トータル・セリエリズムとは何か──音楽の全パラメータを整列させる思想とその遺産

はじめに:トータル・セリエリズムの定義

トータル・セリエリズム(Total serialism、総合的整列主義)は、20世紀の前衛音楽において、ピッチ(音高)の十二音技法を出発点として、音楽のほかの要素(リズム・持続時間、強弱、音色、アーティキュレーションなど)にも系列(シリアル)を適用し、作曲のあらゆるパラメータを事前に組織化しようとする作曲法の総称です。従来の十二音技法が音高系列に限定されていたのに対し、トータル・セリエリズムは“全ての要素を系列化する”という発想を打ち出しました。戦後のモダニズムの流れの中で1950年代を中心に発展し、作曲技術・美学の重要な一潮流を形成しました。

歴史的背景と発展の経路

トータル・セリエリズムの基盤には、アルノルト・シェーンベルクによる十二音技法や、アントン・ヴェーベルンの点描的な作曲理念が影響を与えています。しかし「全要素の系列化」という明確な方向性が具体化したのは、第二次世界大戦後、主に1940年代後半から1950年代にかけてのことです。

しばしば出発点として言及されるのがオリヴィエ・メシアンの《Mode de valeurs et d'intensités》(1949)です。本作では音高だけでなく、音価(持続時間)や音量(強弱)にシステム的な配列が導入され、後の作曲家たちに大きな示唆を与えました。これを受けて、ピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼン、ミルトン・バビットらが1950年代に入ってさらに徹底した系列の技法を発展させ、トータル・セリエリズムを実践しました。

主要作曲家と代表作

  • オリヴィエ・メシアン:1949年の《Mode de valeurs et d'intensités》は、ピッチ以外のパラメータに体系を与えた先駆的作品として評価されます。
  • ピエール・ブーレーズ:代表作《Structures I》(1952)は、ピッチのみならず持続時間や強弱、アーティキュレーションまで系列化する試みが見られ、典型的なトータル・セリエル作品とされます。
  • カールハインツ・シュトックハウゼン:初期作品《Kreuzspiel》(1951)やその後のピリオドにおける実験的作品群において、構造的な配列の適用が試みられました。電子音響を含む領域でも体系化を試みています。
  • ミルトン・バビット:アメリカの作曲家で、数学的・理論的な視点から十二音技法の拡張を行い、持続時間や強弱の系列化などを積極的に推進しました。彼の理論的文章や作品はアメリカにおける前衛音楽の基盤となりました。

技術的な中核:どのように“系列”を拡張するか

トータル・セリエリズムでは、まずピッチ列(十二音列)を設定する従来の手順を踏まえつつ、他のパラメータにも同様の“列”を割り当てます。具体的には次のような方法が使われます。

  • ピッチ系列:伝統的な十二音技法のように基本列(P)を設定し、逆行(R)、反転(I)、逆行反転(RI)などの変形を用いる。
  • 持続時間系列:音価の集合(例:短→中→長の数値系列)を列として定め、各音高要素に対応させる。数値は相対的な単位でも、具体的なメトロノーム値でもよい。
  • 強弱・ダイナミクスの系列:多段階のダイナミクスを(pp, p, mp, mf, f, ff など)順序化して番号を振り、音高列に対応づける。
  • 音色・奏法・アーティキュレーション:ピチカート、アルコ、トレモロ、スラーなど奏法項目を列挙し、これも系列として音列に割り当てる。
  • 統合手法:複数の系列を同じ位置で同期させるか、あるいは独立して巡行させるかによって結果は大きく変わります。同期させれば“完全に統制された”音響が生まれ、独立させればより複雑な相互作用が生じます。

理論的道具立て:行列・写像・置換

トータル・セリエリズムの作曲過程では、数学的思考がしばしば用いられます。十二音技法で用いられる行列(ピッチ行列)を拡張し、各パラメータの系列を並行して管理するための多次元的な表や写像を作成します。各系列の位相差(オフセット)を意図的に設定して、周期性や非周期性、偽ランダム性を生みだすこともあります。

実演上の問題点と批判

トータル・セリエリズムは理論的には精密ですが、演奏や聴取においていくつかの問題が指摘されました。

  • 演奏難度の高さ:多数の独立した系列が同時に作用するため、正確な演奏には高い技巧と厳密な数的把握が要求されます。特に非等長の持続時間系列や複雑なアーティキュレーションの指示は現実的に困難な場合があります。
  • 音響の均質化:全てを系列で管理すると、音楽が機械的・無機的に聞こえるとの批判が出ました。感情表現や伝統的な音楽的流れが損なわれるという論点です。
  • 可聴性の限界:極端な微細構造(例えば極端に短い持続時間や近接するダイナミクス)を理論的に設定しても、実際の聴衆がその差異を知覚できるとは限りません。

反響とその後の展開

1950年代を通じてトータル・セリエリズムは前衛の最先端とみなされ、多くの作曲家がこの技法を試みましたが、1960年代以降、いくつかの反動や展開が起きます。

  • 反動としてのミニマリズムやスペクトル音楽:ミニマリズムは反復と単純化を通じて別の音楽的価値を提示し、スペクトル派(グラナドス、ジェルヴォーら)の作曲家たちは音の物理的スペクトルを重視して異なる体系を築きました。これらはトータル・セリエリズムの厳密な符牒から距離を取る動きでした。
  • 電子音響・コンピュータ音楽への橋渡し:トータルな数値管理を前提とする構造は、電子音響やコンピュータによる音楽生成と親和性が高く、実験音楽や電子音楽の発展に貢献しました。計算機を用いることで、複雑な系列操作や多数のパラメータを精密に扱うことが可能になりました。
  • ポスト・セリエリズム的アプローチ:多くの作曲家はトータル・セリエリズムの技術を道具の一つとして取り込みつつ、より柔軟な美学や(偶然性、即興、スペクトル分析など)他の技法と折衷する方向へ展開しました。

具体的な音楽的効果と聴取の手がかり

トータル・セリエリズムの音楽を聴くとき、以下の点に注目すると理解が深まります。

  • 同一の音高操作が他のパラメータ(音価や強弱)とどのように結び付けられているか。
  • 系列の同期・非同期の有無が、時間的なテクスチャ(層構造)にどう影響しているか。
  • 個々の音響要素が体系的に配列されているため、部分的な反復や対称性を見つけることで作品の構造を可視化できる場合があること。

評価と影響の総括

トータル・セリエリズムは、音楽を精密に設計するための強力な方法論を提供しました。美学的に賛否は分かれますが、作曲技法としての影響は計り知れません。特に戦後の音楽理論、電子音楽、コンピュータ支援作曲、そして数字化された楽譜表現(MIDIや音楽プログラミング)に対し、その論理と実践は直接的な示唆をもたらしました。

今日では、トータル・セリエリズムは教義としてではなく、一つの作曲手法として位置づけられています。作曲家たちは必要に応じて系列的な枠組みを採用し、他の方法論と組み合わせながら多様な音楽語法を生み出しています。

実例に学ぶ(簡潔なモデル)

理解を助けるための簡単なモデルを示します。仮に十二音列を1から12の配列で定義し、持続時間を短・中・長の三段階、ダイナミクスを五段階、奏法を4種とするなら、各音高に対して持続時間・ダイナミクス・奏法のインデックスを割り当てます。各系列を同位相で進行させれば“全パラメータが同期した文節”が、位相差を設ければ“層のずれ”が生じ、それが時間的テクスチャを形成します。実作曲ではこうした操作を行列やスプレッドシート、後にはコンピュータ上で管理して精密に組み合わせます。

結び:トータル・セリエリズムの意義

トータル・セリエリズムは、作曲における「何を制御するか」を根本から問い直しました。音楽の全要素を設計可能な対象として扱うその姿勢は、音楽を科学的・数学的に捉える視点を広げ、現代音楽の技術的な可能性を拡張しました。同時に、その極端な規則性がもたらす美学的課題は、20世紀後半の多くの作曲家にとって検討すべき重要なテーマとなりました。現代においては、その技術と考え方は多様な形で継承・変容し続けています。

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参考文献