HPE(ヒューレット・パッカード・エンタープライズ)徹底解説:歴史・事業戦略・クラウド時代の競争力と展望
イントロダクション:HPEとは何か
ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(Hewlett Packard Enterprise、以下HPE)は、2015年に従来のHewlett-Packard(HP)が事業分割して設立された企業の一つで、エンタープライズ向けのITインフラ、ソフトウェア、サービスを提供することに特化しています。パブリッククラウドの台頭とデジタルトランスフォーメーション(DX)の潮流の中で、HPEはハイブリッドクラウド、エッジコンピューティング、消費型ITモデル(コンシューム型)への転換を推し進めています。本稿では、HPEの歴史、事業領域、戦略、直面する課題と今後の展望を詳細に分析します。
沿革と企業構造の変化
HPEは2015年11月に正式に分社化され、企業向けハードウェアおよびサービスを引き継ぎました。分割前のHPはプリンターやパーソナルコンピュータの事業を担うHP Inc.と、サーバー・ストレージ・ネットワーキング・ソフトウェア・サービスを担うHPEに分かれています。初代CEOはメグ・ホイットマン(Meg Whitman)で、2018年以降はアントニオ・ネリ(Antonio Neri)がCEOを務めています。本社はテキサス州ヒューストンに置かれており、グローバルに事業展開を行っています。
主要事業領域と製品群
HPEの事業は大きく分けてハードウェア(サーバー、ストレージ、ネットワーク)、ソフトウェア、サービス(マネージドサービス、サポート)、および新しい消費モデルであるHPE GreenLakeに分類できます。
- サーバー:ProLiantなどの汎用サーバー、HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)向けの製品群。
- ストレージ:3PARやNimbleなど、企業向けストレージソリューション。
- ネットワーキング:Arubaを中心とした無線LAN/スイッチングやエッジネットワーク製品。
- ソフトウェアとプラットフォーム:HPE OneView(インフラ管理)、HPE Ezmeral(コンテナ・データ・AI用プラットフォーム)、および管理・自動化ソリューション。
- GreenLake:オンプレミスでクラウドのような消費モデルを提供するサービス。容量やパフォーマンスを顧客の使用量に応じて課金する方式で、オンプレミスとクラウドの中間を埋める位置づけです。
買収と技術ポートフォリオの拡充
HPEは設立以降、戦略的な買収により製品ラインと技術力を強化してきました。代表的にはAruba Networks(ネットワーキング)、Nimble Storage(フラッシュストレージ)、SimpliVity(ハイパーコンバージドインフラ)、Silver Peak(SD-WAN)、およびスーパーコンピューティングのCray(発表は2019年、買収完了は後年)などです。これらの買収により、エッジからコア、クラウドに至る幅広いソリューション提供が可能になりました。
HPEの差別化戦略:GreenLakeとエッジへの注力
HPEの中核的な差別化ポイントはGreenLakeに象徴されます。GreenLakeは、従来のCAPEX中心のハードウェア販売から、OPEXベースのサブスクリプション型の収益へとビジネスモデルを変革する狙いがあります。顧客はオンプレミスで自社データを保持しつつ、クラウドのような弾力的な資源管理と消費ベースの課金を享受できます。
また、HPEはエッジコンピューティングを重要視しており、IoTやリアルタイム解析が求められる現場に近い処理能力を提供することで、クラウドだけでは解決しきれないユースケースに対応しています。Arubaのネットワーキングやエッジ向けサーバー、ソフトウェアスタックを組み合わせることで包括的なソリューションを提供しています。
顧客と市場:企業ニーズとの接点
HPEの顧客は金融、通信、製造、政府機関など、ミッションクリティカルな環境が多く含まれます。これらの顧客は高い可用性、セキュリティ、ガバナンスを求めるため、パブリッククラウドだけに全面移行できないワークロードが残ります。HPEはそのギャップを埋めるパートナーとして、コンサルティング、移行支援、ハイブリッド運用の最適化を提供します。
競合環境とポジショニング
競合にはDell Technologies、Cisco、IBM、Lenovo、さらにはクラウド大手(AWS、Microsoft Azure、Google Cloud)があります。各社ともハイブリッドクラウドやエッジへの投資を強化しており、差別化は製品幅、統合管理、消費モデル、そしてパートナーエコシステムに集約されています。HPEはGreenLakeとエッジの組み合わせで独自性を打ち出していますが、競争は依然として激しいです。
財務モデルと収益構造の変化
従来のハードウェア販売は売上の変動が大きいのに対し、サブスクリプションやサービス収益は継続的で利益率が安定する傾向があります。HPEはGreenLakeの拡大により、安定的なリカーリング収益の比率を高めることを目指しています。これにより投資家評価や事業の予見性が向上する期待がありますが、移行期間中は既存の製品売上と新モデルの混在により短期的な調整が生じることも予想されます。
課題とリスク
- クラウド事業者との競争:クラウドネイティブなワークロードはパブリッククラウドへ移行し続けており、HPEは価値提供が明確なワークロードに注力する必要があります。
- テクノロジーの高速な進化:AI、ML、HPCの要求は高まり続けており、継続的なR&D投資が不可欠です。
- 収益モデルの移行リスク:オンプレミス販売からサービス中心への移行は時間を要し、キャッシュフローや収益性に影響を与える可能性があります。
- サプライチェーンと地政学リスク:半導体不足や輸出規制、国際関係の変化が製品供給に影響を与えるリスク。
事例:GreenLakeの導入がもたらす効果
ある製造業のお客様は、需要変動に応じた計算資源の増減を望んでいました。オンプレミスの重要データを保持しつつ、リソースを柔軟にスケールさせるためにGreenLakeを採用。結果として、初期投資の抑制、運用の透明化、そしてピーク時のパフォーマンス確保が実現し、総保有コスト(TCO)削減と運用効率の向上が達成されました。このような事例はHPEの差別化ポイントを象徴しています。
今後の展望:AI、HPC、そしてエッジの統合
AIとHPCの需要拡大は、ハードウェア面での専用アクセラレーター(GPU/CPUアーキテクチャ)の重要性を高めています。HPEはCrayの買収などによりスーパーコンピューティング領域を強化し、科学技術計算やAIトレーニング向けのソリューション提供を進めています。また、エッジでの推論処理とクラウドでの学習処理をシームレスに結びつけるプラットフォーム化が長期的な差別化に寄与するでしょう。
まとめ:HPEの強みと投資先としての位置付け
HPEはハードウェアに強みを持つ一方で、GreenLakeを中心としたサービス化とエッジ戦略でビジネスモデルの変革を進めています。競争環境は厳しく、クラウド事業者との棲み分けや技術革新への継続投資が必要ですが、ミッションクリティカルなワークロードやデータ主権を重視する顧客層に対して一定の優位を保っています。企業としては、短期的な業績変動を抑えつつ、消費モデルへの移行とソフトウェア・サービス比率の拡大が鍵となります。
参考文献
- Hewlett Packard Enterprise 公式サイト
- HPE GreenLake(公式ページ)
- Hewlett Packard Enterprise - Wikipedia
- HPE ニュースルーム / プレスリリース
- Antonio Neri - HPE Leadership


