E-mu Emulator II完全ガイド:サウンドの秘密と80年代サンプリング革命の軌跡

E-mu Emulator IIとは

E-mu Emulator II(以下Emulator II)は、アメリカのシンセサイザーメーカー E-mu Systems が1984年に発表したデジタルサンプラーです。初期のサンプラーが高価で限られた用途に留まっていた当時、比較的手の届く価格帯と実用的な機能でプロのスタジオやツアーに広く普及しました。これにより、サンプリングがポップ/ロック/エレクトロニカのサウンドメイクにおいて一気に身近な技術となった点で、Emulator II は重要な役割を果たしました。

開発背景と市場での位置付け

1979〜80年代初頭、Fairlight CMI のような非常に高価なサンプラーが登場し、サンプリングという概念自体は広まっていましたが、機材コストはプロ大手スタジオに限定されていました。Emulator II は、E-mu が前機種の Emulator(初代)で得たノウハウを発展させ、コストパフォーマンスを重視して設計されたモデルです。フロッピーディスクによるサンプルの扱いや、演奏表現を補助するキーボードの感度設定など、実際の制作現場で使いやすい仕様が採り入れられていたことが普及の大きな理由です。

ハードウェアと基本仕様(概要)

Emulator II の代表的な特徴を整理すると次の通りです。

  • デジタルサンプリングベース:PCMサンプルを用いた音源
  • ポリフォニー:複数の同時発音に対応(一般に8声音ほど)
  • サンプル管理:フロッピーディスクによる読み書きで、ファクトリーROMとユーザーサンプルの運用が可能
  • アナログ系統の音作り:デジタル再生音にアナログフィルター/エンベロープなどを組み合わせ、暖かみと表情を付与
  • 演奏表現:ベロシティやアフタータッチなど、演奏者のダイナミクスを反映する機能

(数値的な細部はモデルやファームウェアによって差異があるため、ここでは機能面の要点に絞って記述しています。)

サウンドの特徴:なぜ「暖かい」と感じられるのか

Emulator II の音は、多くのミュージシャンやエンジニアに「暖かい」「生っぽい」と評されます。これは主に次の要素の組み合わせによるものです。

  • サンプリング解像度とエイジング感:初期サンプラーとしてのビット深度やサンプルレートは、現在の高精度なサンプリングに比べると粗さがあり、輪郭の丸いサウンドになる
  • アナログフィルター:デジタル再生後に通されるアナログ系回路(フィルター、VCAsなど)が音に独特の色づけを与える
  • トランスポートとクロック:当時のディスクドライブやクロック精度の影響で、微細な揺らぎ(ジッターやドリフト)が生じ、それが“生きた”感じにつながる

これらは技術的には欠点と見なされる要素でもありますが、音楽制作の文脈では逆に魅力となり、Emulator II の個性を形作りました。

実際の制作での使い方とサウンドデザイン

Emulator II は単なる再生機というより、サンプルを素材にして音色を作る楽器として使われました。代表的な使い方は次の通りです。

  • ファクトリーのオーケストラ/コーラス/ストリングスをポリフォニックに鳴らすことで、バッキングやパッドとして使用
  • 短いワンショット(キック、スネア、パーカッション)をピッチ編集してドラムセットを作る
  • シンセやアコースティック楽器のサンプルを加工して独自のテクスチャを作る
  • ディスクからのロードを前提に、ツアーやライブセットで即座に音色を切り替える運用

また、エンベロープ、フィルターの調整、レイヤリング(複数のサンプルを重ねる)などで、プリセットをベースに独自の音を作り込むことが奨励されました。プリセットの質も高く、当時のポップスやニューウェイヴのサウンドメイクを支えました。

代表的な使用アーティストと楽曲

Emulator II は1980年代に数多くのレコーディングで用いられ、ポップ、ニュー・ウェイヴ、ロック、R&Bなど幅広いジャンルで耳にすることができます。多くのアーティストがツアーやレコーディングで採用しました。機材の普及により、いわゆる「80年代サウンド」の一部はこの機種の音色によって形成されたと言えます。

ライバル機との比較

1980年代のサンプラー市場には高価なFairlightや、後に登場するAkai、Rolandのモデルなどさまざまな選択肢がありました。Emulator II の強みは「プロクオリティながら比較的入手しやすい価格帯」「操作性」「アナログ回路を用いた音作りの良さ」です。一方で、機能面ではより高解像度・多機能な上位機に劣る点もあり、目的や予算によって選択が分かれました。

現代における遺産とエミュレーション

今日では、当時のオリジナル機はヴィンテージ機材としてコレクターや一部の現場で重宝されています。また、Emulator II の音色やサンプルはソフトウェア音源やサンプルパックとして数多く復刻・再現されており、ハードウェアの劣化や保守の問題なしに当時のサウンドを利用できます。デジタルリマスター版のライブラリや、プラグインとしてのモデリングもリリースされ、プロデューサーは現代のDAW上で同様の質感を得られます。

保守・入手と注意点

オリジナルの Emulator II は年数経過によりディスクドライブやメモリ、電解コンデンサなどの電子部品が劣化している個体が多く、入手時には動作チェックや整備が重要です。現代では内蔵ROMやサンプルをSDカード化する改造や、外部記憶装置との連携を容易にする改造が行われることもありますが、オリジナルの状態を保ちたいコレクターも多いため、改造は慎重に検討する必要があります。

まとめ:Emulator II の音楽史的意義

Emulator II は、サンプリング技術をポピュラー音楽の中心に押し上げた機材の一つです。高価で閉じた環境にあったサンプリングをより多くのアーティストが使えるようにしたことで、音作りやアレンジの幅が飛躍的に広がりました。音の質感、操作性、コスト面のバランスが相まって、80年代の数多くの名作に影響を与え続けています。今日のデジタル音源やサンプルベースの制作環境に至る流れの中で、Emulator II は重要な節目の機材として評価されるべき存在です。

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参考文献