音楽制作で失敗しない「ゲイン」の教科書:ゲインステージングから歪み・ラウドネス管理まで徹底解説
ゲインとは何か — 音楽における基礎概念
「ゲイン(gain)」は音響・録音・PA・音楽制作全般で使われる最も基本的な概念の一つで、信号の振幅(レベル)を増幅または減衰する比率を指します。具体的にはプリアンプやミキサー、アウトボード、プラグインの入力や出力に設定する量で、シグナルチェーン上での「音量の強さ」を決める重要なパラメータです。ゲインは単なる音量調整ではなく、ノイズ、歪み、ダイナミクス、音色(トーン)に直接影響します。
アナログとデジタルの違い
アナログ機器では、ゲインを上げることで回路特性により温かみのある飽和(ソフトクリッピングやハーモニック生成)が得られることが多く、積極的に利用されます。一方デジタル機器では0 dBFS(フルスケール)を越えると即座にクリッピングが発生し、硬いデジタル歪み(ハードクリップ)を生みます。したがってデジタル領域ではヘッドルーム(余裕)を確保することが重要です。
dBのスケールと規格(dBu / dBV / dBFS / LUFS)
ゲイン管理には複数のデシベル基準を理解する必要があります。主なものは次の通りです。
- dBu / dBV:アナログ電圧基準(+4 dBuがプロ機器の基準、-10 dBVがコンシューマ機器の基準)。
- dBFS:デジタルフルスケール。0 dBFSがデジタル最大で、越えるとクリップする。
- LUFS(Loudness Units relative to Full Scale):実効ラウドネスを評価する単位。放送や配信の正規化で使用される(例:EBU R128では-23 LUFSが放送基準)。
一般的な制作現場では、ミックス時の平均レベルを-18 dBFSあたりに保つ(アナログ0 VUに相当することが多い)という慣習があり、マスター段階では配信ターゲットのLUFSに合わせて最終調整します。
ゲインステージング(Gain Staging)の重要性
ゲインステージングとは、録音からミックス、マスタリングまでのシグナルチェーン各段で最適な入出力レベルを維持する作業です。目的はノイズを抑えつつ不要なクリッピングを避け、各機器/プラグインの動作点を理想的に保つことです。良いゲインステージングは以下を実現します。
- ノイズフロアを低く保つ(プリのゲインを無駄に上げない)
- 各機器の音色を狙った場所で活用する(真空管飽和などの意図的利用)
- デジタルクリップを防ぐ
- プラグインの歪みや過負荷を避け安定した動作を促す
メータリング:VU、PPM、RMS、LUFS、True Peak
レベルを可視化するために複数のメーターを併用します。VUメーターは平均的なラウドネス、PPM(ピークメーター)は短時間ピーク、RMSは実効電力的な平均、LUFSは人間の聴感に基づくラウドネス評価、True Peak(dBTP)はデジタル→アナログ変換や圧縮時のインターサンプルピークを評価します。配信ではTrue Peakが重要で、一般的に-1 dBTP(または-1.5 dBTP)を上限にすることが推奨されます。
実務的なゲイン・ワークフロー
実務で役立つ基本的な流れは以下の通りです。
- 録音時:プリのゲインは信号が十分に上がるがクリップしない位置に調整(アナログではやや高めで飽和を利用する場合もある)。
- トラック整列:各トラックのピークが-18〜-12 dBFS前後になるようにフェーダー/トリムで揃える。
- バス処理:グルーミングバスに入る前に個々のゲインを最適化し、バスでの過負荷を避ける。
- コンプレッサーやEQの前後でレベルをチェック:プラグインの入力が高すぎると色付けや歪みが強く出ることがある。
- マスター出力:マスタリング前のピークは通常-6〜-3 dBFS程度の余裕を持たせる。配信ターゲットLUFSに合わせるのはマスター段階。
意図的な歪みとクリッピングの使い分け
ギターアンプや真空管プリアンプなどで得られるソフトクリップや倍音生成は音楽的価値があり意図的に使われます。逆にデジタルクリップは一般に不快な高調波や破裂音を生むため避けるべきです。近年はリミッターやソフトクリッパーを使ってピークを丸め、音圧を稼ぎつつ自然な飽和感を得るテクニックがよく使われます。
ギターやアンプの“ゲイン”の話
エレキギターの世界で言う「ゲイン」はアンプのプレートや歪みを作る段階的な増幅度を指し、プリ段のゲイン(歪みの深さ)とパワー段のボリューム(サチュレーションとヘッドルーム)を分けて考える必要があります。高ゲイン設定はサステインや上位倍音を増やすが、ミックスで他楽器と馴染ませるためにEQやダイナミクス処理が必要になります。
ノイズとダイナミクスのバランス
ゲインを低くするとノイズフロアが目立ち、高くするとクリップや歪みが発生します。重要なのは各段で"必要最小限のゲイン"を使って信号対雑音比(S/N)を確保することです。ノイズが問題になる場合は、まずはトラック収録のゲインやマイク選定、ケーブル品質、グランドループの有無を確認します。
プラグインとハードウェアの扱い方
デジタルDAW内でも各プラグインの入出力レベルを意識すると良い結果が得られます。特に過度に高い入力はプラグインの動作点を変え、予期せぬ色付けを招きます。多くのプラグインには"input/drive"と"output/trim"があり、ドライ機材の挙動を再現するために入力で歪みを作り出し、出力でレベルを戻すというワークフローが一般的です。
ミックスとマスタリングにおける目安
ミックス段階では、トラックのピークを-6〜-12 dBFS程度の余裕、バスで-6 dBFS程度のクリップ回避がよく推奨されます。マスター段階では配信プラットフォームの正規化基準(例えばSpotifyは概ね-14 LUFSを目安にノーマライズする傾向)や放送のEBU R128(-23 LUFS)などの要件に合わせてラウドネスを最終調整します。ただしジャンルや目的によりターゲット値は変わるので注意が必要です。
よくあるミスとトラブルシューティング
- 複数プラグインで過度にゲインを稼ぎ、最終的にクリップする:各段の入出力をチェックし、必要ならTrimバッファを使う。
- 録音時にプリゲインが低すぎてノイズが目立つ:マイクゲインは信号が充分上がる範囲で調整する。
- デジタルで意図しない硬い歪みが出る:True Peakとインターサンプルピーク対策、リミッターの活用を検討する。
- ラウドネスノルムで音量差が出る:配信プラットフォームごとのノーマライズ基準に合わせてマスターを作る。
実践的チェックリスト
- 録音:マイク→プリのゲインを最適化(ピークが-12〜-6 dBFSを目安)
- 編集中:各トラックの俵(ピーク・平均)を揃え、バスで過負荷を避ける
- ミックス:ミックスバスに-6 dB以上の余裕を持たせる
- マスター:配信ターゲットLUFSとTrue Peakを確認してレンダリング
- モニター環境:レベルを一定に保ち、耳の慣れを防ぐ(音量補正)
ツールとプラグインの紹介(簡単)
トリム/ゲイン系:DAW内のUtility/TrimやTrimプラグイン。メータリング:Youlean Loudness Meter、iZotope Insight、Waves WLM。サチュレーション/カラー:Satin、Thermionic、Soundtoysなど。リミッター:FabFilter Pro-L、iZotope Ozoneなど。これらはゲイン管理とラウドネス調整の両面で助けになります。
まとめ — ゲインは技術と感性の融合
ゲインは単に"音を大きくする"操作ではなく、ノイズ管理、ダイナミクス、音色作り、ラウドネス規格への準拠など、多面的に音楽制作の品質を左右します。基本を押さえた上で、意図的な飽和や色付けを行うことで、技術的に正しく、かつ音楽的に魅力的なサウンドが得られます。測定器(メーター)と耳の両方を使って、適切なゲインステージングを習慣化しましょう。
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参考文献
- Sound on Sound — Gain Staging: Getting the Level Right
- EBU R128 — Loudness normalization and permitted maximum level of audio signals
- ITU Recommendation BS.1770 — Algorithms to measure audio programme loudness and true-peak audio level
- Wikipedia — Decibel
- Wikipedia — dBFS
- Bob Katz — K-System and Mastering (Katz's official site)
- iZotope — What is Loudness?
- Youlean Loudness Meter (ツール参考)
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