/シンセ環境で再解釈することで独自性を出せます。

8. 結語:Krellが示す音の可能性

「Krell」という名前を巡る二つの系譜は、音楽・音響の多様な側面を示しています。映画『Forbidden Planet』におけるKrellは音による世界構築の先駆けであり、Krell Industriesは音をできるだけ忠実に伝えることを追求するブランドです。どちらも音の力を信じ、その表現や伝達の方法を追究した点で共通しています。音を創ることと音を伝えること──この二つは切っても切れない関係にあり、今後もテクノロジーと表現の進化を通じて新たな地平を切り開いていくでしょう。

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参考文献